世界最大規模の家具・デザインの祭典「ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano)」が、2025年4月8日から4月13日まで開催された。毎年4月にイタリア・ミラノで開催される同見本市。今年は隔年開催の照明見本市である「エウロルーチェ」も同時に実施された。
会場では37カ国から2,103の出展(700人のサローネサテリテ参加デザイナー人数を含む)があり、30万2,548人が来場。最新の家具やインテリア、照明、テキスタイルなど多岐にわたる分野の最先端トレンドが一堂に会した。
会期中はミラノ市内各所で「フオーリサローネ」と呼ばれる多彩な展示やイベントが同時開催され、街全体がクリエイティブな熱気に包まれる。本特集では、今年度のミラノデザインウィークに日本から出展した企業やブランド、出展者に注目し、大きく3つに分けて紹介する。
●ミラノサローネ見本市会場
●サローネサテリテ
●ミラノ市内
●ALCOVA
本記事では、ミラノデザインウィークの「フォーリサローネ」で近年特に注目されている「ALCOVA」に出展した、日本のブランド・日本のデザイナーについて紹介する。
2018年に設立された、デザインとものづくりの未来を探求するための国際的なプラットフォーム「ALCOVA(アルコヴァ)」。作品のクオリティの高さや、サイトスペシフィックな表現ができる場として、コロナ禍以降のデザインウィークでは必見のスポットとなっている。
第9回目の今回は、昨年と同様ミラノ市内から電車で1時間半ほどの郊外ヴァレードで開催。今年は「再生」「自然による建築の回復」といったテーマを掲げ、会場規模も拡大された。昨年同様のVilla Borsani、Villa Bagatti Valsecchiに加え、新たにEx SNIA Factory(旧SNIA工場)とPasino Glasshousesが加わった。
昨年は2時間待ちの長蛇の列が発生するほどの人気だったこともあり、今年はWebでの予約システムを導入。さらに会場の周辺にはデザイナーのLucas ZitoとMarika Caputo がキュレーションしたグループ展「Good Selection」といった別の会場も登場し、改めてALCOVAの求心力を感じられる年となった。
ノリタケ×フェイ トゥーグッド

photo:Noritake
2022年には元軍事工場、2023年には家畜の元屠殺場などの廃墟を会場としてきたALCOVA。まだあまり知られていない若手の作品も多いため、数年前までは「アップカミングな作品がそろうインディーズな場所」という印象だった。そんなALCOVAが、ついにミラノデザインウィークの“メジャー”になったと感じさせたのが、日本を代表する磁器ブランドの老舗、ノリタケによる展示がおこなわれたことだ。

photo:Noritake
ノリタケは、堀雄一朗さんをクリエイティブディレクターとして迎え、昨年11月からヤブ・プッシェルバーグなど世界で活躍するデザイナーを起用したコレクション「ノリタケデザインコレクション」を展開している。今回はこのコレクションに新たに加わったフェイ トゥーグッドによる限定の皿、花瓶の「ローズ」を中心に複数作品を展示。ミラノの名家の別荘だったVilla Borsani1階のスペースという作品の世界観に調和する、とてもロケーションのいい場所での展示だった。
「ローズ」は、ノリタケのデザインアーカイブと、フェイの自宅のイングリッシュガーデンからインスピレーションを得て制作されたもの。彼女自身による手描きの磁器たちは、フェミニンでありながら大胆で自由だ。デザイナー以前にクリエイターであるフェイのプライベートな側面を感じさせられる磁器たちだった。
荒川技研⼯業株式会社×吉添裕人
3年連続で出展している荒川技研⼯業株式会社は、市内とALCOVAの2会場で展示を行った。ALCOVAではデザイナーの吉添裕人さんとの照明インスタレーション「ubique(ウビークエ)」を発表。

photo:Shunsuke Watanabe (uranographia)
この作品は、荒川技研工業が1975年に開発したワイヤー固定金具「ARAKAWA GRIP」の機能美と佇まいそのものにフォーカスしたもの。2023年に同社の50周年プロジェクトで発表された作品のコンセプトを引き継ぎながら、フォルムや素材、仕上げ、構成、内部のメカニズムを含むパーツ機構など作品そのものの在り方から再構築した。

photo:Shunsuke Watanabe (uranographia)
照明ユニットがワイヤーを貫通し、光源を動かせる機構が特徴だ。光源は上下両方に設置されており、位置を変えることで表情が変化する。光源がスムーズに動き正確な位置で固定できるのも、「ARAKAWA GRIP」の精密な技術力があってこそ。
また、光を受け止め柔らかく拡散する円形の部分は、富山県南砺市の「しけ絹」と真鍮の素材違いで2パターンを展示。会場は上部に小さな窓がある暗い半地下の空間で、光そのものが浮遊しているような印象を生み出し、静謐さと美が際立つ空間となっていた。
SPREAD
山田春奈さんと小林弘和さんによるクリエイティブユニットで、グラフィックやプロダクト、エキシビションなど多岐にわたる活動をしているSPREAD。過去10年以上にわたりミラノデザインウィークで、さらにALCOVAでも出展している彼らだが、今回は4年ぶりの展示だった。

photo:SPREAD
「Ornamental Contrast(観賞用コントラスト)」と題した作品を発表。人間が認識する景色、さらに「色」は光の波長から生み出されたもの。色の奥に潜む光と闇のコントラストに着目し、景色の本質を探ろうと考えた。廃墟になった繊維工場であるformer SNIA factoryの空間に置かれたビビットなカラーの構造物は、違和感と同時に新鮮さも感じる、視覚を楽しませるユニークなインスタレーションだった。

