【さいきん、なに買った?】鈴木マサルさんが買った、2つの対照的なヴィンテージ生地

【さいきん、なに買った?】鈴木マサルさんが買った、2つの対照的なヴィンテージ生地

こんなにモノが溢れる時代に、それでも私たちが「モノを買う」のはなぜだろう?物欲…?はたまた必要に駆られて…?「買う」という行為から、その人らしさや考え方が見えてくるような気がします。本企画はいわゆる「私の定番アイテム」紹介ではありません。さまざまな職種の方に「さいきん、買ったもの」をうかがい、改めて「買う」ことについて考える…そんな大げさな話ではなく、審美眼のある方々に「買う」にまつわるお話をうかがう、ちょっと軽めの読み物です。

今回は、日本やフィンランドを中心にテキスタイルの企画・デザインを手がけるテキスタイルデザイナーの鈴木マサルさんが、さいきん買ってよかったものを紹介してくれました。

ヤコブセンとアアルトの対照的なヴィンテージ生地

この2つの生地は、最近出張でフィンランドに行ったときにヴィンテージ屋さんで手に入れました。どちらも1940~1950年代のものだと思いますが、花柄の方はアルネ・ヤコブセンのデザインしたテキスタイル、もうひとつはアルヴァ・アアルトがデザインしたものです。

セブンチェアーなど、モダンな家具デザインで知られるヤコブセンのほうは、すごく意外な一般市民向けの柄で、異常に上手いんですよね(笑)。画家を志していたこともあって絵も相当上手いし、テキスタイル独特の色の分け方や限られた色でのデザイン、構図の取り方など、テキスタイルデザイナーの誰が見てもその上手さに驚くものだと思います。

アルネ・ヤコブセンのヴィンテージ生地

アルネ・ヤコブセンのヴィンテージ生地

全体像を見せるため、鈴木さんに生地を広げていただきました。

たしかヤコブセンは1940年代にデンマークがナチスに占領されたときに、スウェーデンに亡命していたんですよ。建築の仕事ができない数年間、収入のためにテキスタイルの仕事をしていたと聞きます。この生地はそういう限られた時期にデザインされたものです。

日本のテキスタイル業界には、柄を描いてテキスタイルのメーカーに売りこむ「図案屋」という呼び名の仕事があるんです。要は自分が描きたい柄というよりは、売れ筋でクセのないクラシック柄や花柄などを描いて売る仕事です。僕もそういう時期が長かったので、これを見ると「ヤコブセンもこんな時代があったんだ…!」と、勝手に自分に重ねて泣けてくるというか…(苦笑)。でもヤコブセンも楽しかったんだろうなとは思うんです、けっこうな数の作品を残しているし、どれも描いている時の作者の楽しさが伝わってくるような素晴らしいデザインだと思います。ほとんどが分かりやすい、ロマンティックな花柄のものですね。

そのときにたまたま一緒に見つけたのが、このアルヴァ・アアルトの生地です。たぶんこのヤコブセンの生地と同時期か少し新しいものだと思いますが、こっちは「ザ・建築家」がデザインした、「こういうものを使うといいよ」と啓蒙するようなもので、これはこれで大事なんですよね。

アルヴァ・アアルトのヴィンテージ生地

アルヴァ・アアルトのヴィンテージ生地

ヤコブセンとアアルトは年が近いんですが、ヤコブセンは命からがら亡命してきた人で、アアルトは建築家としてばりばり活動していたのかなって…勝手ですが、生地からそういうことを想像すると面白いなと思います。同じ時代を生きた同じ高名なデザイナーなんだけど、ちがう立場でやっていることも対照的で面白いなって。

もともとヴィンテージものの生地は好きでしたけど、買うという習慣はありませんでした。10年くらい前に北欧のメーカーと仕事を始めたときに、言葉もそんなに得意ではないし、向こうに滞在していると憂鬱な時もあってちょっとマズいなと……(苦笑)。ほかの楽しみを見つけよう!と思って、生地を買い始めたら、見事にはまってしまいました(笑)。逆にいまこの趣味がなかったら仕事を続けられていなかったかもしれないですね。買い物とは外れてしまうかもしれませんが、気持ちを支えてくれているようなものだと思います。

買うときは好きな色やデザインで買うことも多々ありますが、少しゲテモノ的な生地というか、「こんなの何でつくったんだ?」みたいなものが好きで、そういうものを買ったりしていますね。背景がなんとなく想像できるものは、柄が好きじゃなくても買ってしまいますね。

昔は生地の端である「耳」に自分のネームが入るのがある種のステータスだったそう。ヤコブセンは「clover」、アアルトは「14/14」という名前を付けており、ここだけ見ても対照的な2つの生地になっています。

最近はデザイン画というとデータで渡すことが多いですが、昔は紙に絵具で描いたものを売っていました。この2つの生地の原画もどこかに存在していると思いますよ。僕も最終的にはデータでデザインを渡しますが、おおもとは紙に絵具で描き、それをPCにスキャンして構成しています。

僕自身はペンタブなどで描いたデジタルなラインはテキスタイルという素材にはあまりフィットしないなと感じていたんですが、大学で教えているとそればかりではなくなりそうだという感覚はあります。たとえばペンタブで丸を描くとぴょこっと変な線が出てしまったりするんですが、「コレがいいんです!」という学生がいて。言ってみればデジタルエラーとでもいうものでしょうか。それはすごく衝撃的でした…(笑)。いまの大学生はまだ絵本を紙で読んだ世代だと思いますが、iPadで絵本を読んでいるいま赤ちゃんの世代が大学生になったら「えー手描きとかダサい!」とか、そういう感覚になるかもな…と思ったりはしますね。

「買い物」について

これは悩みの領域まで来ているんですが、好きなものは買えるけど必要なものが買えないんです…(苦笑)。たとえば「絶対買い替えたほうがいいよ!」という、生活に必要な家電をなかなか買えないとか。服でも圧倒的にシャツが不足しているのに、たくさん持っているデニムをまた買い足してしまったり……(笑)。たぶん“買った時の嬉しさ”を求めていて、買わないといけない必要なものにはその感覚が弱いので、躊躇してしまうのかなと思います。

以前、スウェーデンの「Svenskt Tenn(スヴェンスク テン)」という老舗ブランドのショップに生地を見に行って、買うつもりはなかったんですが10万円くらいの買い物をしてしまったんです。本当にカッコいい生地でしたが目が飛び出るくらい高くて、1.5mずつ3種類買ったんですが、当時の僕からしたら5mほどの生地に10万円もかけている自分がちょっと怖くて……。でもスーツをびしっと着たお兄さんがゆっくり確実な速度で生地にはさみを入れていって、それを見たときにはじめて“買い物のエクスタシー”みたいなものを感じました(笑)。そこからかもしれないですね、買う嬉しさを知ったのは。