【さいきん、なに買った?】小林一毅さんが買った、機能と装飾を両立させた凧

【さいきん、なに買った?】小林一毅さんが買った、機能と装飾を両立させた凧

こんなにモノが溢れる時代に、それでも私たちが「モノを買う」のはなぜだろう?物欲…?はたまた必要に駆られて…?「買う」という行為から、その人らしさや考え方が見えてくるような気がします。

本企画はいわゆる「私の定番アイテム」紹介ではありません。さまざまな職種の方に「さいきん、買ったもの」をうかがい、改めて「買う」ことについて考える…そんな大げさな話ではなく、審美眼のある方々に「買う」にまつわるお話をうかがう、ちょっと軽めの読み物です。

今回は、2019年の春に資生堂から独立し、フリーのグラフィックデザイナーになった小林一毅さん。手作業での図案や書体制作にこだわり、心地よく美しいグラフィックデザインの可能性を追求する小林さんが最近買ってよかったものとは?

気持ちを後押ししてくれる新羅凧

福岡の「工藝風向」という民藝店を訪れたときに購入した凧です。いちばん左側の凧は、90歳過ぎの鈴木召平さんという方がつくった新羅凧なのですが、朝鮮で生まれ育ち、日本で生活をしていた鈴木さんが、自分の出自と向き合う中で作り始めた凧だそうです。

真ん中と右側の凧は長崎でつくられた、鶴と亀がモチーフの凧。

(左)鈴木召平さん作の新羅凧。(中央・右)長崎でつくられた、鶴と亀がモチーフの凧。

切り絵の手法で作られている凧なのですが、気の向くままに切ったり自分の感覚に任せて線を引いている感じが自然体でいいなぁと。僕自身が手で図案を描くということもあって、この凧を見ていると、「気を張らずに自由な線を引こう」という気持ちになるし、90歳という年齢にも関わらずこうして僕たちの手元に渡るように制作を続けているその姿勢に、後押しされる感覚もあります。

凧は空を飛ぶという機能を持ちながら、土地によって形や図象を含めた装飾はさまざまです。機能と装飾が一体となったデザインは我々が普段取り組むデザインととても近いところなので、そういう点でも刺激を受けています。あとは純粋に目が喜ぶものでもあるので、凧を集め始めたっていうのはありますね。

僕自身が手作業で図象を作ってるからというのもあるかもしれませんが、民藝には興味があります。民藝のものは皆に広く使いやすい工業製品とは違い、作り手の思想がものに大きく反映されています。使い手は作り手の思想とものを通じて対話するような感覚で日常使いするわけですが、そうした関係性を築くことがグラフィックデザインにおいても重要だと僕は思っています。

2019年の秋に中目黒のdessinで開催された、小林さんの個展「Between black & white」のフライヤー

2019年の秋に中目黒のdessinで開催された、小林さんの個展「Between black & white」のフライヤー

例を挙げると、僕も図案を制作するときには左右対称であってもスキャニング後の反転は行わずに塗りまで行うのですが、理由としては手作業による上下左右のちょっとした形の不完全さが図象の肌なじみの良さに繋がるし、図象に引き込む隙間のような存在だと思っているからなんです。そういう姿勢は民藝から学んでいるんじゃないかなと。

学生時代に買った、古美術書からの影響

世界中にグラフィックデザイナーがいる中で、デザイナーとして生き残っていくために、自分自身の土壌を生かしていきたいと考えています。大きく言えば日本という土壌、小さく言えば僕が育った近畿圏の伝統的な文化や横浜の垢抜けた感覚、その両立にあるように思っています。そのためにいろいろな角度から日本や、地元である関西や横浜を見てみたくて、学生時代に古美術研究のように定期的にまとまった時間を作ってバックパッカー的に日本中を周って資料収集していました。

作品を見て日本的だ、民藝的だと言われる機会が多いのですが、それも常にそうした資料から影響を受けているというのもあるだろうし、参考にしている箇所も直接的に図案を参考にするよりは、白と黒のコントラストや形の抑揚、余白の心地よさなど抽象的なもので、そうした抽象的な民藝感が視覚としてにじみ出てきているから民藝的だと言われるのかもしれません。

学生時代に京都にある、美術書専門の山崎書店で購入したという古書

小林さんが、学生時代に各地方の古書店で購入した書籍

図象で制作の参考にしているものは家紋帳ですね。昔の紺屋さんが使っていたもので、家紋を描くときにどのように描くかなどの方法も載っています。僕の図象の特徴に、黒い面の中を貫くように細く白い線が入る表現がよくあるのですが、これは家紋を描くときに使用される手法です。自費出版書籍として『平成話紺名紋帳』を発表する時から家紋制作に影響を受けた描き方を軸に制作していて、曲線などのディティールの美しさの追求は、前職の資生堂書体の造形表現に強く影響を受けています。

「平成話紺名紋帳」

小林さんが制作した『平成話紺名紋帳』。江戸中期の庶民文化を家紋とそれに付随する言葉で表現した「新形紺名紋帳」を現代に再解釈した作品で、言葉は鎌村和貴さんが担当しました。

いま欲しいもの

ポール・ランドやソール・バスなどの制作物にまつわる書籍ですかね。力がないうちは影響を受けないようにしていたこと、若手の給料的にはそれなりに高いこと、あとは知識も不足していたので現代デザイン書は今まで持ってきませんでした。デザイン書よりは古書店で埃をかぶっている古い図案集のようなものの方が圧倒的に安いし、多くの図案を閲覧できる分、基礎的な造形的な知識を身につける上では都合が良かったんですよね。でも最近は誰かに影響を受けることもなくなったし、友達からバウハウスの書籍をもらって純粋にとても楽しかったので。デザイナーが「デザイン書欲しい!」っていうのも不思議な話ですけどね…(笑)。

小林一毅

小林一毅

1992年滋賀県彦根市生まれ、大阪府寝屋川市、神奈川県横浜市育ち。2015年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。資生堂クリエイティブ本部を経て2019年に独立。東京TDC賞、JAGDA新人賞、日本パッケージデザイン大賞銀賞、Pentawards Silver受賞。

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