デザインが担う街の進化、ミラノデザインウィークから広がる注目エリア

NIKE はミラノ市内南部の倉庫街の一角で大規模展示を開催、写真はシューズ全体を一体成型するプレゼンテーションNIKE はミラノ市内南部の倉庫街の一角で大規模展示を開催、写真はシューズ全体を一体成型するプレゼンテーション

ミラノデザインウィークはなぜ毎年、世界最大規模のデザインイベントであり続けられるのか。家具やプロダクトのデザインを発表するチャンスとしては、国際的に開催される商談ベースの見本市が他にたくさんあるにも関わらず、ミラノデザインウィークが特別なポジションを獲得していることは紛れもない事実だ。その要因を考えるとき、ミラノという街の発展にデザインが与える影響力の大きさを実感せずにはいられない。デザインウィークをきっかけに新しいエリアへと人が集まり、新たな人の流れによって街が確実に活性化していく。その後押しとなりそうな動きが、今年もいくつかの展示を通して感じられた。

定点観測的に見るとミラノデザインウィーク期間中に市内で行われる展示は年々、着実にエリアを広げてきた。たとえば15年前、フィエラ見本市会場が市内に位置していた当時、運河周辺のトルトーナ地区では特別な展示が何一つ行われておらず(ファッション写真スタジオとしてのスーパースタジオは存在していた)、トリエンナーレ・デザインミュージアムは2001年を最後に国際展という意味でのトリエンナーレを停止していた。

この頃、大手メーカーが特設会場でインスタレーション展示を行う事例はちらほらと見られたものの、ミラノ市内で開催される特別展やデザイナーによる自主的な出展が一気に増えたのは、現在のロー・フィエラ見本市会場が完成した2005年頃からかもしれない。

ミラノ市中心部の南西にあるポルタジェノバ駅を降りて緑の陸橋を渡ると、そこがトルトーナ地区。平日の日中から大賑わい

ミラノ市中心部の南西にあるポルタジェノバ駅を降りて緑の陸橋を渡ると、そこがトルトーナ地区。平日の日中から大賑わい

トルトーナ地区に次いで2010年にはヴェンチューラ・ランブラーテ地区が台頭。これは、ミラノ大学や市内の展示を取り仕切っている『インテルニ』誌とは一線を画すプロジェクトとして、オランダのPR会社が開始したもので、大学の出展が多いことでも知られる。

その一方で、地理的にも歴史的にもミラノ市内展示の核といえる大聖堂ドゥオーモ近隣のブレラ地区では、アートを絡めたイベントや各種の展示が相変わらず盛ん。そして、一昨年からはブレラ地区にほど近い五差路が「5vie」と名付けられ、ギャラリーやアンティークショップによって展示が行われている。

ISOLA(イゾラ)地区
オランダの新鋭Kiki & Joostなどが進出

昨年のミラノ万博に合わせて再開発されたイゾラ地区は、国鉄ガリバルディ駅に隣接し、ミラノ市内の北東部にあたる。新たに地下鉄の路線が開通し「イゾラ」駅ができ、若い世代が移り住む新興住宅地としても注目のエリアだ。そこへいち早く進出したのはオランダのデザイナーたちだった。2016年は「Dutch Design Isola」として、Kiki & Joost(キキ&ヨースト、キキ・ファン・アイクとヨースト・ファン・ブレイズウィック)の個展「Physical」を含む3展示が行われた。

イゾラ地区のランドマークは2014年に竣工した高層レジデンス「ボスコ・ヴェルティカーレ(垂直の森)」。ボエリスタジオが設計した高さ110メートルと70メートルの高層ツインタワーは、ビル全体が見事な植栽で覆われている。そのすぐ隣にはグーグル ミラノが新オフィスを開業。ヘルシー志向のバールやカフェも次々と集まりつつある

イゾラ地区のランドマークは2014年に竣工した高層レジデンス「ボスコ・ヴェルティカーレ(垂直の森)」。ボエリスタジオが設計した高さ110メートルと70メートルの高層ツインタワーは、ビル全体が見事な植栽で覆われている。そのすぐ隣にはグーグル ミラノが新オフィスを開業。ヘルシー志向のバールやカフェも次々と集まりつつある

Kiki & Joostによる個展「Physical」。手前の「Civilised Primitives」はキキ・ファン・アイクの新コレクション

Kiki & Joostによる個展「Physical」。手前の「Civilised Primitives」はキキ・ファン・アイクの新コレクション

さらに、イゾラ地区の周辺で訪ねるべきギャラリーやブックストア、カフェ、ワイナリー、セレクトショップなどを集約したルートマップを配布。イゾラ地区からブレラ地区まで徒歩で向かいながら他のオランダ関連の展示も見ることができる案内となっており、イゾラ地区からミラノ中心地へのアクセスの良さを伝えていた。

