2020年7月、カメラの聖地・新宿に、「これまでにない写真体験ができる、世界一のカメラストア」をコンセプトとした、新しいスタイルのカメラ専門店「新宿 北村写真機店」がオープンした。
同店は「カメラのキタムラ」による旗艦店。地上6階から地下1階まで全7フロアで構成された店内には、新品や中古のカメラ販売をはじめ、プリントサービス、修理、カフェ、ブックラウンジ、ギャラリー、ヴィンテージライカを扱うサロンなどを備え、プロや愛好家からビギナーまで、カメラを愛するすべての人々のニーズに応える空間になっている。
旧来のカメラ店のイメージを覆す清新な空間は、どのようにつくられたのか。そこに仕掛けられたいくつもの「こだわり」とは──。店舗デザインを担当したTONERICO:INC.の米谷ひろしさんと、ロゴやサイン計画を担当した6Dの木住野彰悟さんにお話をうかがった。
コンセプトはカメラの原点と言われる「カメラ・オブスクラ」
──はじめて訪れたときは「ここがカメラ店?」と驚きました。
米谷ひろしさん(以下、米谷):たしかにカメラ店というと家電量販店の印象が強いので、そのイメージとはだいぶ違いますよね(笑)。僕自身もカメラ店にあまりなじみがなかったので、最初にオファーを受けたときは「さて、どうしよう?」と思っていたんです。でも話をうかがうと、これまで街中にバラバラにあった、新品カメラを売る店、中古カメラの買取をする店、修理をする店などをひとつにまとめて、カメラのあるライフスタイルを提案する新しい店をつくりたいということでした。
米谷:また、スマートフォンに押されてデジタルカメラの需要が減る一方で、高級カメラの人気は高まっており、カメラのキタムラさんとしても新たな挑戦をしたいという話だった。それなら、先入観がないほうがいいかもしれないなと思い直したんです。
──空間づくりはどのように進められたのでしょうか。
米谷:まず大きな課題としてあったのが、A館とB館の2棟がつながってできている建物の、ワンフロアそれぞれが細切れになっている点をどうするか、ということでした。そこで、コンセプトデザインを担当したCCCクリエイティブの谷川じゅんじさんから、「カメラ・オブスクラ」というモチーフが提案されたんです。
ラテン語で「暗い部屋」という意味の「カメラ・オブスクラ」は、光を遮断した小さな部屋にピンホールで穴をあけて反転した風景を焼き付けた装置のことで、カメラの原点と言われています。このモチーフをもとに、ひとつずつ分かれた小さな部屋を渡り歩いていくというコンセプトにたどりつきました。
米谷:そうして、空間のベースが動きはじめると「これは、サイン計画が大事だな」という話になりました。たとえば、4階と5階は共に中古カメラを扱い、販売・買取として連動していますが、サイン計画でその構成をきちんと伝えないと、人がうまく移動できません。そこで木住野さんに「ぜひ一緒にやりましょう」とお声がけしたんです。そうしたら、木住野さんがカメラ好きだとわかって。
木住野彰悟さん(以下、木住野):そうなんです。まだマニアの入口あたりにいる初心者なんですけどね。実は、満を持してライカを買った直後にメールが来たので、それで仕事が来たのかと……(笑)。とにかく、このプロジェクトに参加してさらにカメラ好きになったので、関わることができてよかったなと思っています。
「撮る」「治す」など各フロアのコンセプトを明確にした空間づくり
──各フロアの構成について教えていだけますか。
米谷:まずエントランスとなる1階には、オリジナルグッズなどを販売するフロアがあります。2階の新品カメラのフロアは、カメラ初心者でも入りたくなる雰囲気にしたいと、白いトンネルのあるワクワクするような空間を考えました。
米谷:3階にはプリントサービスのほか、カフェやブックラウンジを併設しています。木の素材感がくつろいだ雰囲気のあるエリアで、客席の上に本棚が横断している空間体験もおもしろいと思います。
