2017年にはじまり、今年で9回目を迎えた日本最大級のデザインとアートのイベント「DESIGNART TOKYO(以下、デザイナート)」。今年は10月31日から11月9日までの10日間にわたり開催され、渋谷、表参道、銀座など都内の91カ所の会場で展示がおこなわれた。今年のテーマは「Brave ~本能美の追求~」。時代の転換期に求められる「本能美」を追求した作品が集結した。
「UNDER30」をはじめとする若手デザイナーたちの作品から、海外のデザイナー、新ブランドのショールームまで、多彩な作品がそろったデザイナート。今回は編集部が選んだ作品たちを紹介する。
DESIGNARTの中心地「DESIGNART GALLERY」が誕生
今年は、渋谷PARCO近くにあるビルがオフィシャルエキシビション「DESIGNART GALLERY」として誕生。株式会社LIXILなどの企業から、ミラノデザインウィークのサテリテで受賞したSUPER RAT、Luis Marieなど33組による注目の出展者の体験型展示がそろった。

DESIGNART GALLERYで開催された、LIXILによるインスタレーション展示「無為に斑 – 空間構成要素の再構築 -」

「THE LIONS」は、建築家の永山祐子と共に開発した、天井のレールに沿って自由に動かせる可動式の壁「Relation Wall」を披露
■Roee Ben Yehuda/革継ぎ
イスラエル出身で、現在日本で活動をするRoee Ben Yehudaは、セラミック、木材、レザーを扱うクラフトデザイナー/アーティスト。今回は日本の伝統技法「金継ぎ」にインパイアされた、「革継ぎ」を展示した。

Kawatsugi – Roee Ben Yehuda
漆ではなく革で陶器をつなぎ合わせている。本来は割れてしまった陶器を繋ぎ、元に戻すために生まれた「金継ぎ」だが、修復前以上の魅力が生まれることに着目し、誕生した作品と言えるだろう。陶器とレザーという異なる素材同士の融合が面白く、クラフトへの関心が高まるいま、新たな可能性を示唆する作品のひとつとなった。
■Gala Espel/Semis
パリと東京を拠点に活動するデザイナーのガラ・エスペルは、「シードペーパー」と呼ばれる紙でできた新作のオブジェ「Semis」を発表。同ペーパーは植物の種子を含んだ平たい紙で、ユーザー自身が紙を折り紙のように折ることで立体的な構造物をつくり、そこに水を与えると植物が発芽するというものだ。

©2025 Gala Espel
今回使われているシードペーパーは、そのまま土に植えても土に還るもので、分解性や種の育成などが考慮され特別に開発された。建築模型のようなこのオブジェは、植物が芽吹き成長していくと、そのかたちは崩れ消えてしまう。モノの「はかなさ」と、かたちをつくり出すデザイン自体を問いかけるような作品だ。
若手デザイナーたちの躍進
■Cosentino×James Kaoru Bury/PIECE OF REST
プロダクトデザイナーのJames Kaoru Buryは、スペインの建材メーカーCosentinoのショールームで廃材を活用し、「安らぎ」をテーマにインスタレーションを展開した。Cosentinoでは高性能な大判セラミックタイル、クォーツストーン、天然石などを取り扱い、キッチン、バスルーム、床、内装外装材などを世界114カ国以上で提供している。
廃材といっても、その大きさに驚いた。キッチンカウンターなどをつくる際には、3mを超える板状の石材から切り出されるのだが、原版とほとんど変わらないサイズでも廃材になることも珍しくないという。
「水盤SATSUKI」は、大きな1枚の石板に水が張られた作品。「ただ眺めるための情緒的な洗面台があってもいいのではないか」という発想から生まれた。照明の光と水面の波、石そのものの美しさが際立つ作品だった。

Photo:Rei Kasai
さらに同会場に置かれた「OKUMI」は、天然石の板を重ねて構成したスツール。着物の前身頃が合う部分についている半幅の布「衽(おくみ)」が名前の由来で、着物がもつ左右非対称の美意識から発想を得ている。異なる模様の素材を組み合わせたものもあり、シンプルなひし形の造形が美しい作品だ。

Photo:Rei Kasai
■Nomadic/PACKING FOR THE METHOD
笠松祥平、品川及、前田怜右馬、福島拓真によって2023年に結成されたデザインコレクティブ「Nomadic」。今回は3回目となる出展で、梱包に焦点をあてた展示「PACKING FOR THE METHOD」を開催した。

写真提供:Nomadic
彼らが考案したのは、グリッド状の切り込みを施したシート状の段ボールで、さまざまな形態やサイズのものを柔軟に“包む”ことができる梱包材だ。

写真提供:Nomadic
会場では、笠松、品川、福島の作品が段ボールの上に置かれた状態で展示されており、中央のスペースでは、梱包材によって作品がまさに梱包中の様子となっていた。実際に彼らの作品はこの梱包材で包まれて輸送されており、開封前のそのままのかたちで展示されているものもあった。
デザイナーは作品を輸送する機会が多い。しかし、ネットショッピングの機会が増え、さらにフリマサイトでは一般の人でも梱包し、発送するという機会が増えた。箱型ではない新しい梱包のかたちは、包むことや運ぶことの根源に立ち返り、幅広い層に訴えかける作品だった。
■TORQ DESIGN/Pyro PLA Project
デザイナートのプログラム「UNDER 30」では、国内外の応募者の中から30歳以下のデザイナー5組を発起人らが選出し、無償で展示できる機会を提供している。この「UNDER 30」に選ばれた1組、TORQ DESIGNの作品に注目したい。

