「言葉」よりも「絵」。日本と中国の大きな違い
――プロジェクトを進めていく上での日本との違いもお聞きしたいのですが、中国と日本でいちばん違いを感じるのはどのような部分ですか?
瀬野:大きな特徴としては、中国のプロジェクトはまったくと言っていいほどキーワードやコンセプトなどの「言葉」が重要ではなく、スルーされがちな点ですね(笑)。では何が重要かというと、とにかくまわりの施設よりも集客したい、話題性をつくりたいという意味で、インパクトのある「絵(パース)」なんです。見せ方が何より重要ということですね。
瀬野:とはいえ、僕らとしてはデザインの意図は説明したいので、いろいろなキーワードを盛り込んだコンセプト案をつくって持って行きますが、これに関しては何も言われません。具体的な色や柄は直接デザインに結び付くので説明する必要があっても、「言葉はいらないので資料は省いてほしい」というのは、おそらく50回以上言われました(笑)。
最初の頃は一生懸命コンセプトを練って資料を準備していましたが、どこに行っても必ず「先にパースを見せてほしい」と言われるので、途中からはやらなくなりました(笑)。最初はずいぶん戸惑いましたが、パースだけでいいというのがわかってからは、逆にやりやすかったですね。日本と中国の違いは、まずそこがはっきりしています。

北京工人体育館コンペ 時のパース
盛定:要は、向こうはデザイナーの「才能」を買うという考え方なので、先方としてはそこに意見はなく、プロであるデザイナーのセンスを尊重してくれます。対して日本はストーリー性を大事にするので、キーワードやコンセプトに対してクライアントの方々から意見をもらい、みんなの意見を吸い上げてボトムアップしながら一つの空間をつくり上げていくのが普通です。それぞれ考え方やプロセスがまったく違っていて、興味深いですよね。
しかも中国はトップダウンなので、どんなにまわりと話して意見をもらっても、トップである会長と話ができなければビジネスがうまくいきません。なので、きちんとその会社のトップの人と話せるかどうかが重要になってきます。
瀬野:そうですね。プレゼンの際はまわりに20〜30人社員の方々がいますが、トップの方(董事長)だけに向けて説明するんです。話をするのは僕と董事長だけで、ほかの人たちは聞いているだけ。そんな特殊な状況にも最初は驚きました。
――はじめて中国で仕事をする際は戸惑いそうですね。そのような中で、瀬野さんが中国のプロジェクトに携わる際に心がけているのはどんなことですか?
瀬野:キーワードやコンセプトは必要ないとはいえ、デザインができ上がったときになぜそうしたのかという理由は説明するようにしています。ただ、それを深掘りして概念的に説明するのではなく、会場にいるプロジェクトメンバーの方々にもわかるように、わかりやすい言葉で簡潔に説明することを心がけています。なぜ木目なのか、なぜモノトーンなのか。そうしたアウトプットの部分がしっかり握れていれば、承認してもらえるので。
実力勝負でチャレンジできる場
――例えば中国でのプロジェクトでコンペに参加するときは、先の事例などを見て研究や対策をされるのですか?
瀬野:それはしないですね。日本ではこれまでの競合の事例などを研究してコンペに臨みますが、見たら必ず影響されてしまうので、中国では逆にまったくゼロの状態で臨みます。そこもアプローチの仕方がまったく違って、仕事をしていく中で学びました。
盛定:中国では、前のやり方を踏襲するような仕事の進め方をすると、それは誰がやってもできることだから能力がないとみなされてしまいます。ゼロから何かを生み出すからこそ価値があり、能力があるという考え方です。
もちろん、どちらもデザイナーとしての知識と経験があるということですが、何もないところから何かを生み出せる人への評価が明らかに高いです。だから瀬野くんのように、ある意味突拍子もないようなデザイン案を考えられる人が、海外で求められる人材なのかと思います。そういうデザイナーが当社からどんどん出てくるといいですよね。

