非日常を踊る 第17回:松本正人&横山かおり

非日常を踊る 第17回:松本正人&横山かおり

2020年春、新型コロナウイルス感染症の影響で1回目の緊急事態宣言が発令され、文化芸術活動にかかわる人たちは大幅な自粛を余儀なくされた。フォトグラファーの南しずかさん、宮川舞子さん、葛西亜理沙さんの3名が、撮ることを止めないために何かできることはないか?と考えてはじまったのが、表現者18組のいまを切り撮るプロジェクト「非日常を踊る」だ。

コンセプトとして掲げられたのは「コロナ禍のいまを切り撮ること」と「アートとドキュメンタリーの融合写真」という2つ。プロジェクトは、タップダンサーやドラァグクイーン、社交ダンサー、日本舞踊家などさまざまなジャンルのダンサーがそれぞれの自宅や稽古場という「裏舞台で踊る姿」を撮影した、2020年を反映するパフォーマンスの記録となった。

本コラムでは、フォトグラファー3名が想いを込めてシャッターを切った写真と、南さんが各表現者にインタビューした内容を一緒に紹介していく。今回は、2021年2月に撮影を行った、松本正人さん・横山かおりさんの写真とインタビューを紹介する。

松本正人&横山かおり/社交ダンスのプロ(撮影:葛西亜理沙)

ぺア歴は約10年。一般社団法人日本ボールルームダンス連盟(JBDF)に所属する、松本正人さんと横山かおりさん。おもに神奈川県横浜市の社交ダンススタジオ「AIR Dance Lounge」で社交ダンスのインストラクターを行っている。2017年の台北カップ優勝、2019年のコリアンオープン優勝、2020年・2022年のアレックスムーアカップ決勝トーナメント入賞など、国内外問わず競技会「ボールルーム部門」で好成績をおさめている二人だ。

撮影はお二人が自主期期間中によく訪れていたという横浜市の浅間台みはらし公園。

約10年前、松本正人さんと横山かおりさんは、ほぼ同時期に前のダンスパートナーとペアを解消し、新たなパートナーを探していた。その当時、二人は都内のある社交ダンス教室のインストラクターの先輩と後輩で、その教室のオーナーから「一緒に練習してみたら?」とすすめられた。すすめられるままに踊った瞬間、お互いが相性の良さを感じたという。

松本正人さん(以下、松本):踊った時の筋肉の感じって、人それぞれ違うんですよ。筋肉の動きが合うなと直感しました。

横山かおりさん(以下、横山):私の感覚だと、脚や骨盤はみんなどこかしら歪んでいるんですが、(松本先生は)珍しく真っ直ぐでした。さらに肋の部分がすごく丸くて厚みがあるなと。要は動きとして、グラグラ、グニャグニャしないんです。競技ダンス向きの体格でいいなと思いました。

社交ダンス界には、こんな名言がある。「ダンスパートナーを見つけることは、結婚相手を見つけることより難しい」。お互いにピンとくるものがあったため、ペアを組むことに異存はなかった。

社交ダンスは「男女が身体を密着させるいかがわしいもの」と大正時代に批判されたことがある。ヨーロッパでも、上流階級のお見合いの場だった時代もある。だが時代を経て、競技ダンスとして発展した。

二人がパートナーを固定するのは競技会に出場するためだ。競技会に出場するペアは課題曲を踊り、ダンスの技や芸術性を審査員から採点され、順位が決まる。社交ダンスのプロが全力で競い合うシビアな戦いの場である。テレビ番組の企画「ウリナリ芸能人社交ダンス部」や「金スマ社交ダンス部」などで大会の様子を目にした人もいるかもしれない。

松本&横山ペアは、時を重ねるごとに、お互いの性格や実力を知ることとなった。

松本:横山さんは身体能力があり、そのバランスは日本で一番だと思います。あとは、試合の前に尋常じゃないぐらい急に集中力のスイッチが入りますね!

