時の移ろいを表現した12体のオブジェ
セイコーウオッチ・種村清美さん(以下、種村):グランドセイコー(以下、GS)は、商品の完成度だけでなくモノづくりの姿勢も含めて、日本を代表するプロダクトとして自信を持って世界に打って出たい腕時計です。そこには長い年月をかけて積み重ねた、腕時計の本質に対する哲学があります。今回の展示で、GSの時計の本質を徹底追求してきたこの哲学を見た方が体感していただけるような展示にしたいと、大きなテーマを「THE FLOW OF TIME」として設定しました。日本人の美意識にも通じる世界観を、時の流れとは何か?という問いとともに感じていただけたかなと思います。

撮影:大木大輔
TAKT PROJECT・吉泉聡さん(以下、吉泉):GSが独自開発した、スプリングドライブに着目したインスタレーション「Approach to TIME.」をつくりました。音もなく流れるスプリングドライブ独自の秒針は、時間とは本来、刻まずに流れる物であることをそっと教えてくれます。時計の本質に向かい合ってきたGSが辿り着いた姿が、時の本質に迫る結果になっていることに、深く感銘を受けました。
時の移ろいを空間にもたらす巨大な映像面と、12体のアクリルオブジェで構成されています。インスタレーションを通して、そんなGSの姿勢・思想を表現したいと考えました。
アクリルオブジェの中にはムーブメントが分解された200以上におよぶスプリングドライブの部品が封入され、その周辺には部品が生み出す微弱な電気の存在を暗示する小さなLEDが瞬いています。

撮影:大木大輔
誘われるようにオブジェをのぞき込むと、アクリルのレンズ効果が背景の映像を屈折させ、すっぽりとオブジェの内部に映り込ませます。封入された部品と映像が融合したさまは、まさに部品たちが時の移ろいに近づく様子が感じられます。
また、整然と並んだオブジェは、奥に進むほど部品がムーブメントとして完成していき、オブジェの形状も有機的になり、より強く背景の映像を写し込んでいきます。それは、部品だけではなく「組み立て」という見えざるクラフトマンシップも感じさせ、はじめてムーブメントが自然の時に近づき完成することを表現しています。

奥に行くにつれて部品が増えていくオブジェ(撮影:大木大輔)
映像と向かい合わせに設置された縁側のようなベンチに座って見ると、無心で夕日を眺めるような、時の移ろいに身を任せる体験をもたらすこともこのインスタレーションのもう一つの体感方法です。オブジェに映り込んだ際に、美しく見える映像になるようディレクションしました。
もっとも難しかったのは、アクリルオブジェの制作。ピンセットでも掴むことが難しいほど微小なGSの部品を200個以上アクリルオブジェ内に封入したのですが、それらとLEDに通電させるための回路が干渉しないようにする必要があるなど、さまざまな解決すべき問題がありました。12番目のオブジェでは、アクリルに封入した状態でムーブメントがきちんと動くようにすることも難しいトライアルでした。
TAKT PROJECTとして自己研究してきた成果と、素晴らしい技術を持つ日本のアクリル製作会社さん、そしてセイコーウオッチさんとのコラボレーションによって実現しました。
秒針の「刻む」「流れる」をテーマにした映像
阿部伸吾さん(以下、阿部):僕は「Kizamu/Nagareru」というタイトルで、スプリングドライブの大きな特徴である、淀みなく滑らかな秒針の動きをテーマに映像を制作しました。
太陽の動きから時計が生まれた時、時間は「流れて」いました。それが機械式時計の発明で、時間は「刻む」ものとなり、そしてその機械式時計が究極に進化し、また時間は「流れ」はじめます。
降りしきる雨、水平線を昇る太陽、揺れ落ちる紅葉など、ただただ眺めてしまう、そんな感覚をスプリングドライブの秒針にも感じることができる。機械(刻む)を極めることで限りなく自然(流れる)に近づいていく、その過程を映像に落とし込んだ作品となりました。
「刻む」「流れる」という2種類の「時間」を映像でどう表現するか、その手法探しが難しかったですね。試行錯誤する中で思いついたのが、「多重露光」と「長時間露光」。「多重露光」は一定の間隔を空けながらシャッターを開け閉めし、まさに刻まれた時間を1枚の写真に収める手法。一方「長時間露光」はシャッターを開放し続け、その間のすべての時間を取り込む手法です。さらにこの対比を時計の秒針とオーバーラップさせることで、スプリングドライブの究極性を表現しました。
滞在時間が長かったことが何よりの反響
種村:「とても詩的で繊細で美しい」「日本人の自然観を体現している」「いつまでも見ていたい」など、ともすると抽象的で伝わりにくいかと思ったコンセプトが素直に伝わっていたことが何よりもうれしかったですね。

撮影:大木大輔
吉泉:来場者の滞在時間が長かったことがこの展示の大きな特徴だったと思います。縁側のようなベンチに腰かけ、ただただ移ろう風景と、それが映り込んだオブジェを眺める体験は、少しせわしないミラノデザインウィークの中で、他の展示とは時間の流れが異なる上質な時間体験を提供していたと思います。
時間を扱うブランドの展示が、そのような展示体験を記憶として来場者に提供することは、俯瞰的に捉えた時、もっとも展示の成果として重要だったのではないかと感じています。
種村:今秋以降で、日本でもこのインスタレーションが体験できるよう、展開も検討中です。楽しみにしていただけるとうれしいです。
【Approach to TIME. クレジット】
ディレクション&デザイン:吉泉聡(TAKT PROJECT)
デザイン:宮崎毅、間渕賢、本多敦(TAKT PROJECT)
映像制作:阿部伸吾+大木大輔
サウンド:高橋琢哉(Oyster Inc.)
【Kizamu/Nagareru クレジット】
CGディレクション&デザイン:阿部伸吾
サウンド:Arc of Doves
https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/milandesignweek/2018/