オフィス照明は「体内時計」を考慮する時代へ
──「W2 KODENMACHO」の照明設計はどのように考えられたのでしょうか。
岡安:まず、サーカディアンリズム(体内時計)を取り入れているのが、一番大きなポイントです。太陽の動きに合わせて、光の色温度が変わっていく照明器具を取り入れています。基本的には自動で、夕方になるとだんだん電球色になっていくのですが、スポットライトで個別に好きな色温度を選ぶこともできます。
岡安:また、机上面の明るさは750ルクス以上あり、影が強く出ないようにできるだけフラットな環境をつくり、ベース照明を間接でとることで、まぶしさの映り込みもないようにしています。
──オフィスでのサーカディアンリズムの考慮は、一般的になっているのでしょうか。
岡安:この話をすると、ちょっとだけ長くなってしまうのですが……。人間は、目のなかに桿体(かんたい)と錐体(すいたい)という視細胞があり、桿体で明るさを、錐体で色を認知して、網膜から情報を得ていると言われてきました。ところが2002年に、3つ目となるipRGCという細胞が見つかったんです。いろいろ調べていくうちに、ipRGCは色でいうと青のような波長に反応し、身体を覚醒するための信号をキャッチして、サーカディアンリズムを調整するための細胞だということがわかってきたんです。
岡安:一昔前まで、「なんとなく太陽と動きがあってたら健康っぽくない?」程度の議論でやってきたものが、そうしたエビデンスが出てきたことで、サーカディアンリズムが重要視されるようになりました。また「WELL認証」という、アメリカの健康で快適なオフィスの評価システムがあるのですが、その光の項目で一番多く語られているのもサーカディアンリズムの話です。これから日本のオフィスでも、積極的に取り入れるようになると思います。
ただ、サーカディアンリズムを取り入れたとしても、強制的に全体を変えてしまうと、それはそれで気持ち悪いんですよ。どういう光を快適と思うかは、個人差がありますから。僕なんか、夜中でも明るい真っ白な空間で仕事していたいですからね。なので、全体を動かすのではなく、自分の好きな明るさをつくれる仕組みにしようと思い、ここの照明設計を考えました。スモールオフィスなので部屋全体で光は変わってしまいますが、右半分や左半分でも状況を変えられるし、スポットライトごとに明るさと色温度を調整できるので、自分にとって最善の環境を机の上につくることができます。
自然を感じるアートワークで「めぐりのいい」空間に
──アートワークのコンセプトについてお聞かせください。
松本:植田さんには、共用部である階段の踊り場の各フロアに4つの作品を制作してもらいました。人工的な空間だったので、できるだけ自然を感じるような作品にしてほしいとオファーしました。
植田:最初にここに来たときに、建物自体が船みたいだなと思ったんですね。なんていうか、会社に集うみなさんが船の乗組員で、基地であるオフィスからプロジェクトに出航していく、みたいな印象があったんです。そこで船に見立てた窓をイメージし、窓からどういう眺めがあるといいか、松本さんと、それから建物自体と対話しながら考えました。まるで自然のエネルギーがそこから湧いてくるように、明るくて活力が得られる眺めにしたいと、「水」「風」「土」「陽」をテーマにし、それらが循環して気がよどみなくめぐるようにとつくっていきました。
ここは出かけて行く美術館と違って、日々のなかにいつも作品があります。だから、ふと目があったときには「大丈夫だよ」って言ってくれるような、無意識を照らせるような作品を目指しました。
松本:仕事をしていると、ときにはイヤなこともあるじゃないですか。そういうとき、オフィスを出て踊り場で電話しながらあの絵を見ると、たぶん口調も変わってくると思うんですよね。
岡安:優しい気持ちでケンカできるよね。
松本:ですよね(笑)。そういう、いい影響があるといいなと思います。
植田:踊り場って、人生でいうところの惑う時に立ち止まったり、改めて思考を巡らせたりする場所にも通じるのでおもしろいですよね。あと、この建物は年を重ねた分だけ歴史があり、成長の可能性があるところも魅力。そうした建物の記憶を紐解いて、制作に反映したいなと思いました。
