空間づくりをおこなう丹青社は、2021年から空間のDX(デジタルトランスフォーメーション)促進による価値向上に向けて、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社と業務提携をスタートした。それから1年を経た2022年12月13日、丹青社はピクシーダストテクノロジーズ株式会社代表取締役CEOの落合陽一さんを招き、オンライントークセッション「空間DXの未来」を開催した。
ピクシーダストテクノロジーズが持つデジタル技術と、丹青社の持つ空間づくりのノウハウを掛け合わせた空間データセンシングの取り組みとはどういうものか?空間DXが実現する未来とは──。
落合陽一さんと、丹青社の鈴木朗裕さん、そして両社の共同プロジェクトに携わった面々が語り合ったトークセッションの様子をレポートする。
社会の課題・ニーズに応える、アカデミア発のテクノロジー
高松宣城さん(以下、高松):本日は、ピクシーダストテクノロジーズ(以下、PxDT)の落合陽一さんをお招きし、PxDTと丹青社の取り組みをご紹介するとともに、空間DXが実現する未来についてうかがっていきたいと思います。はじめに両社について、簡単にご紹介します。丹青社の近藤完さん、お願いします。
近藤完さん(以下、近藤):当社は総合ディスプレイ業として、「こころを動かす空間をつくりあげるために」をミッションに、商業空間や文化空間、ビジネス空間など、あらゆる空間づくりを手がけています。そのなかでも私が所属するCMIセンター(クロスメディアイノベーションセンター)は、空間の中にこころを動かす体験を実装し、さまざまなアイデアやテクノロジーを使って人々の五感を刺激して、空間体験の価値を最大化・最適化する専門チームです。
高松:次に、PxDTの目黒浩介さん、お願いします。
目黒浩介さん(以下、目黒):PxDTは、2017年創業の大学発スタートアップです。6年目を迎えて、現在は約80名の従業員が在籍しています。当社は、「〈社会的意義〉や〈意味〉があるものを連続的に生み出す孵卵器となる」ことをミッションに掲げ、大学発の最先端技術を社会に実装するために、日夜活動しています。
また、当社が目指す未来として「Digitally Rebalanced」を掲げています。たとえば、デジタル化が遅れている業界や地域があったら、デジタル化を促していける製品やサービスをどんどん導入するなど、リアルとデジタルの適切なバランスを目指しています。
現在は、光や音を制御する波動制御技術をコアとし、空間にまつわる課題を解決するワークスペース領域では音響メタマテリアル技術を応用した吸音パネル「iwasemi」や高精度屋内測位システムの「hackke」を、人の課題を解決するダイバーシティ&ヘルスケア領域では難聴者のコミュニケーションをサポートする「VUEVO」などの製品やサービスを展開しています。本日は、ワークスペース領域のなかの「KOTOWARI」を活用して、丹青社さんと一緒に取り組んでいる事例についてお話させていただきます。
空間内の「人」のデータを取得・解析して、課題を解決
高松:ここからは、丹青社CMIセンターの鈴木朗裕さんに進行をバトンタッチします。
鈴木朗裕さん(以下、鈴木):それではまず、PxDTさんと取り組みを進めている空間データ活用事業の概要、事例などをご紹介します。あらためて近藤さん、目黒さん、よろしくお願いします。
近藤:丹青社CMIセンターでは、映像や音響などデジタルで制御できる表現を使って空間そのものの価値を上げる「表現のDX」、xR技術を使って空間から別の空間へと広がっていく「拡張のDX」、それらの空間をデータでつないでいく「最適化のDX」という「3つのDX」に取り組んでいます。そのなかでもPxDTさんとは、「最適化のDX」という領域において事業化を含めた協業を行っています。コンセプトは、「データ×テクノロジー×クリエイティブにより、空間価値を最大化する空間データプラットフォーム」です。
具体的には、空間にセンサーを実装し、PxDTさんが開発した空間データプラットフォーム「KOTOWARI」を用いて、データ取得・解析し、多種多様な課題解決や予見の整理、改善提案、また運用までをワンストップで行うことを検討しています。これまでの事例では、「施設利用者の人数や属性、行動の分析」「人流ヒートマップによる施設内のレイアウト分析」「アート展示イベントでの興味関心データの分析」などに取り組んできました。
近藤:たとえば東急不動産さまにご協力いただいた実証実験では、施設内のコンコース直通フロアにカメラセンサーを設置して、エスカレーターで商業エリアに行かれる方を施設利用者、素通りした方を非施設利用者として行動を分析したところ、55%の方が非施設利用者という結果が出ました。このデータをもとに、素通りした方にも施設に興味を持ってもらえるようなプランニングやデザインを考えたり、施設利用者の年齢や性別などを把握することによって、収益の改善が見込めるテナントリーシング計画ができるようになると考えています。
また、施設内の店舗でも、ビジネスモデルにマッチした方が来店されているか、利用者が思惑どおりに行動しているかなどをヒートマップで分析しています。こうして、一般的なPOSデータでは得られないさまざまなデータを取得することで、新たな改善提案に活用できると考えています。目黒さんは、今回の実証実験による取り組みを、どう感じていますか?
