
2022年、文化庁が京都へ移転したことを記念してスタートした同建築祭。4回目となった今回は、「建築に恋する9日間」と題し、東山や岡崎、京都御所周辺などのエリアに北山・松ヶ崎や吉田・北白川エリアが加わって、参加件数は過去最多となる129件。
また、文化庁が主催する建築文化イベントとも協働し、著名人によるトークライブやガイドツアーが多数開催されるなど、9日間では味わい尽くせないほど魅力的なコンテンツが企画されました。本記事では、厳選した名建築のレポートに加え、来年訪れる際の参考になる情報をお届けします。
建物公開を楽しむ3つの方法と事前準備
「京都モダン建築祭」は大きくわけて3つの方法で楽しむことができます。普段は非公開の建物やスペースを、専用のパスポートを購入して申込不要で自由に見学できる「パスポート公開」と「特別イベントへの参加・優待特典」、そして建物のオーナーや建築家、研究者らがガイドとなって案内する、事前申込制・有料の「ガイドツアー」です。
パスポートやガイドツアー参加費の一部は、建物の維持や活用のための資金に充てられており、社会全体で貴重な建築を保存・活用する仕組みづくりにも寄与しています。
今年度、パスポートで見学できた建築は、前期(11月1日〜11月2日)が3エリア23件、後期(11月8日〜11月9日)が8エリア34件の合計57件。あらかじめ見学したい建物やジャンルなどを絞っておくなど、事前のリサーチとスケジューリングが肝となります。また、京都に土地勘がない方は、ガイドブック「参加建築MAP」が役立つのでおすすめです。

公式サイトに公開されている「参加建築MAP」
まずは、子どもから大人まで、誰もが建築文化に触れられる機会として、秋の風物詩となりつつある「パスポート公開」の模様を紹介します。筆者は、京都の建築に明るい知人などから事前に必見の建築を教えてもらったり、以前から内部を見学してみたかった場所を選んだりして、計4日、各地を自転車で巡りました。
京都ゆかりの建築家が手がけた建物を巡る
■中京エリア/京都市役所本庁舎

「京都市役所本庁舎」外観
1927年竣工の「京都市役所本庁舎」は、当時、京都市営繕課に所属していた若手建築家だった中野進一が設計を担当し、“関西建築界の父”とも言われる武田五一が顧問として関わった建物です。バロックやロマネスク、イスラムなど世界各地の建築様式を融合させたデザインは、昭和初期ならではと言えるでしょう。

特別に見学できた市会議場は、2021年、竣工当時の意匠を継承・復元することをコンセプトに改修。格天井を思わせる意匠とステンドグラスが印象的
1階中央のエントランスや市民スペース、屋上庭園は普段から市民に無料開放されています。近くを訪れたらぜひ立ち寄ってみてください。
■中京エリア/SHIKIAMI CONCON
京都を拠点に活躍する気鋭の建築家・魚谷繁礼さんが手がけた、複合テナント施設「SHIKIAMI CONCON」。コンテナと長屋で構成された立体的な路地空間には、グラフィックデザイン事務所のオフィスや、個人クリエイターの作業スペースなどが点在しています。毎朝ここに出勤するだけでもワクワクしそうな、大人の秘密基地のような場所でした。

「SHIKIAMI CONCON」外観

「SHIKIAMI CONCON」2階にあるクリエイターのオフィス
京都ならでは 花街の劇場を巡る
■中京エリア/先斗町(ぽんとちょう)歌舞練場
京都の五花街のひとつ、先斗町に建つ趣ある劇場「先斗町歌舞練場」は、1927年に大阪松竹座や東京劇場を手がけた劇場建築の名手・木村得三郎(大林組)の設計により建てられました。こちらの設計にも武田五一が顧問として携わっています。

「先斗町歌舞練場」外観
毎年5月に開催される「鴨川をどり」と、10月の「水明会」の舞踊公演以外は非公開ですが、今回の会期中、わずか5時間だけ公開されました。ちなみにこの劇場は、大ヒット映画『国宝』の劇中にも登場しています。

丸みのあるフォントとスクラッチタイルが印象的
天井や照明など、細部の細部まで凝った内装には、装飾陶板やタイルが所々に施されていました。筆者も含め、ひたすら写真撮影しては見とれている見学者が続出でした。

1階ロビーの階段
また今回は、1階と2階のロビーに加え、劇場内の客席や花道にも上がることができました。想像していた以上に舞台と客席が近く、こじんまりとした空間に驚きました。