成都天府イトーヨーカ堂パース
――お話を聞いているといい意味でわかりやすく実力主義というか、デザイナーとしてチャレンジのしがいがありそうですね。
瀬野:デザイナーに大きな権限があるという意味では、たしかにやりがいはあります。特に中国は、トップの意見でものごとが決まることがほとんどなので、トップの方に向けたコミュニケーションだけを考えればいいという点から、海外のデザイン事務所が入りやすい市場でもあると思います。対して日本は、まず担当者とコミュニケーションをとり、課長に上げて、部長に上げて、取締役に上げて承認を得るといった意思決定プロセスを踏むことが多く、中国の方と仕事をする中で日本との違いを強く感じます。
どちらがいいというわけではありませんが、本当にデザインの力だけで勝負したい、チャレンジしてみたいと思うなら、中国をはじめとする海外で仕事をしたほうがデザイナーとしての率直な評価を得られやすいかもしれません。その評価が海外のデザイン賞でもあるわけですが、正直にいうと僕らは賞をとることが目的ではありません。
当社のWebサイトなどに成果を載せることで海外のディベロッパーの目に止まり、そこから話が広がって次の仕事に結びつけば、それに越したことはありませんが、中国の仕事は見えないストレスやプレッシャーも大きいですし、何よりまず向こうの考え方や文化に慣れないことにはマインドがもたないですね(笑)。
盛定:それは本当に人によりますね。仕事はもちろん、打合せ後の食事会や飲み会も向こうでも普通にあるのですが、飲むお酒の量もオーダーする食事の量もとにかく激しいんです(笑)。もてなす文化なども日本とはまたちょっと違っていて、おもしろいですよ。
海外プロジェクトを継続して後進につなぐ
――コロナ禍以降、現在中国で進行中のプロジェクトなどはあるのでしょうか?
瀬野:いまは成都イトーヨーカ堂のデザインを担当しています。これは現地の法人からの引き合いで、コンペの相手も現地企業半分、日本企業半分という感じでした。地下にスーパーマーケットが入るのですが、おそらくみなさんが想像するようなイトーヨーカドーではなく、10万㎡くらいの床面積がある、ものすごく大きな百貨店のような施設です。フロア環境も含めて、すべて丹青社でデザインをしています。

成都天府イトーヨーカ堂パース
――たしかに日本でイメージするものとはまた違った、デザイン性の高い内装ですね。
盛定:レストラン街などもあるおしゃれなショッピングモールという感じですね。場所は四川省の成都です。イトーヨーカドーが中国で最初に出店した地域でもあり、地元では成都イトーヨーカ堂は日系企業の名士のような存在です。
今回の施設は地元のディベロッパーによるもので、全体が成都イトーヨーカ堂のプロデュースではありませんが、同社がメインテナントとして入って運営していく形になるので、成都イトーヨーカ堂側が望むような施設環境を依頼したいということで、コンペに呼ばれて瀬野くんの案が選ばれました。現在工事をおこなっている最中です。
――今回挙げていただいたような海外のプロジェクトにおいて、会社として今後の展望などがあればお聞かせください。
盛定:実は今年の1月末に丹青創藝は香港の投資会社に持分譲渡したのですが、これまで通り中国市場の仕事には携わっていきたいと思っています。
世界がよりボーダレスになっていくことで、国内だけでなく場所を選ばずグローバルに仕事ができるようになっているのが理想ですね。今後中国だけでなく多くの親日国がある東南アジア諸国や観光地開発が盛んなサウジアラビア、ドバイなど、各方面でプロジェクトが動きそうな予感があるので、引き続き基盤整備や関係各所とのネットワークづくりに注力していきたいと思っています。
瀬野:丹青社は日本では設計施工を生業としていますが、デザイナーの立場から考えると、今後も継続的に海外でデザインをきちんと売っていくことが、社内デザイナーの高いモチベーション維持や若手育成に繋がることもあり、必要不可欠なことであると思っています。
その足掛かりが世界中の多くのデザイン事務所が活躍する中国市場だったと思います。ここ5年以内に、世界で戦えるデザイン組織をつくり、その組織やチームを逆輸入するイメージで、国内でも活躍できるようにすることがこれからの丹青社のデザイン部門では必要であり、自ら道筋を示すことがこれからの丹青社での僕の役割かなと思っています。
丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/
文:開洋美 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)
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