米谷:4階は、約5,000点ものアイテムがそろう中古カメラの販売フロアで、「カメラをどう見せるか」ということに一番力を入れました。この店の核となる中古カメラを扱うフロアですし、通常よりも幅の広いガラスケースを置き、圧倒的な物量感を出したいと考えました。
木住野:僕もお店づくりの当事者ではありますが、こんなにたくさんの中古レンズが一堂に会する場所はほかにないので、完成した空間を見て純粋に驚きました。ここは同じボディだけで10台くらい並んでいて、コンディションや価格を見比べられるディスプレイの仕方になっているんです。
米谷:そもそも僕自身、似たようなサイズ感や色のものが、整然と並んでいるのが好きなんですよね。『スター・ウォーズ』のストームトルーパーがたくさん並んでる姿とか、ああいうのがたまらない(笑)。モックアップで試したときはうまくいくか不安もありましたが、ガラスケースにカメラが入って完成した。カメラが助けてくれました。
5階は中古カメラの買取や修理を受け付けるフロア。清潔感漂う白木のカウンターで預かったカメラを、背後の工房でメンテナンスするのですが、ガラス張りで作業が見えるので安心感があります。
米谷:6階はライカをはじめとしたヴィンテージカメラを扱うサロンがあるフロア。日本のカメラの世界シェアはデジタルカメラで約78%、一眼レフカメラで約99%あるそうで、カメラは日本の技術力の象徴でもある。そこで、ここではカウンターに国産ヒノキを使うなど、日本らしさをイメージした空間にしました。
同じフロアには、可動式の壁があるギャラリーも併設され、写真展やイベントなども行っています。また、地下1階のApple製品修理のフロアは、グレーの空間に白木とアルミというシンプルな素材感で「北村写真機店らしさ」を表現しました。
木住野:米谷さんのお話のとおり、ここは建物の形も特殊だし、フロアによって「撮る」「残す」「治す」といった、店舗の形態が異なる複雑な構成になっています。それを整理していくのが僕の仕事かなと思い、サイン計画を考えました。サインは文字情報で人を誘導するものですが、すべて説明しようとすると文字だらけになってしまう。そこで今回は、通常平面図で描かれるマップを立体図にして、ひと目でわかるようにしました。
木住野:また、1階には全フロア分のマップを置き、そのほかのサインもエレベーターの扉や、階段をあがった目線の先など目にとまる場所に置くことで、空間の邪魔をせず、かつ目的地にスムーズにたどりつけるように工夫しています。
“縁側”のような内外のグレーゾーンをつくったエントランス
──扉を開放した、1階エントランスも特徴的ですよね。
米谷:大きな自動ドアを入れて基本的に閉めておく方法もありましたが、あえて開放できる回転ドアを入れて、風通しのいい空間を用意しました。こうした路面店を設計するときは、たいてい「入りやすい店構えにする」という暗黙の了解があるのですが、この「入りやすさ」って難問で。永遠のテーマなんですよね……(苦笑)。
木住野:扉が開いていれば入りやすいわけではないし、閉まっていても人が集まる店もあるでしょうからね。
米谷:そうなんです。この店の場合、1階フロアは小さくて奥行きもないので、外から見た人に「こういうお店か。自分とは関係ないや」って瞬時に判断されてしまうことがあるんですよね。そこで、道路と垂直に開く扉を入れることで、縁側のような、内と外のグレーゾーンをつくったんです。
米谷:そうすると、チラッと見て少し過ぎてから、「やっぱりなんか気になる」と戻ってきてもらえる。また、入る場所も1ヵ所ではなくいくつかあるので、心理的にも入りやすいと思います。さらにエントランスを従来の高さよりちょっと下げることで、間口を広く見せるとともに、看板のグレーのボリュームとサインが、新宿の街を歩いている人の目線に入りやすいという効果もあります。
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