「2021毎日デザイン賞」に、建築家の田根剛と染色家の柚木沙弥郎が決定
毎日新聞社が主催する「毎日デザイン賞」の2021年度の受賞が、建築家・田根剛の「不可視の記憶をコモンセンスにするデザイン」と染色家・柚木沙弥郎の「いつも新しくて嬉(うれ)しいカタチ」に決定した。
「毎日デザイン賞」は、その年のデザインの全分野において傑出した成果に贈られる賞。1955年に毎日産業デザイン賞として創設され、デザインの多様化を背景に76年に毎日デザイン賞と名称を変更した。グラフィックやインテリアなどあらゆるデザイン活動で年間を通じて優れた作品を制作・発表し、デザイン界に大きく寄与した個人やグループ、団体を顕彰している。
今回の選考委員は、アートディレクターの大貫卓也、建築家の岸和郎、プロダクトデザイナーの柴田文江、アートディレクターの永井一史、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗が務めた。選評は以下の通り。
■田根剛 選評(コメント:保坂健二朗)
建築家である田根剛は、アイデアとしてはシンプルだけれど文脈的には大胆な手法によって不可視であるはずの記憶がコモンセンスになることを目指す。例えば、弘前れんが倉庫美術館では、リノベーションの対象が元々はシードル工場の倉庫であったことからシードル・ゴールドのチタンで屋根をふくことにした。現地の人にも言葉としての記憶になっていたであろうリンゴとのつながりを、光のきらめきとともに未来につながるものとして感じ取れる記憶へと変貌させた。
ここで見逃してならないのは、田根の建築を訪れた者のうちに現象する記憶は、自分だけのものでなく、他の人と共通する感覚として信じられるようになっている点だ。田根は、自分がデザインする建築を通じて、人びとが「常識」を追認するのではなくて「共通感覚(sensus communis)」の存在をその都度、確認することを願っているのである。ちなみにこの共通感覚は、カントを通してアーレントが考え抜こうとしたそれにほかならない。常識に基づく絶対的な正しさを重視する姿勢が行政や政治に根強い現在(の日本で)、コモンセンスの大切さを改めて感じさせてくれる田根のようなデザイン手法は極めて重要である。
■柚木沙弥郎 選評(コメント:柴田文江)
型というのは固まっているものなのに、型染めで作る柚木さんの作品はいきいきと躍動している。モチーフの息吹が線と色となり、カタに血を通わせカタチになって見ている者の心を踊らす。昨今の視覚的で速い刺激に慣らされている私たちに、身体的でゆったりとした感動を思い出させてくれるようだ。暮らしの中の面白みや生きることの楽しさ、そんな喜びを呼び覚ます作品は平面の布や絵本、人形などの立体作品と多岐にわたる。
柚木さんは還暦を超えた頃に訪れた旅先でのインスピレーションから、それまで以上に自由な創作へと自身を解き放ったという。伝統に裏付けされた確かな技と新しい表現への尽きない情熱が、圧倒的な自由を獲得して今も進化している。その作品には国内外の若いクリエーターからのオファーが絶えず、またそれに応える柚木さんは他者と協働するスリルを楽しむという、常にフィールドを広げつづける固まらない人だ。
ところで今回の受賞を柚木さんはどう思うだろう。これまでも伝統、民芸、アートとさまざまな型を越境してきた氏であれば、いまの時代にデザインという文脈で自身の作品が読み込まれたことも、きっと面白いと思ってくれるのではないだろうか。
(2022年3月12日付 毎日新聞より)
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