街に開かれた、新しい「和光」へ。空間づくりで進化する銀座のシンボル(1)

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街に開かれた、新しい「和光」へ。空間づくりで進化する銀座のシンボル(1)
2020/12/22 17:20

1881年に銀座で創業し、2021年に140周年を迎えるセイコーホールディングス。2020年8月には時計の歴史を伝える「セイコーミュージアム 銀座」がオープンし、銀座のランドマークとして知られる「和光本館」もリニューアルグランドオープンするなど、長い歴史を継承しながら新たな一歩を踏み出している。このふたつの施設の空間づくりを担ったのが丹青社だ。

時計やジュエリーなど、国内外の上質なアイテムがそろう名店「和光本館」。12年ぶりとなるリニューアルでは、1階と2階、ショーウインドウが新しく生まれ変わった。1・2階に設けられた「和光ウオッチ&ジュエリースクエア」の1階には国内外からセレクトした13ブランドの時計が一堂に会し、2階にはグランドセイコー、クレドールのほか、和光の審美眼で選び抜かれたジュエリーが並んでいる。銀座の顔とも言えるショーウインドウは店内側の壁をガラスにし、シースルーの空間へと変化した。

あの銀座のランドマークが、どんな進化を遂げたのか。モダンかつ華やかに生まれ変わった空間について、和光の武蔵淳さん、丹青社の上垣内泰輔さんにお話をうかがった。

店と街を一体化するシースルーのショーウインドウ

──武蔵さんは、普段はどのような業務をなさっているのでしょうか。

武蔵淳さん(以下、武蔵):私はデザイングループを統括していますが、専門は空間デザインで、ディスプレイを長く手がけてきました。ショーウインドウの仕事をするときはアートディレクターと名乗ったりもしています。

武蔵淳

武蔵淳 和光 アートディレクター、ディスプレイデザイナーとして、デザイン部門を統括。1990年入社後、2000年よりショーウインドウのアートディレクター。店舗デザイン、インストアディスプレイ、美術展等の展示計画、VMD、広告などを担当。日本大学芸術学部、愛知県立芸術大学など非常勤講師として教育にも携わる。

武蔵:和光本館のショーウインドウは小さいものを入れると10近くあり、メインのショーウインドウでは年に8回展示替えを行っています。また、改装のときは店舗設計にも携わっており、今回のリニューアルプロジェクトも担当しました。

──リニューアルのコンセプトについて教えてください。

武蔵:今回のリニューアルにあたっては、弊社社長の石井俊太郎が「進化」というキーワードを掲げました。和光本館に関しては、2008年にも建築的な「進化」があり、その際は1932年に建てられた建物の内装を一度空っぽにして、耐震改修と修復を施したんです。実はそのときに、かなりモダナイズしているので、今回はそこからどうバージョンアップし、何を進化させられるかについて考えました。

コンセプトを考える上でキーとなったのが、「街との関係を変える」ということです。今回のリニューアルでは、1階のショーウインドウの店内側にあった壁をガラスに変えて、内装を外に開き、内部も銀座の空間にしてしまおうと考えました。

店内側の壁をガラスにし、シースルーになったショーウインドウ(「印」展示期間:2020年8月5日~8月19日)

武蔵:というのも、これまでの銀座の商業施設は、「それぞれに殻があり、中に入ると別世界」といった建物が多かったんです。そういうお店の雰囲気を、通りを歩きながらショーウインドウで楽しむ「銀ブラ」という文化もありました。

上垣内泰輔さん(以下、上垣内):銀ブラの時代は、通りというパブリックにアメニティー(快適性)があり、店に入ると独自の空間がある、というふうに切り分けられていましたよね。

武蔵:そうです。しかし次第に、交差点真向かいの自動車メーカーさんのショールームのように中が見える建物が増え、街と建物の関係性が変わってきました。そこで私たちも、素直に中を見せて街のありように近づいていくべきではないか、と考えるようになったんです。

和光ウオッチスクエア

1階 和光ウオッチスクエア

上垣内:シースルーにすることで、店内も街の一部になったわけですね。結果的に、店内からも街の風景が見えて、街からも店内が見えることが「入りやすさ」にもつながったように思います。先日、和光本館に伺ったときのことですが、秋になり日差しが低くなったので、日の光が入口からショーケースの前くらいまで伸びていたんです。それもまた光の導きのようで、心理的な入りやすさに寄与しているように思いました。

武蔵:「入りやすさ」のための施策としては、店内のショーケースもそうですよね。これは上垣内さんも同じ考えだったと思うのですが、1階でアール(曲面)形と丸形のショーケースが続いているのは、空間にやわらかい印象をもたらすとともに、建物とショーケースのカーブに沿って、楽しく回遊できるようにしたかったからです。建築と内装をプランニングとして一体化することで、建物の外側も内側も、自由にそぞろ歩きできるようにしたいと考えたんです。