松本:植田さんが「船のような建物」とおっしゃっていましたが、あるとき周辺の地理に詳しい方から「昔はこのビルのすぐ裏が運河で、船でものを運んでたんだよ」とうかがって。植田さん、すごいなと思いましたね。
植田:そういうの、感じるんです(笑)。
──作品は壁に掛けるのではなく、壁とフラットに設置されています。
松本:植田さんが「絵が壁から生えているようにしたい」ということで、作品を壁に埋め込んで取り付けています。
植田:はい。どこの建物でもない、かけがえのないこの建物だからこその表情が満ちてほしかったんです。最後に岡安さんに調光をしてもらうと、白い壁に絵の色がほんのり映り込んで、めちゃくちゃ感動しました。
松本:植田さんの言う「壁から絵が生えている」状態を、光でつくっていただきました。
植田:すごかったです。ビルの魂がムクムクっと出てきて、すべてが一体になった感じがして。「光の魔法使いだ!」って思いました。
岡安:恐縮です(笑)。実はさっき、一番上のフロアから歩いて階段を降りてみたんだけど、やっぱりいいですね。踊り場の絵の前を通り過ぎると、エレベーターホールの光が統一された空間に来て、そこから踊り場を向くとまた違う色があるというふうに、降りていくたびに違う絵が見えてくる。その連続性が、なかなかおもしろい。絵が入るまでは想定していなかった、豊かな感覚があるなと思いました。
働く人が、戻りたくなるオフィスをつくる
──コロナ以後は、オフィスでの働き方について考える機会も増えました。みなさんにとって、理想のオフィスとは?
岡安:……ここじゃないですか?
一同:(笑)。
松本:たしかに今、光が差し込んで、ちょうどいい感じですよね。
植田:光合成してる感じがします。
岡安:このまま寝ちゃいそうなくらい、気持ちがいいです。でも、オフィスが快適であることって、大切ですよね。ほとんどの人が長い時間を過ごす場所って、まずは家、次にオフィスじゃないですか。そこが遊びに行くような感覚で行ける快適な場所だったら、それはとっても素敵な話だと思う。
植田:とっても素敵です。その一瞬一瞬の積み重ねでできていく人生が、少しでも愛おしく満ちていてほしいです。心がハイタッチするような感覚が自然に生まれるのって、やっぱり場の共振力だと感じます。
松本:植田さんがこの建物を「基地」に例えていましたが、働いている人が「戻ってきたくなる」場所になるといいなと思います。今回は照明やアートを切り口にリノベーションを施しましたが、別の場所、別のプロジェクトではまた違った切り口での「Wellbeing」の具現化方法があると思います。いろいろな可能性に挑戦し、働く人にとってよい環境、戻りたくなる場所をもっとつくっていきたいなと思っています。
──最後に松本さん、今後、R2プロジェクトで達成したいことやミッションを教えてください。
松本:築古ビルであっても、ワーカーに配慮した働きやすい環境を提供し、ビルの価値を高めていきたいと思っています。まだまだ、同じ値段なら新築の方が良いという考えもあるかとは思いますが、実は既存のリノベーションだからこその価値や意味も見いだせるはずですし、循環型経済の実現に少しでも寄与するものになればいいなと思います。
丹青社がこれまで培ってきた空間づくりのノウハウとネットワークは、このプロジェクトに大いに活かされています。同時に、丹青社はこれまでお客さまから依頼を受けて、場の価値を高める提案をしてきましたが、このプロジェクトでは自分たちが主体となり、場を提供することになりました。こうした経験から、これからの空間づくりに活かせることはたくさんあると思います。まだ第一号ですが、少しずつ増やしていくことで点から面へと展開し、本業とのシナジーも生み出して、成長させていきたいと思っています。
文:矢部智子 人物撮影:中川良輔 施設写真:木澤淳一郎 取材・編集:石田織座(JDN)
丹青社
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丹青社「R2プロジェクト~築古不動産の再活性化によるにぎわいづくり」
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