目黒:これまで「KOTOWARI」のチームでは、ゼネコンと一緒に、建設現場にセンサーを設置して施工状況のデータを取り、ビルをいかに早く正確に建てていくか検討する、という取り組みが多かったんですね。なので今回、利用者の行動や属性のデータを分析し、商業施設の売上向上につなげていく取り組みは、大変興味深く感じました。
近藤:ありがとうございます。次にご紹介するのは、三井不動産さまにご協力いただき、ターミナルステーション近くの商業施設でアート展示イベントの効果測定を行ったものです。どのような方が、何秒間、何を見たかといったデータを取ることで、イベントのKPI設定が具体化できたり、イベント自体の改善につながる、と見込めました。
近藤:データ分析の結果、今回のイベントの実施によって、施設のメイン利用者ではない40代男性を多く施設へ集客できたことがわかりました。今後、データに基づいた戦略的なイベント立案による、施設への特定属性利用者の誘導などが考えられる、と感じています。目黒さんはいかがでしたか。
目黒:ひとつ目の事例では、駅前の大型商業施設のため、建物を通り抜けてしまう人が多いだろうと、みなさんとディスカッションして予想していた結果がきれいに可視化され、データとして裏付けられて、自分たちとしても納得がいく取り組みとなりました。一方、ふたつ目の事例では、「この作品が人気だろう」とみなさんと立てていた仮説が外れ、違うアート展示に人が集まるという結果になりました。このように我々が見えていないことも多く、データを使って空間の価値をどうあげていくかについては、まだまだトライできることがあるな、と感じました。
近藤:まさにそこを考えていくのが、我々丹青社クリエイティブチームの領域なのかなと思っています。単純にデータを取って終わりではなく、それらを分析し、デザインやプランニングに落とし込んでいくことで、さまざまな改善や挑戦が可能になると考えています。今後もこの取り組みを、他社にはマネできない空間データソリューションに成長させて、将来的には空間データの傾向等に基づき、空間の未来を予測するAIを開発するなど、データ取得の一歩先を行く事業展開を2社で目指していけたらと思います。
建設現場の空間管理システムとして生まれた「KOTOWARI」
鈴木:ここからは「空間DXの未来」をテーマに、お話をうかがっていきたいと思います。あらためてご紹介をさせていただきます、PxDTの落合陽一さんです。
落合陽一さん(以下、落合):よろしくお願いします。
鈴木:私たちが空間データを空間づくりに活かせないかと着目したきっかけのひとつに、データをうまく使い切れていないという課題をお持ちのクライアントさんもいらっしゃるということがありました。落合さんも普段、いろいろなデータを使われると思うのですが、活用されるなかでどんなことを意識されていますか?
