田中せりさんがコロナ禍で感じた、応援としての「買い物」

田中せりさんがコロナ禍で感じた、応援としての「買い物」

こんなにモノが溢れる時代に、それでも私たちが「モノを買う」のはなぜだろう?物欲…?はたまた必要に駆られて…?「買う」という行為から、その人らしさや考え方が見えてくるような気がします。

本企画はいわゆる「私の定番アイテム」紹介ではありません。さまざまな職種の方に「さいきん、買ったもの」をうかがい、改めて「買う」ことについて考える…そんな大げさな話ではなく、審美眼のある方々に「買う」にまつわるお話をうかがう、ちょっと軽めの読み物です。

今回は、本年度のJAGDA新人賞を受賞したアートディレクターの田中せりさんにお話をお聞きしました。ご自身では「あまり物欲がない」と語る田中さんですが、コロナ禍における在宅勤務中、買い物を通して感じた意識の変化とは?

「Pictures for Elmhurst」

左からジャック・デイヴィソン、アレック・ソスの写真

今年の4月、まさにニューヨークが医療崩壊の危機にある時期に、アーティストが180人くらい集まって、クイーンズにあるエルムハースト病院を支援する「Picture for Elmhurst」というチャリティプロジェクトを始めたんです。著名な写真家も参加していて、作品の売り上げ金は病院に寄付され、最終的には138万ドルが集まったそうです。

コロナ禍は、なにかを買う意欲自体がなくなってしまって……。特に欲しいものがあるわけでもないなという時に、買うことによってなにかの力になれればと思って、このプロジェクトでは、2枚の写真を買いました。

ジャック・デイヴィソンアレック・ソスという写真家の作品です。ジャック・デイヴィソンは、「CARVEN」というファッションブランドのルックブックを以前担当していて、もともと彼の写真は好きだったんです。この写真もそうですが、毎回視点の切り取り方がおもしろいんですよね。

アレック・ソスの写真は、このチューリップに惹かれて迷わず購入しました。コロナ禍は在宅勤務でずっと家にいたので、日常の中で生きている美しいものに、なんだか惹かれて。いまは飾る場所を探している最中です。

写真についてはそこまで詳しくはないですが、好きなんですよね。日常の中で、誰もが見つけられれそうなのに見落としがちな断片を切り取っているような、そんな写真に惹かれます。

https://www.instagram.com/picturesforelmhurst/?hl=ja

「Duft」の花束

「Duft」は、世田谷の松陰神社前にあるすごく素敵なお花屋さんで、以前お祝いで友達からお花をいただいた時に知ったお店なのですが、旦那さんの誕生日にオンラインで花束を購入しました。

セレクトされた花束を注文できるんですが、まとまった花の束というよりは、一本一本の花の曲線の美しさを生かしたようなセレクトで、必ずしも密度がある花束でもなくても美しいんだなって。一本一本の花が大切にされているような、生き生きとしたかっこいい花束なんですよね。ソスの写真と同じく、ずっと家にいる生活の中では、花にとても救われたなと思います。

https://www.instagram.com/chiemiwakai_duft/

嶌村吉祥丸さんの写真

嶌村吉祥丸くんは、いま活躍されている若手の写真家で、もともと仕事でご一緒して以来のつながりなのですが、彼の写真も、日常の中ではミュートされているような感覚を切り取るような視点があるなと思っています。この写真は、以前開催されていた展示でも見た写真だったんですが、あらためてネットで購入しました。

吉祥丸くんは、チャリティにも積極的に取り組んでいて、オーストラリアで火災があった際には売り上げ金の寄付を行っています。この間の展示では、植物が写っている写真は環境保護の団体に、人物が写っている写真は人権運動の団体に寄付していました。私自身はなにかできるわけではないんですが、せめて買うことで応援したいなって。

https://www.instagram.com/kisshomaru/?hl=ja

「soduk」のチャリティTシャツ

「soduk」は、「Kudos」というブランドのレディースラインで、「Kudos」を逆さに読んだものがブランド名になっているんですが、デザイナーの工藤つかささんとは友達なんです。ブランド自体とても好きなんですが、この期間にコロナウイルス感染拡大防止のプロジェクト団体への寄付とアーティスト支援を目的としたTシャツを販売していて、応援したくて買っちゃいました。

https://www.instagram.com/soduk_official/?hl=ja

自粛期間中、買い物は「応援」に

コロナ禍でいろいろ買い物をしたものについて考えていたのですが、わりと一貫性があるなと思うのは、買うという行為が、応援するという意味になったなということです。Uber Eatsを利用するにしても、いつも通っているお店に注文するようにしたり。普段から特にチャリティなどをやっているわけではないんですが、この期間中は、そうやって買うというかたちで応援することしかできなくて。自分から行動しているすべての人を尊敬したくなる時期でしたね。

デザイナーはどうしても発注されないと自分が発揮できる場所がないので、無力だなぁと……。私は応援することしかできないですけれど、それぐらいならやりたいなと思うんです。それが、作家の作品を買うっていう素敵なことを通してできるなら、とてもいいですよね。

買い物は「もの」よりも「体験」

ぶらぶらと買い物をするのが本当に苦手で、歩き回ってなにも出会わなかった時に本当に疲れちゃうというか……(笑)。だから、普段よく行くお店とかってないんです。お洋服とかも、好きなブランドでサイズが分かっていればネットで買っちゃったりしますし、そこまでブランドにこだわりもないので、持っているのも古着が半数ぐらいですね。よく行く古着屋さんは、中目黒の「TOOn.(トーン)」と富ヶ谷の「Milli Vintage(ミリビンテージ)」とか。

旦那さんが割とものを増やしたがらないタイプというか、「それ本当に必要なの?」って聞かれると、「ないかも……」と思い直して買わないことが多いです(笑)。以前は雑貨とかをよく買ってましたけど、だんだん買わなくなってきましたね。

なので、お金を使うといえば旅行ですね。毎年頻繁に行っていたので、今年はコロナで行けなくて残念ですが、旅行先はヨーロッパが多いです。おもに展覧会が目的で、好きな作家の展覧会があったらそれを理由に行っちゃおうかなということが多いです。ヴェネチア・ビエンナーレをはじめ、各地の芸術祭や、ドクメンタとか。一昨年は初めてニューヨークに旅行をして、郊外にある美術館「ディア・ビーコン」に行ってきました。

頻繁に旅行するようになったのはここ5、6年ぐらいですが、そんなに昔から買い物が得意じゃなかったので、ようやく旅行や展覧会というお金を使う対象を見つけた、という感じですね。もの対してあまり執着やこだわりがないというか、ものにお金を出すより、経験に使った方がいいなと思っています。

タイトル画像:岡村優太 聞き手:堀合俊博(JDN)

田中せり

田中せり

アートディレクター、グラフィックデザイナー。1987年茨城県生まれ。2010年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、広告会社に勤務。企業のCI、ブランディング、グラフィックデザイン、プロジェクトなどに携わる。2020年JAGDA新人賞受賞。https://seritanaka.com/