富山湾に面し、会場のひとつでもある富山港展望台からは日本海が見渡せる岩瀬エリア。かつて北前船で栄えた港は、いまでは産業・工業用の港として使われています。
そんな岩瀬エリアでは、町に点在するアートの数々をご紹介。蔵やお酒を楽しめる飲食店など、日常のなかに置かれたサイトスペシフィックな作品が風景に新たな意味を付与します。
【富山市・岩瀬エリア】サイトスペシフィックな工芸とアートの展示
松山智一「ホイールズ・オブ・フォーチュン」「All is Well Blue」
アメリカ・ニューヨークを拠点に活動する松山智一さん。長年日本を離れて制作するなかで、日本の工芸やものづくりの文化は、自然の猛威にさらされながら、自然や神への畏怖と敬意をもって形づくられてきたことを再認識されたといいます。
そうした日本の精神性を表現するのは、明治神宮100周年に際して制作された、鹿の角がモチーフの「ホイールズ・オブ・フォーチュン」です。
その隣に置かれているのは、千羽鶴から着想した抽象絵画をコンテナのなかに忍ばせた新作。漁港で使われるコンテナと震災のイメージを重ね、「シェルター」としてのアイデンティティを表現します。
岩村遠「Neo Jomon」
イタリア料理店「ピアット スズキ チンクエ」に展示されているのは、アーティスト・岩村遠さんによる焼き物の立体作品。金沢美術工芸大学で学び、北陸と縁のある岩村さんは今回の展示に特別な思いをもって参加されています。
作品のテーマは一貫して、「いかに空間に影響を与えられるか」。空間と作品と鑑賞者の間の「間(ま)」に影響を与えることを出発点に、さまざまな造形によるアプローチをおこなっています。
また、アメリカでの長期滞在の経験から、多様な地域における陶芸、土によるコミュニケーションに興味を持ったという岩村さん。世界中の人工遺物や工芸品――アーティファクトを取り入れながら、そこに自身の解釈を付与し、現代のアーティファクトと呼べる表現を探求した「Neo Jomon」シリーズを展示します。
柿沼康二「ぶちぬく」「愛」
岩瀬に蔵を構え、日本酒・満寿泉で有名な桝田酒造店。その直営店で利き酒も楽しめる「沙石」には、書家の柿沼康二さんによる作品が壁一面に展示されています。
「言葉」と会話するなかで、心から書きたいと思える、自身と呼応する言葉として「ぶちぬく」という素材が出てきたという柿沼さん。書くというより「彫る」ような感覚でつくられる作品は、約50cm四方の紙270枚にわたり、マスキングテープと筆によって表現されています。マスキングテープによる直線の凄みや徐々に文字が変化していく様子も見どころです。
五月女晴佳「Bondage」
また、「沙石」に隣接するのが「Aka Bar」と名付けられたバーで、ここには漆を用いるアーティスト・五月女晴佳さんの作品が展示されています。
「化粧」をテーマとする五月女さん。下地やファンデーションを重ね、美しさに「磨きをかける」行為である化粧と、漆を何層にも重ね、磨いてつやを出していく行為に親和性を感じ、漆という素材を選択されています。
また、化粧のなかでも、モチーフとしているのは人間特有の欲望を象徴する「口紅を引いた唇」です。鎖につながれた唇は、コロナ禍の抑圧された時期において、ジェンダーやルッキズムの問題に直面する苦しさが表現されています。
サリーナー・サッタポン「Balen (ciaga) I belong」
道中では、サリーナー・サッタポンさんのパフォーマンス「Balen (ciaga) I belong」に遭遇しました。パフォーマーが持っているのは、経済的な問題などで住む場所を追われた人々が家財を持ち運ぶ際に使用するバッグです。自身がタイの少数民族出身であるという背景や、能登半島地震で被災し、家を追われた人々が一時的に避難する様子から着想を得ており、そうした人々の存在を表す作品でもあります。
舘鼻則孝「ディセンディングペインティング“雲⿓図”」
江戸文化を現代的に解釈した作品を発表する舘鼻則孝さんは、2カ所ある展示場所のうちのひとつ、桝⽥酒造店 満寿泉の工場で、水の神様を祭る神棚を見てインスピレーションが湧いたといいます。水の神様から竜、雷が連想され、稲妻が走る様が描かれました。また、雲のモチーフには舘鼻さんがテーマとする死生観――人が亡くなると如来が雲に乗って迎えに来るという仏教の教えも表現されています。
