空間づくりのプロフェッショナルとして、店舗や商業施設、ホテル、文化施設などあらゆる空間を手がける株式会社丹青社。創業以来70余年にわたり、空間デザインを通してクライアントの課題を解決し、各業界に新たな価値を生み出してきた。
また、国内に限らず海外のプロジェクトも手がけており、ここ数年で中国・北京にオープンした大型商業施設が海外のデザイン賞を受賞するなど、活躍の場を広げている。

北京王府井喜悦购物中心(Wangfujing Xiyue Shopping Center)
そんな同社の海外プロジェクトについて、事業開発センター・海外推進室の盛定歩さんと、デザインセンター・商空間デザイン局の瀬野文雄さんにお話をうかがった。
中国市場を視野に入れたビジネス展開
――お二人の丹青社での経歴やお仕事内容をお聞かせください。
瀬野文雄さん(以下、瀬野):もともとアパレルや物販、飲食など専門店の空間づくりを手がけるアトリエ事務所に勤務していて、2007年に丹青社に中途入社しました。入社後は、医療系施設や企業ショールーム、金融系施設など幅広い分野で空間づくりに携わってきました。その後は大型の複合商業施設を中心に、渋谷スクランブルスクエアのクリエイティブディレクションなども手がけました。

瀬野文雄 株式会社丹青社 デザインセンター 商空間デザイン局 局長
瀬野:2019年頃からは、中国の大型商業施設の案件にも携わっています。渋谷スクランブルスクエアが終わったタイミングで、僕の前任の方に中国でやってみないかと誘われたのがきっかけですね。
盛定歩さん(以下、盛定):丹青社に新卒で入社したのが1992年なので、丸33年勤務しています。当初は制作職で入社したのですが、2004年に中国の北京に赴任し、そこから5年間勤務しました。帰国後は制作課長などを経て、2012年に海外勤務経験のあるメンバーを集めた海外推進室という部署ができることになり、そちらに異動しました。現在は同部署の室長を務めています。

盛定歩 株式会社丹青社 事業開発センター 海外推進室 室長
盛定:海外推進室では丹青社が海外で手がける仕事のほとんどに携わっていますが、特に私は中国に長年いた知見を活かし、中国市場に進出する日系企業の空間づくりなどもサポートしました。ここ最近では、花王が世界で展開するプレステージブランド「SENSAI」が上海に旗艦店を出すということで、その制作・現地施工のマネジメントを担当しました。
――2004年に盛定さんが中国・北京に赴任することになったのは、どういった経緯だったのですか?
盛定:ちょうど上海に現地法人を立ち上げたタイミングでした。中国市場の急成長のなか、2003年に丹青創藝設計咨詢有限公司(以下、丹青創藝)というグループ会社が上海にできたのですが、当初は現地の方だけを集めた会社でした。そのため、赴任している日本人とのコミュニケーションを取るため、多くの日系企業が本部を構える北京に丹青社の駐在員事務所を設け、私が単身で中国・北京に赴任することになりました。
ちょうど、北京オリンピックや上海万博が開催された時期でもあり、さまざまな業務をご依頼いただき、日本と変わらないサービスができるようなベースつくりができたと思います。

SENSAI Flagship Store Shanghai(撮影:Adachi Makoto)
コロナ禍で紆余曲折を経たプロジェクト
――瀬野さんが中国でのプロジェクトに携わりはじめたのが2019年頃だそうですが、どのような施設を手がけてこられたのですか? 海外のデザイン賞を受賞されているものもありますが、いくつか教えてください。
瀬野:2019年というと、ちょうど中国で新型コロナウイルスが流行りはじめた年でしたので、僕の中国関連の仕事はほぼコロナと同時スタートという感じです。そういった意味では、平穏な時期は正直あまりなかったんですよね(笑)。
そのような中でまず手がけたのが、2023年6月に北京市内にオープンした「京西大悦城(JINGXI JOYCITY)」です。こちらは「JOYCITY」と呼ばれる、中国では有名な全国区の百貨店です。「JINGXI JOYCITY」は北京で3つ目の出店で、地下4階・地上5階建ての大型商業施設として計画されました。

京西大悦城(JINGXI JOYCITY)
瀬野:現地設計は丹青創藝が担当し、僕がデザインディレクションを担当しました。2019年からスタートし、当初は工事が1〜2年で終わって完成する予定だったのですが、コロナの影響でオープンまでに4年弱かかりましたね。
――JOYCITYは、どういったところにこだわってディレクションされたのですか?
瀬野:一つはフォトジェニックな場所をつくりたいという施設側からの要望があったので、吹き抜けに鏡面を用いた光の演出を施し、感度の高さを感じさせるような空間を意識しています。さらに地上階と地下階で異なるデザイン手法を取り入れることで、施設全体にわたる回遊性を高められればと思いました。
このJOYCITYの空間デザインは、世界的なデザイン賞などを手がけるスイスの3C Awardsが主催する「BLT Built Design Awards 2023」で、「Honorable Mention」を受賞しました。

