ジェネラティブアートやコマ撮りなど作品ごとにさまざまな手法を使って制作している映像作家の橋本麦さん。Googleストリートビューを使ったgroup_inouのMVや、餅菓子を主役にしたストップモーションアニメによるimai – Fly feat. 79, 中村佳穂のMVなど、一度見ると深く印象に残る映像作品を数多く手がけています。
今回は、作品制作の際はデジタルツールから開発するという橋本さんに、最近のお仕事をはじめ、制作環境やこだわりのもの、現在興味を持って取り組んでいることなどについてお話をうかがいました。
映像作家への起点
――まずはルーツからお聞かせください。橋本さんが映像に興味を持ったのはいつ頃からでしょうか?
映像より先に、小学校6年生くらいの時にパソコンでグラフィックをつくることに最初に興味を持ったことを覚えています。祖父の友達がPhotoshopのCD-ROMを持ってきてくれて、それに触ったのがきっかけですね。当時図書館に行くと数冊だけPhotoshopの本が置いてあり、本を見ながら、こんなにカラフルな色味のグラフィックがつくれるんだとワクワクしたのを覚えています。
映像自体に触れるきっかけは、高校の時に放送部に入ってからです。たまたま映像をつくれる部活動で、いちばん最初にAfter Effectsでつくった映像なんかもまだ手元に残っています。
――大学時代はどんなことに取り組んでいたのでしょうか?
武蔵野美術大学の映像学科に入学しましたが、2年生で中退しています。というのも学生時代はいろいろな環境を見てみたい気持ちがあり、テレビ業界で働いていた方の事務所や広告系の映像ディレクターのもとでアシスタントをしていたんです。その流れで出会ったアート系のコレクティブが、僕が好きなミュージシャンのアートディレクションなどをやっていて、大学を中退して所属してからずっと同じところにいます。もう10年くらいになります。
仕事では撮影監督や美術担当がいて、きちんとした座組みの中で制作をするのが普通ですが、基本的には一人で黙々と作業するのが好きですね。
フライス盤を使った10秒の映像作品
――ここ最近手がけられた作品や、印象的だったお仕事を教えてください。
コロナ禍に入ってからは映像作品といえるものをあまり制作できていませんが、昨年唯一つくったものが10秒くらいの映像作品です。これは「VICE TV」というメディア内にあるチャンネルのステーションIDのようなものです。
2019年から2021年の年末くらいまで実家のある北海道の旭川に戻っていたのですが、リモートワークだとどうしてもパソコンの中だけで完結しがちだったので、こっちに戻ってくる前に一つくらい工作的な要素の強いものを残したいなと思ったんです。単純作業が結構好きなんですよね。
フライス盤という、金属や樹脂などの素材を固定して削ることで色々な形に加工する工作機械があり、それを使って撮影しました。3Dプリンタなど最近のデジタルファブリケーションに安直に手を出したくない気持ちがあり、6年ほど前にフライス盤を購入したのですが、その後寝かせたままだったのでいい機会だなと。北海道には事務所やスタジオがないので、祖父母の家の物置のような場所で汗だくになりながら手作業で作品を撮っていきました。
最初はこの作品をプロトタイプにしてどこかに企画を持ち込もうと考えていて、もう少し長尺にするはずでした。でもコマ撮りで撮影しているので、1コマごとに削っては撮り、削っては撮りを繰り返すと、1コマ撮るのにだいたい30分くらいかかってしまうんです。12時間かけて24コマ撮影しても、1秒にしかならないという。
――気が遠くなりますね……。でも10秒という短い作品ですが、映像自体は視覚的に勢いと爽快感があり、とても惹きつけられます。
普通なら毎コマごとに出力した素材を置き換えて撮影していきますが、削り出していく過程そのものがアニメーションとしておもしろいので、そういった部分を少しでも感じてもらえたらいいなと思いました。
より自由な表現を求め、ツール開発の道へ
――最近はお仕事の傍らツール開発などに積極的に取り組まれているそうですね。何かきっかけはあったのでしょうか?
