クリエイターの仕事場:感性を活かして実写からデジタルツール開発まで。映像作家・橋本麦(2)

クリエイターの仕事場:感性を活かして実写からデジタルツール開発まで。映像作家・橋本麦(2)

地元の“いなたさ”を思い出す音楽

――お話を伺っているとこだわりがないというよりは、好きなものを使うためにご自身で改造している感じなんですね。

改造は楽しいですね。理系の勉強はしたことがないのですが、最近では電子工作にも興味が出てきて、生まれてはじめて自分で回路を設計したり、モーションコントロール機材も3Dプリンタで自作して動かしたりしています。そのためのパーツ集めなども楽しくなってしまって、自作しはじめると仕事が進まなくなってしまったり……。

少し前には、もともと自分が持っていたカメラスライダーが、思うようなハックができなかったので、3Dプリンタで自作しようと思って売り払ったんです。20万くらいのものでしたが、同じものをつくろうと思ったら結果的に倍の値段くらいかかってしまったので、おすすめはできません。

取材時にちょうど稼働していた3Dプリンタ。

――お仕事や自主制作の際はBGMを流したりしますか?聴く際のツールも教えてください。

そうですね。映像の仕事なので作業しながらだと音楽を聴きづらいですが、イヤフォンを使うことが多いです。ただ、断線させがちなので5,000円以上のものは買わないようにしています。あと、耳が貧乏なので、引っ越し以来適当に天井に貼り付けたGoogle Home Miniで流してしまっています。

天井に設置されたGoogle Home Mini。

――最近はどんな音楽を聴くことが多いですか?

食品まつり(食品まつりa.k.a foodman)さんがすごく好きで、2021年に発売された「Yasuragi Land」というアルバムはたくさん聴いていました。

食品まつりa.k.a foodmanの「Yasuragi Land」。

僕は地元の北海道の気候や風景が好きなんですが、一般的に北海道と聞くと広いラベンダー畑や真っ白な雪景色とか、どちらかというと理想化されがちですよね。でも、実際は幹線道路沿いの風景は全国どこに行っても変わらないし、どうでもいい感じのチェーン店や道の駅もある。食品まつりの音像は、そういう自分が地方に対してイメージする“いなたさ”みたいなものに、どこかフィットするところがとても好きですね(※いなたさ:田舎臭さ、素朴さ)。

あとは純粋な音楽ではありませんが、MSHRというニューヨークを拠点に音響やパフォーマンス制作などを行うユニットもすごいです。自作のアナログシンセでつくったノイズミュージックのような感じなのですが、グラフィックと映像、パフォーマンス、音楽がまとめてひとつのプロジェクトになっているところがおもしろいんです。

あと彼女らのジャケットは、パフォーマンス時に実際に使用した際の配線などをそのまんまグラフィックにしていたりしているんです。これはユニットの片方で彫刻系出身のBrenna Murphyが手がけています。僕が好きなビジュアルアーティストの一人ですね。

MSHRのジャケット。回路図のような不思議なビジュアルになっている。

パフォーマンス時の配線図がグラフィックになっているジャケット。

アイデアのヒントになるもの

――最近はクライアントワークと自主制作、どのくらいの割合でされているんですか?

以前はクライアントワークもそれなりにしていましたが、今後はできればツール開発や個人制作に軸を置いていきたい希望はあります。どちらも同時進行できればいいのですが、ツールや機材づくりに夢中になってクライアントの方々に迷惑をかけてしまっても申し訳ないので、よく考えたうえでお断りすることもあります。

――制作をするなかでインスピレーションやひらめきを得るため、橋本さんがやっていることや見ているものなどはありますか?

対象を深く知ろうと思ったらもちろん一般書を買って読みますが、テイスティングの意味でよく見るのは「ウィキペディア」ですね。百科事典のように、何かの概要や一覧などが素っ気なく書かれているのを読むのがすごく好きなんです。見ていると結構時間が経ってしまっていることもままありますが、最近はおもしろい英語記事の翻訳にも参加しています。

――オープンソースカルチャーが好きだとお聞きしましたが、ウィキペディアもある意味そうでしょうか?

たしかにそうですね。

あと、インスピレーションで言うと、音楽はやっぱり聴いていて楽しいです。音楽を聴きながらこういうグラフィックをつけたいなと発想することが多いので、音楽は自分のベースにあると思います。

ハードウェアを中心に仕事の幅を広げる

――橋本さんがいま気になっていることや興味のある分野はなんですか?

いまはハードウェアが楽しいですね。CGを専門にされている方って、いかに実写との境をなくしてリアルに表現できるかをひとつの目標にしていると思うんです。でもそこまでフォトリアルを追求するのであれば、実写で撮る方が早いかもしれません。例えばCGのなかでつくった動きを3Dプリンタで再現したり、あるいはモーションコントロールを使って現実世界に取り出したものを写真で撮ったり。そういう意味で、実写をレンダリングするためのツール(レンダラー)としてハードウェアを使うことにとても興味があります。

橋本さんが最近はじめてつくったというプリント基板(PCB)。

あと、「カナダ国立映画庁」の映像は最近改めて見返しています。ドキュメンタリーや短編アニメーションなどの制作をしていた組織なのですが、ある意味映像という技法の基礎研究の場だったのかもしれません。これは映像の黎明期ならではで、いまは時代的にVRなどがそうした状況にあるのかもしれませんが、映像というオールドメディアでも実験できることがまだあるはずなので、組織形態は問わず、ここ日本にもそんな環境があればいいなと感じました。

――今後何かつくってみたいものや挑戦してみたいことはありますか?

最近本業である映像をあまりつくれていなくて、お待たせしてしまっているミュージシャンの方などもいるので、まずはつくりかけの映像をきちんと完成させるのが目標です。あとは、興味の対象がだんだんハードウェアなど物理的に動くものに移ってきたので、キネティック・スカルプチャー(動く彫刻や美術作品)みたいなものにも挑戦してみたいと思っています。

数学の未解決問題のひとつである「ソファ問題」をキネティック・スカルプチャーとして視覚化した作品『Not Moving Sofa Problem』。これは「L字型の通路を通り抜けることができる、ソファの面積の最大値Aを求めよ」という問題で、作品ではL字型の廊下を「ソファ」が前進・後退を繰り返しながら移動する様子が表現されている。

橋本麦さん Webサイト
https://baku89.com/

橋本麦さん Twitter
https://twitter.com/_baku89

文:開洋美 写真:寺島由里佳 取材・編集:石田織座(JDN)