舘鼻則孝さんの絵画作品が展示されているのは、北前船主廻船問屋 旧馬場家の敷地内、クラフトビールを楽しめる醸造所兼パブの「KOBO Brew Pub」。北前船の歴史を感じつつ、作品鑑賞とビールの飲み比べもできるおすすめのスポットです。
続いて、普段は物置として使われている蔵を利用した展示を2つご紹介します。
岩崎努「嘉来」
ひとつは、岩崎努さんの柿の木彫です。非常に写実的に見える柿ですが、実は誇張や省略をしながら岩崎さんの心象風景としての柿を表現しているという本作。楓の木の一本造りで制作された超絶技巧にも注目です。
伊能一三「へいわののりもの」シリーズ
もうひとつは、仏像などにも使われる、漆の乾漆技法で制作された伊能一三さんの作品。モチーフは伊能さんのご家族が中心となっていて、自身の存在の不思議さや日常のなかで感じられる他者の存在のありがたさなどを思い、「へいわののりもの」シリーズを制作されています。
石渡結「Tabula Rasa」「Vita」
こちらは、普段は倉庫として使われているというスペースに突如現れる石渡結さんの作品。石渡さんは自らの足で土を探し、その土で染めた糸を撚るところから作品を制作されています。
一貫してあるのは「境界の多い社会のなかで、境界を意識せず、多様な価値観を受容していきたい」という思い。人類のなかに共通する何かを探す過程で作品が生み出されていきます。
今回、複数の展示会場を提供している桝田酒造店。会場を移動していると、こうした岩瀬の文化や歴史を感じる風景に出会います。
外山和洋「Biophilia; Ephemeral Vase」「Biophilia; Celestial Shaped Vessel」
古い街並みの中で目を引くこちらの白い囲いの先には、以前家具屋だったという日本家屋があります。ここでは5名のアーティストが展示をおこなっています。
なかでも外山和洋さんは新しい金属の表現を探求するアーティストで、溶かした金属を陶器の型に吹き付け、型を外した「Biophilia; Ephemeral Vase」シリーズを展示。ある種実験結果の発表のような作品で、これまでにないような金属の表情を見てほしいと外山さんはいいます。
外山さんの作品のほかにも、一見すると実用的な器の形をしているものの、コンセプトが彫刻的であったり、素材を生き物のように捉えることで生まれた作品であったり、さまざまな表現に触れることができます。
磯谷博史「花と蜂、透過する履歴」
最後にご紹介するのは、磯谷博史さんによる時間や存在をテーマにした作品です。
蜂蜜を内側から光らせる「花と蜂、透過する履歴」は、花の蜜を蜂が運び、人間が精製するプロセスを辿って出来上がる「蜂蜜」という存在の意味や不思議さを表します。
また、モノクロの写真が一部色のついたフレームに入っている作品は、「写真」「フレーム」としてではなく、色を補い合いながら、全体を彫刻として見せる作品となっています。
「くらしと工芸、アートにおける哲学的なもの」というテーマのもと展開される「GO FOR KOGEI 2024」。生活の場を舞台に、工芸的な素材や技法、思想がアートの文脈のなかで新たな広がりを見せる一方、用途や機能としての工芸品が新たな価値や意味を持つような、そうした作品の数々が印象に残ります。
会期は2024年10月20日まで。北陸の食や文化も一緒に楽しみに、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
タイトル:GO FOR KOGEI 2024
詳細URL:https://goforkogei.com/
テーマ:くらしと工芸、アートにおける哲学的なもの
会期:2024年9月14日(土)~10月20日(日)10:00~16:30(最終入場16:00)※沙石(火曜休)、SKLo(水曜休)ほか会期中無休
会場:石川県金沢市(東山エリア)、富山県富山市(岩瀬エリア)
共通パスポート:一般2,500円、学生(大学生・専門学生)2,000円
取材・文:萩原あとり(JDN)
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