毎年、多くの日本企業がミラノデザインウィークに参加している。そのほとんどは「フォーリ・サローネ(サローネの外)」と呼ばれるミラノ市内の自主的なイベントで、製品を披露し注文を取ることにフォーカスしたサローネ(ミラノサローネ国際家具見本市)とは異なり、一般の人が楽しめて新しい体験や新鮮な印象を得られるものが多い。
内容やプレゼンテーション方法に思い切った企画も多く、先端技術や映像、音響、さらには味覚などを統合した人目をひくインスタレーションが潮流の一つ。毎年、世界中から自社のブランドの名前をかけた様々な展示が行われ、話題となることを競っている。たとえば2016年はナイキの大規模な展示が、ミラノ市内で開催したランニングイベントや『MONOCLE』誌との大規模なタイアップと共に、世界中の来訪者の間で評判となった。
2005年にLEXUSがミラノデザインウィークで展示を始めた頃は「なぜ家具のミラノで自動車を?」という声も聞かれたが、今やそのようなことを言う人はいない。今では、様々な業種の日本企業がミラノデザインウィークを活用して、世界に向けたブランディングや欧州市場開拓を行っている。
また、日本人デザイナーのミラノにおける存在感も定着している。イタリアの家具ブランドda dliadeで吉岡徳仁氏がフィリップ・スタルク氏と並んで新作を発表したことが話題となったのは2002年のこと。今や多くの日本人デザイナーが、日本企業の展示を手がけたり、海外のブランドから新製品を発表したり、サローネ・サテリテに代表される自主的なプレゼンテーションを行う等、様々な形態で参加している。
2016年は例年と比べて、量でも質でも日本の存在感が大きいように感じられた年だった。主な日本企業と日本人デザイナーの活躍を紹介する。
シチズン時計「time is TIME」
2014年のミラノで圧倒的な評判を得て、南青山スパイラルでの凱旋展も記録的な動員をした前回のシチズン時計の展示「LIGHT is TIME」。2年を経て再び、という意気込みは会期直前のインタビュー記事で紹介した通り。
会期直前、主要メンバーに意気込みを聞く!シチズン時計が田根剛氏と挑む2回目のミラノ
実際に展示現場を体験すると、情報として分かってはいたものの、まずそのボリュームに圧倒された。対照的な二つの空間で展示されていたのは、感情の移り変わりを表現する時計等、12の新しい時計による様々な「時」。また、デジアナ(デジタルとアナログ時計が一緒になった腕時計)等、それぞれの時代において、新しい技術を世の中に提示しエポックメイキングとなった製品も展示されていた。展示空間には様々な意味が重層しており、これが展示を読み解く味わい深さにつながっていた。
アイシン精機「Imagine New Days」
長くミラノデザインウィークを取材し、過去にはLEXUSやキヤノンのミラノでの展示も手掛けている桐山登士樹氏が総合プロデュースした。
最初の空間は、デザインエンジニア吉本英樹氏による、ギアと光が作る木漏れ日のような優しく煌びやかなもの。次の空間はテキスタイルデザイナー鈴木マサル氏によるテキスタイルで構成されたもので、揺らめく自然の情景を散策するようなイメージ。アイシン精機の家庭用ミシン「OEKAKI50」の体験コーナーの家具は伊藤節氏・伊藤志信氏がデザインした。全体の会場構成は森ひかる氏が手がけた。
体験コーナーは、子どもはもちろん大人も積極的に楽しんでいる姿が印象的。他の展示には見られないリラックス感と体験型演出が独自の個性となっていた。ミラノデザインウィークの市内展示を対象とするMilano Design Awardにて、出展者1,135組の中からBEST ENGAGEMENT by IED賞に選出されている。
AGC旭硝子「Amorphous」
昨年に続き2度目のミラノ、会場も同じスーパースタジオで、インスタレーションはNOSIGNERが手がけた。顕微鏡で観察したガラスの分子構造が、空間に展開し雲になり闇に浮かび上がったような展示。フィルムや樹脂では作り出せない、極めて薄いガラスだからこそ表現できる美しさがある。
詳細は以下の記事をご覧いただきたい。
ガラスの「構造そのもの」を提示することで、AGC旭硝子の技術力を見せつけた圧巻のプレゼンテーション
吉岡徳仁
毎年、様々なブランドから新作が発表される吉岡氏。今年はKartell、GLAS ITALIAからの新作が注目されていた。
深澤直人
深澤氏も毎年の新作が期待されるデザイナーの一人。イタリアを代表する家具ブランドの一つB&B ITALIAやGLAS ITALIA、日本のマルニ木工などから新作を発表した。
nendo
2002年、大学卒業時にサローネを訪れ触発されたことがきっかけで始まったnendo。2003年にサローネ・サテリテへ出展しサクセスストーリーを歩み始めた。今やミラノに欠かせない存在となっている。
伊藤節+伊藤志信
20年以上にわたりミラノで活躍する二人。今年はSTAY GREEN、アイシン精機、Désirée – Gruppo Euromobil、Riva 1920、Adrenalina、HANDS ON DESIGN、MILANO MAKERSと、8つの展示に参加していた。
大城健作
ピエロ・リッソーニ、バーバー・オズガービーの事務所に勤め、2015年に自身の事務所をミラノに開いたばかりの大城氏。Debi、è DePadova、Gandiablasco、Kristalia、Poltrona Frauの5社から新製品を発表した。
田渕智也
家具メーカーを経て2010年に自身の事務所オフィスフォークリエイションを設立した田渕氏。2015年のサローネではスペインのViccarbeから椅子「NAGI」を発表し話題となった。今年の新製品はテーブルが二つ。
注目される日本ブランド、日本人デザイナー
ミラノデザインウィーク中の市内のイベントは一説には1200を越えるとも言われており、サローネに出展する2400社を合わせると、実にその数は3600。もちろん、全部見ることは完全に不可能で、目的や関心に応じて行く先を選ぶ必要があり、事前の適切な情報収集が大切になる。
そうした状況において「日本」は一定の評価を確立しており、これは他国と比べて優位な点だ。西欧の方法を取り入れて西欧が驚くような発展を遂げた極東の国。そのデザインやものづくりはまだ可能性を秘めているし、アジアをリードする一国であることも間違いはない。
ミラノデザインウィーク期間中はミラノに世界中から関係者が集まるので、東京にいるよりもキーマンに会いやすいと言われている。人と人のつながりがビジネスを作っている以上、企業にとってもデザイナーにとっても、これが多大な費用をかけてミラノデザインウィークに参加する理由、動機の一つとなっている。
そして、ビジネスの成果を出すためにはミラノデザインウィーク中の瞬間的な注目はもちろんのこと、ミラノをきっかけに生まれた関係を育てていくことこそ重要だ。とりわけ、ビジネスの初期段階にあるブランドやデザイナーにとって、これは自分たちの未来を左右する一大事だろう。
市場としての存在感、購買力では中国やインドとは勝負にならず、その観点での日本の影響力はこれからも減少し続ける。2016年のミラノデザインウィークでの日本勢を通して感じることができた「デザインを切り口にした存在感」。これは間違いなく日本が生き残っていくための活路であり、それをリードする企業やデザイナーの力強さがこれからもさらに拡がっていくことを期待している。