京西大悦城(JINGXI JOYCITY)
瀬野:その少し後に手がけたのが、華潤グループという、大手不動産開発業者が手がける商業施設です。これは浙江省の寧波市にある駅上施設で、コンペに勝って担当できることになりました。ただ、コロナ禍による予算縮小の問題と、我々が現地に行って立ち会えなかったこともあり、結果的に当初のデザイン意図とはかなり違った形状やマテリアル仕上げで竣工をむかえました。
盛定:ほかにも北京市内の大型の体育館やホテル、書店、博物館、クリニックなどの引き合いはあったのですが、設計まで終わっていてもコロナのために途中で予算がおりなくなってしまったり、計画が縮小して中止になったりと、完成までいたらなかったプロジェクトが結構あります。経済が冷え込んでなかなか厳しい状況だったので、コロナ期間中は最後まで完成した施設のほうが少ないかもしれません。ただ、後々何かで利用したいということで、デザインのみの契約となったパターンもありました。

華潤寧波児童公園商業施設コンペ時のパース
海外や中国国内で広く評価された「北京王府井喜悦购物中心」
――現地はそのような状況だったのですね。その中で手がけられた「北京王府井喜悦购物中心(Wangfujing Xiyue Shopping Center)」もアメリカやイギリスのデザイン賞を受賞されていますが、これはどのような施設でしょうか。
瀬野:北京の王府井というエリアにある大型の複合商業施設です。王府井は天安門から東に1kmくらいの場所にある、北京の顔ともいえる有数の商業エリアです。日本で例えると銀座のような一等地ですね。そこにもともとあった古い建物を全面的に改装し、北京だけではなく国内の感度の高い若者に向けた施設をつくりました。2020年にスタートして、オープンしたのが2023年12月です。

北京王府井喜悦购物中心(Wangfujing Xiyue Shopping Center)
――どのようなコンセプトでデザインされたのですか?
瀬野:『One 北京気質 More 吉祥喜図』をコンセプトに、昔から中国でポピュラーな哲学思想である「五方五行(※)」の青・赤・黄・白・黒の5色と、北京の文化に深く根付く「吉祥柄」を現代風に再デザインして掛け合わせ、フロアごとに最適なデザインを展開しました。
最も象徴的なのが吹き抜け空間で、白と黒のモノトーンカラーをベースに、吉祥柄を象徴する緩やかな流水文様を空間の形状に合わせてデザインしました。
※中国古来からの自然思想で木・火・土・金・水の5つの要素を指す

吉祥柄を象徴する流水文様を空間の形状に合わせてデザインした、吹き抜け空間
瀬野:こちらもコロナ禍ではありましたが、結果的に中国政府からも支持を得た案件になりましたし、アメリカの国際的な建築デザイン賞である「NY Architectural Design Awards 2024」でGOLD WINNER、「London Design Award」でPLATINUM WINNERを受賞しました。
――どんな点が特に評価されたと思いますか?
瀬野:コンセプトというよりも、デザインのもつインパクトや力強さに尽きると思います。このときは職人のレベルも高く再現性も高かったのですが、僕たちも華潤グループのプロジェクトでの反省があるので、色やデザインを細かく指示して管理しながら進めていきました。特に2022年頃は状況がいちばん厳しかったので、なんとか北京に飛び、10日間ホテルに隔離された後で現場に行くという感じでしたね(笑)。
盛定:ただ、このような振り切ったデザイン案は、いろいろな制限もあるので、残念ながら日本ではあまり評価されないんです。でも中国ではすごく評価されるので、国柄の違いを感じますよね。

王府井海垦広場
――それは設計上の問題ということですか?
瀬野:法規的な問題もありますし、お金の問題もあります。例えば日本だと、「空中にこんなデザインは危ない」「地震で揺れた場合はどうするのか」といったリスクが先に立って指摘されてしまうので、自然とデザインに制限をかけることが少なくないと思います。
この王府井のプロジェクトも、日本では絶対に出さないようなデザイン案が中国で評価されたので、自分のデザインが意外に中国市場に向いているかもしれないというのは、中国との仕事をする中で感じました。あとは、中国は世界中からテナントが集まってくるので、テナント優先の空間づくりに配慮する必要がなく、インパクトのある環境デザインによって他の施設との差別化がはかれるのが強みだと思います。
- 1
- 2