2階客席
■東山エリア/祇園甲部歌舞練場
京都市東山区にある京都最大の花街「祇園甲部歌舞練場」も今回、特別に見学することができました。こちらは毎年4月に開催される「都をどり」や10月開催の「温習会」といった、舞妓・芸妓による舞踊公演の会場として知られています。

「祇園甲部歌舞練場」外観
1913年に「都をどり」のための劇場として竣工した同劇場は、総檜材による木造2階建ての大劇場建築として、2006年に国の有形登録文化財に指定されました。2016年~2022年にかけて大規模な耐震改修工事などがおこなわれ、より美しく壮麗な劇場空間へと生まれ変わりました。

「祇園甲部歌舞練場」内観
天井や照明など、細部にまで日本の伝統的な意匠が取り入れられている「祇園甲部歌舞練場」。踊り手が左右から現れる演出のため、花道が舞台の上手と下手の両方につくられているのも、この劇場の特徴。また、上手には地方(三味線・唄)の列座が、下手には囃子方(太鼓・笛等)の列座が設けられています。

圧巻の緞帳の図柄は、刺繡ではなく織りで表現されている
なお、この歌舞練場は2024年にオープンした「祇園 花街芸術資料館」に隣接しており、資料館の見学ルートにもなっています。
京都で暮らした芸術家たちゆかりの建築を巡る
■衣笠・北野エリア/櫻谷文庫(旧木島櫻谷家住宅)

「櫻谷文庫(旧木島櫻谷家住宅)」外観
明治から昭和にかけて京都で活躍し、自然の風景や動物を生き生きと描いた日本画家・木島櫻谷。彼が暮らし、創作の場としていた「櫻谷文庫」は現在、京都市指定文化財、京都市指定景観重要建造物、国の登録有形文化財に指定されています。
今回、敷地に建つ和館・洋館・画室の3棟すべてを見学。習作や写生帖、櫻谷が収集した郷土玩具など、多数の資料も合わせて目にすることができました。

「櫻谷文庫」和館
また、和館2階では、櫻谷が最晩年に描いたという手描きの婚礼衣装が特別に展示されていました。これは、同居していた孫・もも子さんのために仕立てられた着物に、金泥や銀泥で直接描いたもの。

梅の木が描かれた婚礼衣装は、櫻谷が亡くなって9年後に実際に使用。それから2014年、2021年にも、もも子さんの孫で櫻谷の玄孫にあたる姉妹がそれぞれ自身の挙式で着用した
■衣笠・北野エリア/京都府立堂本印象美術館

「京都府立堂本印象美術館」外観
櫻谷が活躍した時代から少し下り、大正から昭和にかけて京都で活躍していたのが、日本画家・堂本印象です。圧倒的な画力によって、細密に描き込まれた具象画を描いていた印象。60歳を過ぎて渡欧して以降は画風が大きく変化し、躍動感のある抽象画を多く描きました。

「京都府立堂本印象美術館」内観
1966年、印象が75歳の時に開館したこの美術館は、外観から内装まですべてを自らデザイン・監修。外壁、室内の装飾やステンドグラス、ドアノブなどの細部にいたるまで、彼の独創的な美的センスや作品の世界が具現化された空間となっていました。

印象独自の躍動感を感じさせる壁面装飾
2025年は印象の没後50年にあたり、京都国立近代美術館でも大回顧展が開催されていました。どちらかというと晩年の作品のイメージが強かった筆者ですが、この美術館と大回顧展の両方へ足を運び、堂本印象に出会い直すいいきっかけとなりました。
■岡崎エリア/関西美術院
明治時代、京都には日本画家だけではなく、多くの洋画家たちも暮らしていました。そのひとりが、浅井忠です。彼が京都に設立した私設の画塾である「関西美術院」は、現在でも多くの生徒が研鑽を積んでいる場所です。
普段は決して立ち入ることのできないこのアトリエが、今回、わずか1日だけ特別公開されました。

「関西美術院」外観
デッサンや絵画制作に適した天井高で北側採光の空間を設計したのは、建築家の武田五一。浅井と京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学の前身校のひとつ)で同僚だった縁で引き受けた仕事でした。武田が手がけた名建築は、京都市内に多数現存していますが、この「関西美術院」も手掛けたという事実はあまり知られていないかもしれません。

無数の絵の具が飛び散っている床は、何度か張り替えているものの、窓ガラスなど、竣工当時のものも多く残っている

たくさんの石膏像が保管されているデッサン室
- 1
- 2