Kiki & Joostはミラノサローネの常連でもあり、毎回、話題の場所を先取りするかのように新作を披露してきた。トルトーナ、ランブラーテの両地区を経て、今年はイゾラ地区に登場。Physicalを共通のテーマに5つの新コレクション、計30アイテムを発表した。

ヨースト・ファン・ブレイズウィックの「Protopunk」は、切り出した鉄板を溶接して組み上げた家具のシリーズで、縁を白くラインを引くように塗装して、まるで二次元スケッチのような雰囲気を演出している。展開されたアイテムは、テーブルやチェア、キャビネット、時計、ランプ、フラワーベース、テープカッターなどすべて実用的なものばかり。白いアウトラインが際立ち、鉄製の重さを感じさせない存在感がグラフィック作品のような佇まいでもある。

「Protopunk」のチェスボードで実際にプレイしているKiki & Joostのヨースト・ファン・ブレイズウィック。黒と白の対比で成立するゲーム盤、駒のすべても平滑な鉄板からできている

「Protopunk」のチェスボードで実際にプレイしているKiki & Joostのヨースト・ファン・ブレイズウィック。黒と白の対比で成立するゲーム盤、駒のすべても平滑な鉄板からできている

キキ・ファン・アイクの「Physical Interaction」は、リモコンをあえてヒューマンタッチに仕上げたプロダクトシリーズ。たとえば、火打ち石を弾いて実際に火花を散らすとLEDのランプが点灯する。息を吹きかけると消えたり、小さなベアリングボールをいくつも落とし続ける重さで明るさを調節したり、とすべてに身体の動作が求められる。

キキ・ファン・アイクの「Physical Interaction」

キキ・ファン・アイクの「Physical Interaction」

Kiki & Joostの今回のコレクションは8点ずつのリミテッド・エディションとなる。オランダ国立美術館やテキスタイル美術館に収蔵される彼らのデザインは、コンセプチュアルでありながらも、完成度が高い実用的なアイテムなのだ。

「Dutch Design Isola」ではKiki & Joostの「Physical」の他に、若手デザイナーによる作品展「ダッチ・インバーチュアルズ」、オランダのセラミックメーカーであるコル・ウヌム社とデザイナーのコラボレーション展「Cor Unum」が行われていた。

Largo Isarco(ラルゴ・イザルコ)周辺地区
プラダ財団の近くでNIKEが特別展を開催

今年のミラノデザインウィークで高い注目を集めたNIKEが展示を行なった場所は、2015年5月に移転オープンした「Foundation PRADA(プラダ財団)」のすぐそば。レム・コールハース率いるOMAが建築を手がけたプラダ財団の新施設は、1910年代に建てられた蒸留所を改築し、そこに新建造物を組み合わせた10棟からなるアートの複合施設。常設展示にはルイーズ・ブルジョワのコレクションも持ち、常に多彩なエキシビションを開催している。

Foundation PRADA(プラダ財団)

Foundation PRADA(プラダ財団)

Foundation PRADAがあるLargo Isarco(ラルゴ・イザルコ)周辺は、倉庫や工場が立ち並び殺伐とした雰囲気が漂う地域。最寄りの地下鉄駅からも徒歩20分強はあろうかという辺鄙な場所だ。とはいえ、昔から有名な大型のクラブがあったり、近年ではボッテガヴェネタの本社が移転してくる等の胎動もある。NIKEがインスタレーション展示の会場をここに決めたことも単なる偶然ではないはずだ。若者が集まるポルタ・ロマーナ地区よりさらに南のこの地区が、人々の集まる新たなエリアになる予感が強まっている。

NIKEの「Nature of Motion」に参加したデザイナーは、ベルトイアン・ポット、マルティノ・ガンパー、クララ・フォン・ツバイベリク+シェーン・シュネック、マックス・ラム、リンゼイ・アデルマン、グレッグ・リン、エンリカ・カヴァルザン+マルコ・ザヴァノ、セバスチャン・ロングの8組

NIKEの「Nature of Motion」に参加したデザイナーは、ベルトイアン・ポット、マルティノ・ガンパー、クララ・フォン・ツバイベリク+シェーン・シュネック、マックス・ラム、リンゼイ・アデルマン、グレッグ・リン、エンリカ・カヴァルザン+マルコ・ザヴァノ、セバスチャン・ロングの8組

NIKEが開催した「The Nature of Motion」は、独自のデザイン哲学「ナチュラル・モーション」を伝えるための大規模なインスタレーション展示。8組10人のデザイナーを起用して、人間の身体能力を発揮させるために形や機能を追求するという「ナチュラル・モーション」を、多様な素材や手法によって表現した。

ベルトイアン・ポットがデザインした大小さまざまなプロダクトは、スツールでありトランポリンのように弾力性のあるアイテムでもある。ナイキが開発したシューズ素材「フライニット」や紐、生地を編み上げて作られている。会場を仕切る壁面は、NIKEのシューズボックスを積み重ねたもの。サイズ表示のラベル部分には、展示会タイトルや会期、住所などの情報をプリントする細工まで凝っている。