写真提供:TORQ DESIGN
神戸芸術工科大学在学中に、末瀬篤人、川島凜、伊藤陽介の3人で設立。彼らは大学内に3Dプリンターがあった「3Dプリンターネイティブ」とも言える世代だ。今回展示した作品は3Dプリンターで作成したフラワーベースやトレーなどのインテリアオブジェクトで、プラスチックを出力した後に「炙る」工程を加えることで、陶器の釉薬のように1点ずつ異なる表情を生み出している。

写真提供:TORQ DESIGN
ここ数年で3Dプリンターの作品は増えたが、その表現は似たりよったりで、サステイナブルの側面での新しさしかない印象だった。彼らは、同じものを正確に、大量につくることが得意な3Dプリンターに、人の手で炙るというひと手間を加えた。そうすることで、作品に個性や「手作り感」という真逆の魅力が生まれた点が興味深い。
すでに伝統工芸品には機械の工程がある。数十年後には3Dプリンタ―の伝統工芸品が生まれるかもしれない。
■Atelier matic(外山翔)/FONTE
オリジナルのテラゾー(人造石)をはじめとするプロダクト、アートピースを展開するAtelier maticの外山翔。空間デザイン・ディスプレイをおこなう白水社のオフィス内のギャラリーで個展を開催した。

Photo:土田凌
テーマは「自然と人工の対比」。会場には、アクリルにアンティークマーケットなどで集めたパーツや香水などを閉じ込めた作品、ガラス繊維でできたランプシェードなどが並んだ。店舗設計も手がける外山らしく、今回は作品を飾る什器や空間全体もつくり上げていた。

Photo:土田凌
これまでテラゾーなどで素材を「閉じ込める」手法をしてきた外山に、新たな一面をもたらした印象を与えたのが、ガラス繊維を固めてつくったランプシェードだ。照明の明るさによって、内側と外側で異なる表情を見せ、柔らかな光をつくりだす。複数並べることで空間を演出していたことも印象深かった。
新たなフェーズを提示したブランドたち
■NII/THE STAGE by NII
オフィス家具メーカー、ITOKIのショールーム、ラボである「ITOKI DESIGN HOUSE AOYAMA」が、DESIGNART TOKYOに合わせて青山一丁目にオープンした。ここには、今年6月に誕生した新ブランド「NII」の家具たちが並ぶ。

Photo : Ooki Jingu
ミケーレ・デ・ルッキ率いるAMDL CIRCLEをはじめとする海外のデザイナーを起用したソファ、テーブルなどで、どこでも仕事ができるようになったいま、改めてオフィスの価値やそこでのクリエイションを高めるような家具を展開している。
今回は「THE STAGE by NII 働く人が躍動する舞台」と題し、クリエイティブユニットSPREADが会場構成を手がけた。鏡と黒のストライプが床や天井に拡張した空間に、カラフルなNIIの家具が並ぶ。オフィスの枠を超え、働くことがエンターテインメントになる “舞台”を、空間で提示していた。

Photo : Ooki Jingu
■tempo/new mobile collection
今年はじめてデザイナートに出展した「tempo」。2013年に誕生し、デザイナー、建築家とコラボレーションしたモビールを栃木県足利市の工房で製造・販売している。職人の手作業で一つひとつ組み上げられる繊細なモビールは、天井からぶら下げたり、置いたりできるものだ。
今回は日比谷OKUROJI会場で、ドリルデザインによる新作のモビール「cloud」と、建築家YANG HEN CHENデザインによる「wave motion」を発表した。「cloud」は、天井からぶら下がった緩やかな曲線を描くモビールが揺れ、壁に映し出す影も美しかった。

「wave motion」は、少しの風でも針がユラユラと揺れ、まるで虫の脚のような動きがユニーク。天井からぶら下げることが多いモビールだが、壁付けできる仕様になっていたのも面白い。空間に軽やかさと遊び心を与えてくれる。

■TOYOTA 構造デザインスタジオ/クルマの記憶Ⅱ:素材の変容と情景
トヨタ構造デザインスタジオは、昨年に引き続き車のリサイクルに焦点をあてた展示を開催。会場のデザインはTAKT PROJECTの吉泉聡が担当した。

地下の展示の様子(Photo:TOYOTA 構造デザインスタジオ)
一般的に車はプラスチック、ガラス、鉄、金などさまざまな素材からつくられるが、再生工場に持ち込まれるのは1,000台生産したうちの1台の確率だという。そんな現状を伝える展示で、地下には昨年展示した廃ガラスを中心としたインスタレーション、1階には車1台をつくるのに必要な地球資源の量などをビジュアルや実際の廃材、オブジェやアート作品で表現していた。
車の製造に使われる素材を用いたモビールのデザインが秀逸だ。鉄、アルミ、金、銅などの原料と、加工後のパーツが棒の両端にぶら下がり水平を保っている。加工後に軽くなったものほどモビールの中心軸から離れた場所に吊るされ、水平を保つことができるというものだ。車がいかに地球資源に頼り、製造されているかが視覚的にわかる。メーカー自らがその事実をありのまま伝えるという、考えさせられる展示だった。

1階の展示の様子(写真提供:TAKT PROJECT)
91会場にわたり、のべ約25万人が来場したという今回の「DESIGNART TOKYO 2025」。次回は、記念すべき10回目の開催を迎え、さらなる飛躍の年を迎えることになりそうだ。
取材・執筆:井上倫子 編集:石田織座(JDN)