関わった人々の思いがつないだ時計塔の88年

武蔵:和光と建物の歴史について少しお話ししますと、現在の時計塔は2代目で、初代の時計塔のある建物は明治時代に新聞社として建てられたものです。それをセイコーホールディングスの原点である服部時計店の創業者・服部金太郎が買い取り、営業を開始しました。大正時代に建て替えが計画されたのですが、1923年の関東大震災により中断します。その後、より頑丈なものに設計を見直し、1932年に今の建物が建てられました。

和光本館 外観

建築家・渡辺仁さんによるネオ・ルネッサンス様式の建物は、今もなお存在感がありますし、初期の服部時計店は、ヨーロッパから仕入れた貴重な時計がたくさん並ぶ、とても華やかな店だったと思います。その後、服部時計店の小売部門が独立して「和光」となり、1952年より本格的に営業を開始。2008年には耐震・改修工事を行いました。このときにショーウインドウ部分を構造として補強するかどうかという議論もあったのですが、そこで「やらない」と判断したんです。

武蔵淳

上垣内:もしショーウインドウに耐震構造を入れていたら、今回のようにシースルーにはできなかったでしょうね。

武蔵:こうなると予期していたわけではありませんが、うまく繋がった形になりましたね。実はショーウインドウも、和光の時代は閉じていましたが、昭和初期の服部時計店の時代は、磨りガラスのような明かり取りになっていたんです。そういう意味では、建築的には最初の状態に近くなった部分もあります。

リニューアル前の和光本館

リニューアル前の1階の様子(2014年時)

リニューアル後の和光本館1階 和光ウオッチスクエア

また、シースルーにしたことで、ショーウインドウと建物が方角と正対していることや、4本の柱と4丁目交差点の関係がすっきりと見えるようになり、建物の構成の美しさが、訪れる方にもそれとなく伝わるのではないかと思います。この建物は築88年になりますが、コンクリートや鉄筋の劣化もほとんどなく、とても精度が高い。設計者や施工者など、その時々に関わった一人ひとりが真剣に向き合った結果が、今にいたるまで生きているのだと思います。

歴史を継承した、新しい時代の華やかさ

──コンセプトやプランは、どのように共有されたのでしょうか。

上垣内:武蔵さんのディレクションは、すごくナチュラルなんです。和光や建物の歴史を教えていただきながら、私のプランがこれまでのスタンスに沿っているかどうか、一緒に考えていくという感じでしたね。

上垣内泰輔 株式会社丹青社 デザインセンター プリンシパル クリエイティブディレクター。1988年入社後、飲食店からアパレルまで専門店の店づくりを数多く手がける。分析と考察をもとに、伝統から生まれる品格やブランドの神髄を抽出するデザインの技術を駆使。対話の積み重ねを大切に、事業をサポートしている。。

──上垣内さんからは、どんなデザインコンセプトを提示されたのでしょうか。

上垣内:私からは、今までの和光さんの格式を継承した、中庸でバランスをもったインテリアとしつつ、新しい時代の顧客に添った「華やかさ」を加えた空間づくりをご提案しました。上質感はそのままに、はっきりとした個性を表現して、訪れる人がその個性に導かれるような空間にしたい、と思ったんです。

私自身、アンティークウオッチのグランドセイコーを持っていて、革ベルトを取り替えるときに一人の客として和光本館にお伺いしたことがあります。そのときに感じたのが、長い歴史のある店にしか出せない空気感です。正統性というか、高級感という一言ではくくれないものがあるんですよね。インテリアデザイナーとして、「それは、なぜなんだろう?」と考えたときに、ひとつは「色」だと思いました。

1階とあわせてリニューアルされた、2階内観(グランドセイコーブティックフラッグシップ和光)

1階とあわせてリニューアルされた、2階内観 グランドセイコーブティックフラッグシップ和光

上垣内:和光さんでは、さまざまなマテリアルを使いながら、ある限られた中間色を空間に用いていて、それが全体の印象をもたらす強い力になっている。ただ、ユーザーの立場からすると、それがかえって人をかしこまらせる部分があるなと思ったんです。そこで、この空間に「わっ!」と心躍るような華やかさを加えたいと考えました。ただ、華やかさといっても、ギラギラとした華やかさではなく、和光さんのフィロソフィーの延長にある、品のある華やかさがデザインコンセプトとして必要だと考えたんです。

武蔵:和光は「和やかに光る」と書きますが、僕自身も、この店の光のあり方を「気がついたら、ほわっと明るくなっていた」というものをイメージしてきました。またこれまでの内装でも、時代性に合った上質さ、華やかさを探してきたので、上垣内さんから最終的なプランを出していただいたときには、すっと共感できたんです。

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