ベルトイアン・ポットによる弾力性があるスツール等

ベルトイアン・ポットによる弾力性があるスツール等

「フライニット」を張り込んだドラムセットを製作したのはマルティノ・ガンパーだ。ドラムの側面にはプライウッドを使い、シューズレーズを張り巡らせてある。「ナチュラル・モーション」のリズムを、音楽のリズムを奏でるドラムになぞらえた。迷路のように仕切られた薄暗い会場には他にも、サーモカメラ付きの体温調節チェア、人感センサーで揺らぐランプ、2トンもあるアルミの塊をエア・コンプレッサーで動かす仕掛けなど、個々の発想から自由に生み出された作品が展示された。

マルティノ・ガンパーによる「フライニット」を張り込んだドラムセット

マルティノ・ガンパーによる「フライニット」を張り込んだドラムセット

NIKEのデザイナーたちによる実験的なランニングシューズのスタディでは、アスリートたちの声を聞き研究を重ねる中から開発してきた素材やデザインを紹介している。シューズの底にスポンジや柔らかいトゲのような異素材を組み合わせて、彼らの感覚的な要望を可視化して検証する試みなど、NIKEデザインの柔軟性から生まれる発想が革新へのステップとなることがよく分かる。

NIKEのデザイナーたちによる実験的なランニングシューズのスタディ

NIKEのデザイナーたちによる実験的なランニングシューズのスタディ

Centro(チェントロ、中央)地区
老舗家具ショップDe Padvaによる新風

最後にもう一つ、ミラノのCentro地区に目を向けたい。新興エリアではないが、B&B ITALIA(ビーアンドビーイタリア)やCassina(カッシーナ)、FLOS(フロス)といった老舗家具ショップが連なるこの場所に、家具メーカーのDe Padva(デパドヴァ)が新ショップをオープンさせた。2015年、キッチンとバスルームの大手メーカーであるBoffi(ボッフィ)がDe Padvaを買収したことがミラノの家具業界で大ニュースとなり、動向が注目されていただけに、2015年10月に移転したばかりのショップにはミラノデザインウィーク期間中にも多くの人々が訪れていた。

De Padvaの新ショップ

De Padvaの新ショップ

De Padvaは1956年、アパレルブランドの店舗が多いコルソ・ベネチア通りに面した大きなショップを構えて以来、イタリアに海外の家具デザインを紹介するだけでなくオリジナルプロダクトを次々と世に送り出してきた。

その頃とは対照的に、新ショップは隠れ家的な存在感が新たな個性になった。半地下へと進んだ先にあるエントランスを抜けると、市内の喧騒から切り離されたような落ち着いた空間が広がる。コーディネートには、Boffiのクリエイティブディレクターであるデザイナーのピエロ・リッソーニが全面的に関与。De Padva自体のコレクションの展示量を約25%減らしつつ、創業者であるデパドヴァ夫人が個人的に収集してきたアンティーク家具を配置、Boffiのキッチンやバスルームとのコーディネートも秀逸だ。昔のオリジナル家具を復刻する計画も進んでいると聞いた。

半地下にあるDePadvaのエントランス

半地下にあるDePadvaのエントランス

ミラノの目抜き通りに大きなガラス張りのショップを構えていたDe Padvaは象徴的な存在だった。それだけに、今回の移転にはある種の寂しさも覚える。とはいえチェントロ地区が、老舗ブランドの密集する特別なエリアとして再興する勢いには期待ができそうだ。何しろミラノは、真新しいアスファルトの舗装が街のイメージにふさわしくなければ、石畳に戻す計画を実行できる街なのだ。

アンティーク家具も並ぶDe Padvaの新ショップ

アンティーク家具も並ぶDe Padvaの新ショップ

2020年に向けてさまざまな都市計画が練られている(あるいは頓挫している)東京でも、デザインが街づくりに与える影響力は徐々に強まりつつある。ミラノのように世界的なデザインウィークを開催するポテンシャルを持ちながらも、肩を並べるほどの規模には成長できていないのは残念だが、日本が誇るファッションやアート、伝統芸能やポップカルチャーととともに、デザインもまた街づくりの大切な要素であることを、ミラノデザインウィークから学べるに違いない。

高橋美礼/デザイナー・デザインジャーナリスト・多摩美術大学芸術学科非常勤講師
東京都生まれ。多摩美術大学芸術学科卒業、企業勤務を経た後、ミラノ・ドムスアカデミーマスターデザインコース修了。フリーランスとしてデザイン、デザインコンサルタント、執筆活動を展開。多領域のデザインに携わりながら国内外のデザインを考察し、編集、執筆、デザインコンサルティングを行う。