横山:そういう時は、まわりが見えてないんです(苦笑)。私は一か八かみたいなところがあるんですけど、松本先生は正反対でして。たとえば、自分自身の課題を明確に見極めて、コーチャー(ダンスの指導者)にどういう順番でどんな内容で習えば上達するか綿密にスケジュールを立てていて、そういう部分を特に尊敬しています。

だが、その大事な戦友との不可欠な距離感が、コロナ禍において仇になった。2m以上の対人距離を保つというソーシャルディスタンシングに反しているのである。一昨年の1回目の緊急事態宣言が発令されると、現在二人がインストラクターを務める横浜の社交ダンス教室は一時的に休止した。

そうすると、「ずっと家にいて動かないから、腰痛になってしまった」、「コロナのニュースばかり見て、精神的に落ち込んでしまった」という生徒の芳しくない近況が聞こえてきた。人肌に触れるスキンシップは日頃のストレスや不安を軽減し、脳の活性化に良いとされている。未知のウイルス予防対策とはいえ、「こういう暗い気持ちの時こそ、社交ダンスが良いのに……」と、二人はもどかしかったそうだ。

また、社交ダンスは認知症予防に効果があることが、2003年に医学会の権威あるジャーナル『The New England Journal of Medicine』で発表されている。そして何より身体を動かすことは健康にも良い。

1回目の緊急事態宣言が解除されると、感染症対策を行った上で教室を再開。久しぶりにレッスンした際、フェイスシールド越しでも生徒の踊れる嬉しさが伝わってきたという。

コロナ禍では、世界中がオンラインで繋がることに加速がかかった。人恋しくなったら、誰かと瞬時に連絡を取り合える。だからこそ、直接誰かに会って言葉を交わす、ハグする、一緒に踊るというフィジカルな繋がりの大切さも鮮明に見えるようになった。

公私共にパートナーの松本さんと横山さんは、教室がなかった期間に自分たちのダンスをじっくり見直した。コロナ以前は国内外の試合にどんどん出場していたため、ひたすら直前の試合に向けて調整を行っていた。立ち方や姿勢、基本の動作など、横山さんは、過去の自身のダンス映像も見返し、松本さんは音楽を聴き込んだ。ストイックに精進を重ねるのは、世界メジャー大会の入賞を目指しているため。やはり、ヨーロッパ発祥のダンスなので「その本場で結果を出すことに価値がある」と二人は口をそろえる。

競技会でエントリーする「スタンダード部門」は、ワルツ、タンゴ、クイックステップなど5種目。「各ジャンルの曲を深く聴き込む作業ができたことで、ただテンポやステップを刻むのではなく、曲の盛り上がりに合う動きを考えられるようになった」と、松本さんは自身の成長に手応えを感じた。

二人が掲げる最たる目標は、毎年1月開催の「United Kingdom Open Championship:全英オープン選手権大会」の準々決勝に進出することだ(※2022年度はコロナ禍を考慮して中止)。日中に予選が行われ、準々決勝に勝ち上がった24組は、夜の部で優勝争いをする。二人が夜の部にこだわるのは、世界的に実力を認められる証というのは言うまでもなく、夜の競技場はメジャーに相応しい優雅で煌びやかな舞台だからだ。

観客の服装は、昼と夜で一転する。日中はカジュアル、夜はフォーマルで華やかに。女性客はピンヒールを履き、ドレスアップして着飾る。男性客はスーツに蝶ネクタイとでビシッと決める。さすが、宮廷舞踏会をルーツにもつ競技である。昨年の同大会のプロスタンダード部門で、この名誉ある夜の部で踊った日本勢は、わずか1組。非常に狭き門だ。高みを目指すゆえに、常に順調な関係とはいかず、ペア解散の危機もあったという。

横山:解散の危機は何度もありました(苦笑)。だからこそ、二人のエネルギーを共有できた瞬間に一人で踊るよりも達成感が大きいと感じます。

二人の目標を叶えるには、満員の観客が盛り上がる会場のライブ感も必要だ。一人だけでは成り立たない。人との繋がりがあってこそ、社交ダンスはでき上がる。

取材・執筆:南しずか 写真1~2枚目:葛西亜理沙 タイトルイラスト:小林一毅 編集:石田織座(JDN)