編集の仕事をしていると、どうしても本に注目してしまうのですが、今回はぜひ見ていただきたい本をご紹介します。
『詩集 私たちの文字』という小さな白い本。この本は、詩人・谷川俊太郎さんのために書体設計士の鳥海修さんが書体をつくり、その文字に対して谷川さんが書いた「私たちの文字」という詩を収めた詩集です。
一人の詩人のためにオリジナルでつくられた書体で版をつくり、活版印刷で印刷したあと、手製本で仕上げるという贅沢なつくり。活版印刷は、欧文活字印刷で定評のある嘉瑞工房、手製本は美篶堂が担当。造本のすべての工程において一流の職人たちがかかわり、一冊ずつ手でつくられた本なのです。
右側の白い本が『詩集 私たちの文字』。その製作プロセスを記した『本をつくる』とセットにしてケースに収められている。
手でつくる本を広める活動をしている「本づくり協会」のメンバーで、「谷川さんのオリジナル書体をつくろう」という企画が持ち上がってから約2年の歳月をかけて製作。その製作過程は、今年2月に刊行された書籍『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本-職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社)に詳しく書かれているので、ぜひ読んでいただきたいのですが、ここではこの本の紙と印刷について紹介したいと思います。
仮名書体「朝靄」で組まれた詩「私たちの文字」(漢字は游明朝体)。
金属活字「Baskerville」で組まれた英訳の詩。
この詩集には、「私たちの文字」「雪の降る前」という谷川さんの詩2篇とその英訳が収録されています。日本語の詩には鳥海さんがオリジナルで製作した仮名書体「朝靄(あさもや)」、英語の詩には嘉瑞工房が所有する金属活字「Baskerville(バスカービル)」と「Corvinus(コルビーヌス)」を使用。嘉瑞工房が組版と印刷を担当しました。和欧併記された2篇の詩を魅力的に見せるにはどのような体裁がよいのか検討した結果、表面に日本語、裏面に英語を印刷した蛇腹状の本になったそうです。
『詩集 私たちの文字』を広げたところ。蛇腹本に上製本の表紙がついた仕様。
こちらが本を開いたところ。本のサイズはA5判。A4サイズを二つ折りにした紙を交互に重ねて貼り合わせ、美篶堂が蛇腹状に仕立てたもの。本文用紙には、「ルミネッセンス」「ヴァンヌーボV」「ヴァンヌーボ スムース-FS」「アラベール」が候補に挙がり、実際にそれぞれの用紙に活版印刷をして刷り上がりを比較したそう。刷られた文字の表情の良さから「ヴァンヌーボV」が選ばれました。また、蛇腹を包む表紙には、和紙(楮)を使用。50部のみの特装本には本革(牛革)が使われています。
「蛇腹の様式にしろ、表紙の資材選びにしろ、親方や真一さん(注:美篶堂の上島松男親方と製本職人の上島真一さん)をはじめ、美篶堂のスタッフに意見を聞きながら進めてきました。(中略)普段の仕事では、クライアントが目指すイメージと、コストやスケジュールなどさまざまな制限の狭間で、仕様を刈り込んでいくことになります。しかし、今回は私たちの手の中で試行錯誤をしながら決めていけたので、苦労と言えるほどの苦労はありませんでした」(美篶堂 上島明子さん/『本をつくる』より)
通常の仕事のような制限がなく、一流の職人が力を出しつくすとどんな本ができるのか。ものづくりに関わる人が自分の仕事に責任を持つというのはどういうことなのか。いろいろなことが感じ取れる本なのではないかと思います。
■谷川俊太郎『詩集 私たちの文字』(本づくり協会)
市販の書籍『本をつくる』(河出書房新社)とセットで販売。購入は美篶堂のオンラインショップから。
・和紙表紙 特装本
http://misuzudo.shop13.makeshop.jp/shopdetail/000000000734/
・革表紙 特装本
http://misuzudo.shop13.makeshop.jp/shopdetail/000000000733/
■「本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本ー職人が手でつくる谷川俊太郎詩集」刊行記念展
会期:2019年4月9日(火)~14日(日)
日時:13:00~20:00(最終日18:00まで)
(4月11日にギャラリーツアー、14日にトークイベントあり)
場所:森岡書店 銀座店(東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F)
詳細・申し込み:森岡書店(電話:03-3535-5020)