機材をつくったり撮影手法を自分で考え出したりと、物理的には自由度の高いことがいろいろできますが、デザイン制作のためのソフトにも同じような自由度があればいいなと思うようになったんです。Adobe製品にはとてもお世話になりましたし、今でもAfter EffectsやPremiere Proなどは使っていますが、表現の幅に限界を感じる瞬間もあります。
たとえばIllustratorやPhotoshopのペンツールや図形ツールについて、ああいったグラフィックの種になるような要素も、基本的にはあらかじめビルトインされているものしか使えません。でも、それ自体をグラフィックの質感に合わせて、自分自身でコードを打ち込んでプロムラミングできたらおもしろいんじゃないか?ということは、前々から感じていました。それで、2年前くらいからデザインソフトのプロトタイプみたいなものをつくりはじめてデモしています。
――たしかにIllustratorなどは自由自在に描けるようで、ソフトウェアに決められた範囲での自由だという点はわかる気がします。
自分で見たことのない線やグラフィックを生み出せるようになると、IllustratorやPhotoshopで描いていたグラフィックって、自由に考えているつもりでも実は視野狭窄されていたのかもしれないということに気付くんですよね。僕のバックグラウンドとして、グラフィック制作とは別にジェネラティブアートといわれるものにも結構触れてきたのですが、そっちの分野だと、プログラムにどういう風に描いてもらうかという指示書を書く、というような考え方をするんです。
――自作のソフトには名前がついているんですか?
呼び方は特に決めていませんが、英語圏の人は「Glisp(ジー リスプ)」と呼んでいます。Lisp(リストプロセッサー)は古くからあるプログラミング言語ですが、グラフィックのために特化させた方言ということで、「G」の頭文字をつけて「Glisp」です。
Adobe製品は仕組みを自分で改造することはできませんが、僕がオープンソースカルチャーが好きなこともあり、Glispはオープンソースにしています。コードを全部公開しているので、勝手にパクっていただいてもいいですし、共同開発できたり、自由に使ってもらえるようにしています。今のところはコードが書けないと実際に使うのは難しい部分もありますが、自由に触ってもらうだけでも楽しめると思います。
2年前からソフト開発を始めましたが、最近ようやく文化庁のメディア芸術クリエイター育成支援事業に採択されたり、画像処理やコンピューターグラフィックスの学会で発表させていただいたりと、少しずつ形になりはじめている段階です。でも、実際はHCI(Human-Computer Interaction、人間とコンピュータの関係性を探る学問)方面の研究者から声がかかることが多く、とても嬉しい反面、僕が届いてほしいと思うデザイン分野の方々にはまだあまり届いていないので、今後そっちの方面にも広がると嬉しいですね。
使いやすいよう改造を施した制作環境
――作業環境のお話も聞かせてください。今の制作拠点は東京ですか?
はい。渋谷に事務所があるので、撮影などはそちらで行っています。コロナ禍以降は狭いですが自宅にもなんとか作業環境をつくり、編集作業などは自宅でやることが多いですね。
――机や椅子など、何か橋本さんなりのこだわりはありますか?
いや、それがあんまりないんです。作業環境を転々としたい方なので、いかに躊躇なく買い足したり捨てられるかみたいな考えで……。ディスプレイも8年前のものですし、左右のモニターの色もだいぶ違うのですが最近はキャリブレーションしてないですし、机もいたって普通のものです。
――パソコンは何を使ってらっしゃるんですか?
パソコンは「ハッキントッシュ(Hackintosh)」といって、おもにWindows用の自作パソコンに無理やりMacのOSをインストールして使っています(笑)。映像関連の仕事をしている人でMacを使っている人は少ないのですが、まともにCGに使えるGPU性能を求めるとMacは高価になりすぎるのと、オープンな仕組みが好きでありながら、身の回りをAppleのエコシステムで固めてしまっている自己矛盾への慰みのようなつもりで使っています。だから強いて手放せないものを挙げるなら、このハッキントッシュくらいですかね。
――キーボードやマウスはいかがですか?
それも特にこだわりはなくて、キーボードは普通のMagic Keyboardです。なかにはキーボードを自作する方もいますが、僕の場合は作業をラップトップでやることも多いので、キーボードをかっこよくしすぎてしまうと、逆にラップトップが触れなくなってしまうなと思って。
マウスもMagic Mouseですが、充電コネクタが背面にある、Apple史上いちばん使いづらいとされているものです(笑)。しかも、CGソフトの制作って中ボタン(スクロールボタン)が必要になりますが、これには付いておらず、真ん中にマスキングテープを貼って、この辺りをクリックしたら中ボタンとみなしてくれるアプリを一緒に走らせて無理やり使っています。
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