落合:どのタイプのデータかにもよりますが、会社で扱うような類いのデータの利活用を考えたときには、どの切り口でデータを見るか、ということのほうが大切なような気がします。
鈴木:なるほど。あらためて「KOTOWARI」を開発された経緯についても教えていただけますか。
落合:「KOTOWARI」は、もともとゼネコン用の空間管理システムを目指していたことからはじまりました。5年くらい前、僕はブロックチェーンにハマっていて、空間をブロックチェーンで管理できたら施工主が気づかないところで、付加価値をつくれるのではないかと思っていたんです。それで進めていましたが、そもそもゼネコンってBIMやCADはデータ化しているけど、施工管理や現場管理とかもっとデータマネジメントが必要なところがいっぱいあるなと気付いて。じゃあ、ブロックチェーンより先にこっちだろう、と進行したのが「KOTOWARI」なんです。
AIを使い、2D画像から3Dモデルを生成
鈴木:次のテーマは「空間におけるDX 表現・拡張」です。落合さんご自身も、いろいろな表現活動をされていますが、最近の取り組みや気になっていることについてお聞かせください。
落合:僕はアーティストですが、PxDTではアートをつくらないと決めたんです。僕がアートの案件をやると、PxDTは確実に赤字になるんですよ。「赤字になるまでつくったほうがいいものができる」とか言い出すんで(苦笑)。なので、メディアで落合陽一の作品として紹介されるものは、だいたい全部僕が個人でつくっています。最近は「Diffusion Model」がおもしろく、ずっとハマってやっています。
鈴木:画像生成のAIですね。
落合:AIはいますごくおもしろいですよ。ちょっと遊んでみましょうか。僕の画面、出してもらえますか?これは、AIで計算してつくったものですが、今日ここに座ってからつくった画像なんです。
落合:これまでは、このレベルのCG、そして3Dをつくろうと制作会社にお願いするとけっこうなお金と時間がかかっていました。でもこれは、AIに指示を投げてちょっと待つだけで3D生成までできる。クラウドで処理しているし、コードもオープンソースのものがいっぱい転がってますからね。
鈴木:ちゃんと陰影や奥行きもあってすごいですね。オープンソースのコードと、落合さんが持っている画像を組み合わせてAIを使い、空間的な画像をつくられているとのことですが、比較的思い通りにできあがるものですか?
落合:入力画像を持っていればできあがりますね。僕は写真家でもあるので自分のテイストの画像はたくさん持っているから、それを使って空間に展開してくださいとAIに指示し、そこから返ってきたものを割り振ってつくるわけです。あと、こういったビジュアルプログラミングをするときはコーディングが必要になるんですが、「ChatGPT」を使うと、言葉で指示ができる。自分が書かなくても、AIがプログラムを書いてくれるんです。
鈴木:すごいですね。
落合:いいことですよね。なぜいいことかというと、人間はこの速度でコードが打てないから。しかも、きっとこの速度はどんどん速くなります。PythonやC#といったプログラミング言語で設定したらその通りに書いてくれますし、たぶんあと2年くらいで劇的に進化すると思います。たとえば、「ユーザーが近寄ったら、この仏像が立ち上がるようなモーションをつくってください」と言ったら、そのためのコードが出てくるはずなんですよ。
鈴木:そこでは人間的なエッセンスみたいなものも、やはり必要になるのでしょうか?
落合:いい質問ですね。自分用のデータセットをつくってしまえば、自分好みのものはわりとできるんだけど、そこがけっこうポイントで。僕のプリセットも、AIがけっこう学んでいるから、解析すると「あなたは白黒のときこういうテイストが好きだったよね」みたいなものを出してくれたりするんです。
鈴木:なるほど。イメージしたものをダイレクトにAIがつくってくれるのが、未来のことではなくて、もう現実になっているわけですね。空間の場合、ビジュアルや音、光など、いろいろな表現要素が重なりひとつになってアウトプットされていると思うんですが、AIがリアルな空間をつくる、みたいなことも今後できそうですね。
落合:全然ありだと思います。
デジタル・AI・彫刻がつながるアート作品
落合:僕は今年、彫刻をたくさんつくったんですね。飛騨髙山の日下部民藝館での個展「遍在する身体 交錯する時空間」では、8メートルの彫刻をつくっているんですよ。
鈴木:ご自分で彫られたんですか?
