非日常を踊る 第5回:村田正樹
2020年春、新型コロナウイルス感染症の影響で1回目の緊急事態宣言が発令され、文化芸術活動にかかわる人たちは大幅な自粛を余儀なくされた。フォトグラファーの南しずかさん、宮川舞子さん、葛西亜理沙さんの3名が、撮ることを止めないために何かできることはないか?と考えてはじまったのが、表現者18組のいまを切り撮るプロジェクト「非日常を踊る」だ。
コンセプトとして掲げられたのは「コロナ禍のいまを切り撮ること」と「アートとドキュメンタリーの融合写真」という2つ。プロジェクトは、タップダンサーやドラァグクイーン、社交ダンサー、日本舞踊家などさまざまなジャンルのダンサーがそれぞれの自宅や稽古場という「裏舞台で踊る姿」を撮影した、2020年を反映するパフォーマンスの記録となった。
本コラムでは、フォトグラファー3名が想いを込めてシャッターを切った写真と、南さんが各表現者にインタビューした内容を一緒に紹介していく。第5回目となる今回は、2020年8月に撮影を行った、タップダンサー・村田正樹さんの写真とインタビューを紹介する。
村田正樹/タップダンサー(撮影:宮川舞子)
高校生でストリートダンスをはじめた村田正樹さん。24歳の時に地元の仙台でタップダンスと出会い、プロのタップダンサーの佐藤勝さんや熊谷和徳さんに師事し、2006年から2017年までKaz Tap Companyのメンバーとして活動していた。2019年には国際ダンスフェスティバルの「SAI DANCE FESTIVAL」でソロ部門の優秀賞を受賞。ティファニーの新作発表イベントの出演や、持田香織のMVに出演するなど幅広く活躍しているソロタップダンサーだ。
タンタン、タタン、タンタタ、タタン……。つま先とかかとに金属チップが付いたシューズを履きこなし、無心で地面を踏み鳴らす。
村田正樹さん(以下、村田):追い求める打音というものがあって、自分の内面に湧き上がってくる感情を出せることが理想です。いつでも自分の心と身体が繋がっている踊りを目指しています。
村田さんには、タップダンスと自分自身に真摯に向き合ってきた中で、何年経っても鮮明に思い出すできごとがある。いまから約10年前、村田さんの家は火事で焼失した。彼の過失ではなかったがほかにも大変なことが重なり、当時はすごくショックを受けていた。
村田:火事から数カ月後のある日の深夜に、スタジオで好きな音楽をバーッと大音量でかけたら、いつの間にか夢中で踊っていたんです。壁に向かって20分ぐらいずっと踊っていたんですが、ほぼ時間の感覚がなくて、その瞬間、その瞬間が溢れ出るみたいな感じでした。
その瞬間、おそらく村田さんはゾーンに入っていた。「ゾーンに入る」とは、とてつもなく集中力が高まり、感覚が研ぎ澄まされて、完全に没頭している精神状態のことだ。たとえば、スポーツ選手が試合で大活躍して、その勝因が極限の集中力だった時に「ゾーンに入っていた」という。
村田:タップダンスと出会ってから7年目で、はじめての体験でした。気分が落ちて、邪念もなかったことで、ゾーンに入りやすい精神状態だったのかもしれません。それ以降も踊っている最中にゾーンに入ることを何度か経験して、その都度、タップダンスのすごさを実感しました。自分で音を出して踊るという作業をする中で、すごく心地いい瞬間です。
意識的にゾーンに入ろうと思っても、入れるとは限らない。自分の打音を探究する延長線上に、無我の境地にたどりつくことがあるということだ。また、求める打音を自在に奏でるために、商売道具への探究心も尽きない。
村田:ここ数年は、「CAPEZIO(カペジオ)」の白レザーのタップシューズを愛用しています。カペジオは世界中のタップダンサーに人気のメーカーで、履き込んだシューズの側面には履きじわができていますが、足になじんで踊りやすいですね。この金属チップの厚さで幅狭靴というのが好みだし、足を上げた時のシューズの重量感も良くて、何より自分の好きな音が出る気がします。
しかし、タップ板を踏み鳴らす音は止まってしまった。2020年4月上旬に緊急事態宣言が発令されると、すべての仕事が止まったという。村田さんは約1カ月間自宅で過ごし、タップダンスを自粛した。
村田:音が近所迷惑になることもあるので、自宅ではタップダンスができなかったんですよね。やることがなくなったことで気が抜けてしまって、とりあえずAmazonプライムで「ONE PIECE」のアニメを1週間ぐらいひたすら見続けていました。20代の頃に途中まで見て一回やめていたんですけど、今回また見はじめたら楽しくなっちゃって、結局200話ぐらい見たかな(笑)。やっぱり(主人公の)ルフィはすごいなと感動しました。
村田さんは丸メガネの奥の瞳を、くしゃっと細くさせて笑った。「ONE PIECE」に勇気をもらったことで、やる気を取り戻したという。
村田:タップができないし人と会えないし、新しく自分のためにチャレンジできることはと考えついたのは、筋トレでした。
長身で細身の村田さんは、友人や知り合いに久しぶりに会うと「大丈夫?痩せた?」と必ず心配されるという。高校時代から体重は変わらず、いたって健康だが、会う人会う人に指摘されるので、見た目を意識してしまっていた。
村田:最初はなんとなく細マッチョを目指して手探りではじめたんですが、途中からはタップダンスに必要な瞬発力を養い、体幹を鍛えはじめました。YouTubeでサッカーの本田圭佑選手や長友佑都選手が教えるトレーニングも取り入れました。実は、いままでに何度も筋トレに挑戦しては挫折していたんですが、今回は1カ月ぐらい家から出なかったのが良かったのか、1回1時間〜1時間30分の筋トレを週に5回、地道に続けられました。
筋トレが習慣になったら、それこそご飯を食べないといけないから、料理するようになったんですよね。それでお酒を飲まなくなって、早寝早起きになって。だんだん日常のルーティンが決まってきたら「河原でタップの練習しよう!」となって、アスリート感がある1日を過ごすようになりました(笑)。いつの間にか、気持ちもすごく前向きになっていましたね。
村田:1回目の緊急事態宣言が解除されたあとに、無観客の配信ライブを行ったんです。久しぶりに踊ったことは楽しかったんですが、やっぱりまた人前でライブをしたいという気持ちはどんどん強くなっています。その音から出る振動みたいなものを体感してもらうっていうことも、タップの醍醐味なので。
2020年に40歳を迎えた村田さん。ちょっと体力の衰えを感じはじめたタイミングに、身体と向き合ったことで期待していることがあるという。
村田:まだ筋トレをスタートして100日ぐらいですが、生活のルーティンが変わったことで、表現の仕方や考え方とか、これをきっかけに変わる気はしますね。(もし変わるとしたら)どんな時でも楽しめるようになりたいなと思います。
筋トレを100日で終えることなく、コロナ禍から1年以上経過したいまも続けているという。ストイックにトレーニングに励んだ結果、どんな打音を観客に届けることになるのか。コロナ禍を通して、村田さんの打音が変化している。
取材・執筆:南しずか 写真1~2枚目:宮川舞子 タイトルイラスト:小林一毅 編集:石田織座(JDN)