photo:SPREAD
これは2019年に東京のギャラリー(place) by methodで初公開し、2020年のミラノデザインウィークに出展予定だったものだ。5年の歳月を経て披露されたこの作品には「最適化や紛争が進む現代社会においても、豊かさが失われないように」という願いも込められているという。自然光が入る会場だったため、時間帯によって作品の見え方、さらには場所の印象も変化し、多くの人の関心を集める展示のひとつとなった。
AtMa
鈴木良さんと小山あゆみさんにより2013年に設立されたクリエイティブユニットAtMa(アトマ)は、Villa Borsaniの地下で「J39.5」と名付けた展示を開催。

photo:Piergiorgio Sorgetti
ボーエ・モーエンセンの名作「J39」の椅子を再構築するというプロジェクトだ。脚が欠けたり、背もたれが割れたりして修理困難となったヴィンテージのJ39チェアを分解し、パーツを再構成して新しい家具へと生まれ変わらせている。この作品を発表することになったきっかけは、破損がひどく修理にコストや手間がかかりすぎるJ39を、ヴィンテージ家具倉庫で見つけたことだという。それらを引き取り、新たな循環を生み出せないかと考えた。

photo:Piergiorgio Sorgetti
特に注目したいのは、修復できない折れた脚などは木材チップに粉砕し、パルプ化してペーパコードに生まれ変わらせたこと。形を変え同じ椅子であり続けていることができる仕組みは、ヴィンテージ家具の領域でありそうでなかった発想だ。また、背もたれを座面にしたり、4本脚から3本脚に作り替えたりと、J39のデザインを“読み替え”ていることも興味深い。修理がしやすい木製家具ならではの利点を味方にしているとも言える。アップサイクル、さらにヴィンテージ家具の領域に、新たな提案を生み出していた。
YOCHIYA
プロダクトデザイナーの畑中庸一郎さんと川名八千世さんによるデザインユニットYOCHIYA。2人はロンドンのセントラル・セント・マーチンズ大学で知り合い、2019年から活動を開始。マテリアル以上プロダクト未満というその曖昧な領域に着目し、さまざまな視点から観察・記録・実験を通し、表現活動をしている。

photo:YOCHIYA
そんなYOCHIYAが今回発表した「SWOLLEN」は、これまで発表してきた銅製の花器シリーズの流れを汲む新作。溶接した銅板に水圧をかけることで、無作為でユニークなかたちができるのが魅力だ。また、銅板がもつ独特な色合いやムラも、立体感を引き立てる要素になっている。

photo:YOCHIYA
今回は花器のほかにその技法を使いオブジェも発表。壁にかけたりとさまざまな用途を想定している。薄暗い会場では一見すると陶器のようにも見え、銅でつくられていることが意外性につながっていた。独特の質感と形状が多くの人を惹きつけていた。
小関隆一
ALCOVAでの展示は今年で4回目というデザイナーの小関隆一さん。「Deconstructed Minimalism(脱構築したミニマリズム)」と題し、椅子と照明を発表した。自身のルーツの一部ともいえるミニマリズムを尊重しながらも、その境界がどこにあるかを探ったという。

photo:Shunsuke Watanabe (uranographia)
会場はVilla Borsaniの一室。かつては寝室だったのだろうか、プライベート感のある部屋との相性も良かったのがウォールナットの椅子「Frame Structured Armchair」だ。角材と板だけで構成されているアームチェアで、どこかヘリット・リートフェルトの名作「レッドアンドブルー」を彷彿とさせる。
背板とアーム部分の板は座面と脚のフレームに引っ張られている構造になっており、小関さんは「必要なだけのパーツの組み合わせで直線的につくられた椅子という意味ではミニマリズムの王道ともいえる構成であるが、その構造においては決してミニマムであるとはいえず、その言葉が意味する領域についての思考を促すものになった」とコメントしている。

photo:Shunsuke Watanabe (uranographia)
また、今回の一連の作品の起点となったデザインという「Wall Structured Stacking Stool」、四角柱のベースにシェードが覆い被さったテーブルランプ「Eaves Overhanging Lamp」も発表。すべての作品において、ミニマリズム=ディティールの表現が少なくなるところを、あえて加えていく試みをおこない、どこまでがミニマリズムとなのかという境界を探っている。
現代のデザインの根底に真摯に向き合った作品は、ストイックでありながらも、デザイナーの“かたちへの好奇心”が感じられるものであった。
川本真也
ミラノデザインウィークに初出展したプロダクトデザイナー/インダストリアルデザイナーの川本真也さんは、「PFS -Press Furniture Series-」と題し、椅子と照明の作品を発表。

photo:Masaya Kawamoto
建材や自動車部品、機械などに使われる技術「丸パイプの潰し」に着目。構造材として使われる円筒形のステンレスパイプに「潰し」を施すことで、太い部分と細い部分という表現を使い分けている。シンプルな手法で意匠の幅を広げる試みだ。
また、着色方法にも注目したい。ステンレスに酸化被膜を形成することで複雑で独特な紋様と色味を表現することができる「塩浴着色処理」という技術を使用。使用するステンレスの種類や厚み、冷却スピードなどによって表情が変化し、職人による手作業のため一点一点表情が異なる。塩浴着色処理と、鏡面仕上げとの組み合わせも絶妙だ。ALCOVAの古い空間とインダストリアルな作品は、以前からそこにあったと思わせるほどに調和していた。

photo:Masaya Kawamoto
今年も多くの日本人デザイナー、さらにブランドまでもが出展したALCVA。多くの人が行き交うフィエラや市内のギャラリーとは異なり、ゆったりとした会場であれば作品の見え方も変わってくる。来年もミラノデザインウィークでの必見スポットであることは間違いないだろう。
取材・文:井上倫子 編集:石田織座(JDN)