落合:3Dモデルでつくったものを、カリモク家具さんのCNC工作機械(コンピュータを使った数値制御で動作する工作機械)で削り、高山の複数の職人さんに削っていただいて仕上げました。つまり、工作機械と3Dがつながっちゃってるから自由に表現できるんですよね。この「手長足長」とか、美しいでしょう。
落合:こんなふうにデジタル、AI、彫刻が重なってくると考えると、空間をつくるという面でもすごくクリエイティビティがあがっていると思います。
鈴木:落合さんのお話をうかがっていると、必ずそこに人間っぽさがあるというか。彫刻とAIの対比みたいなところも、すごく魅力的ですよね。
落合:けっこう楽しくクリエイションできるんですよ。たとえば、展示したなかに重要文化財の円空の仏像を3Dスキャンし、デジタル映像に変換した作品があります。奥はインフィニティミラー(ミラーとLEDを使用し、光が何層にも見える不思議な視覚効果を生み出す鏡)でLEDがついているから、空間が広く見える。LED、3Dモデルというワークフローがそろっていれば、空間ができちゃうんです。これは小さな空間だけど、もっと拡張された、たとえば空間のほとんどが映像的なプレゼンスでできているものは、今後とても制御がしやすくなると思います。
目黒:その文脈でいうと、今回我々が「KOTOWARI」を使ってやっているような、空間に来た人の動きや男女比、その日の天気などをインプットした、インタラクティブな空間づくりもできる、と。
落合:そう。空間そのものはデジタルで無限につくれます。たとえば、その日の天気をインプットするということで、話をしている間に雨の日のインテリアをつくってみました。窓以外のオブジェクトはデジタルで表現できるので、3面LEDウォールにして、できたものを空間の中の映像装置にあてはめて設計することは、すぐできますよね。
いままでは、「こんな空間にしたい」と伝えるために1時間くらいスケッチを描く時間が必要だったわけです。それが15秒くらいで出せて、しかも立体もつくれるから、そこから図面に起こすのもすごく速い。
鈴木:今日は、空間づくりの未来について語れたらと思っていたんですが、すでに落合さんの頭のなかは未来にいる感じですね。やっぱり、ツールを使いこなせないとダメなんですね。
落合:使いこなせないとダメです。だって、ものすごく楽ですもん。昔、C言語やアセンブラを使ってプログラミングしていた人にとっては、こんなに楽な仕様はないっていうくらい簡単ですから。ツールが整っているから、プログラム言語はやらなくていいんです。だから小学生でも誰でもできる。必要なのは、自分のイメージと合っているか合っていないかをしっかり考えることだけです。
デジタル技術は直角に進化している
鈴木:僕らも空間づくりにAIを活かしていく取り組みをはじめていて、先ほどもご案内させていただいたように、「表現のDX」「拡張のDX」「最適化のDX」をテーマにしてるわけですが、この3つのDXを組み合わせて、もう空間をつくれる時代になっているんだなと思いました。そしてその空間であれば一層人を感動させることができるんだな、と。
落合:感動できる!感動する以外に人類がやることはもう残ってないので。今後クリエイティブをする中で大切になるのがファクトであり、エビデンスなんですよね。PxDTは、それを真面目に安全に運行するための確固たる基盤をつくるのが仕事です。ワクワクできるところはお客さんと共有し、きっちりしないといけないところはちゃんとつくりますので。そこが一番、重要なんだと思います。丹青社さんも、そこに圧倒的な強さがあると思います。
鈴木:すてきなおまとめをありがとうございます。最後に落合さん、追加で話しておきたいことがありましたら。
落合:そうですね。写真が発明されたのが1840年代、印象派の画家が出てきたのが1870年代、エジソンやリュミエール兄弟によって映像が出てきたのが1890年代なんですね。一方で、今年画像生成のAIが盛り上がったのが2022年の8月、動画が盛り上がったのが10月、3DになってUnreal Engine(フォトリアルなビジュアルと没入的体験を作り出す、高度なリアルタイム3D制作ツール)をつくれそうなのが12月です。
この1840年代を2022年の8月に重ねると、2023年の1月1日は2080年くらいになります。つまり、このままの時間進歩で行くと、あと15日くらい(2023年1月1日)でたぶん、この世界をある程度AIでつくれるようになるんですよ。
鈴木:一歩一歩、でもすごいスピードで進化している。
落合:そう、技術は直角に進化しています。全世界は転がり出して、大変なことになっています。なのでもう、この濁流にのみこまれるしかない。あとは感動してグルーヴして喜びを共有すればいいわけです。
鈴木:なるほど。そうですね。人間は身体性がある生き物なので、その中で感動できる空間づくりに長くかかわっていけたらなと思います。今日は、明日にもできることはたくさんある、というお話をうかがえて、すごくよかったなと思っています。みなさま、ありがとうございました!
丹青社CMIセンター
https://www.tanseisha.co.jp/value/digital
※iwasemi, hackke, VUEVO, KOTOWARIおよび関連するロゴは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社の商標又は登録商標です。
文:矢部智子 撮影:葛西亜理沙 取材・編集:石田織座(JDN)