芸術のふるさとへの原点回帰、蔡國強による7年ぶり日本個展「帰去来」

「壁撞き」2006.ドイツ銀行蔵「壁撞き」2006.ドイツ銀行蔵

「現代美術界のスーパースター、横浜へ」、横浜美術館で開催中の蔡國強(ツァイ・グオチャン)氏の日本国内では7年ぶりの大規模な個展「蔡國強展:帰去来」のキャッチコピーだ。実際、いまもっとも注目を集め、そして多くの人を巻き込む現代美術家であることは間違いないだろう。蔡氏は上海で舞台美術を学んだ後、1986年末から9年近く日本に滞在、火薬を爆発させて描く絵画で国内外から注目を集めるようになる。1995年からニューヨークを拠点に移し、数多くの回顧展や個展、大型プロジェクトなど、世界を舞台に創作活躍を続けている。2008年の北京オリンピックでは開会式・閉会式で視覚特効芸術監督をつとめ、花火の演出で世界的な注目を集めたことは記憶に新しい。

蔡國強氏(7月10日に行われた展覧会の開幕記者会見にて)

蔡國強氏(7月10日に行われた展覧会の開幕記者会見にて)

中国の詩人・陶淵明の「帰去来辞」に由来する本展覧会のタイトルは、英題(There and back Again )からもわかるように、作家としてのキャリアを形成した日本への帰還、そして作家としての原点回帰を意味する。蔡氏いわく「一人の学徒の芸術上の帰郷であり、また当時の純粋な気持ちを取り戻し、原点に遡りたいという願いも込めた」。芸術の「ふるさと」日本で行われる、記念碑的な個展といえる。

夜桜

「夜桜」2015.作家蔵

「夜桜」2015.作家蔵

会場に入るとまず目に飛び込んでくるのが、蔡氏がこれまで手がけた火薬による平面作品では過去最大サイズの「夜桜」。横浜美術館のグランドギャラリー(エントランス)で制作された、縦8m×横24mの和紙に描かれた大作だ。大輪の夜桜の間から、鋭い眼光でミミズクが睨みをきかす。学生や市民ボランティアとつくりあげた本作品、火薬と鶏冠石の粉末を混ぜ合わせることによって、淡く黄色がかった色合いになるという。そもそも、美術館内で火薬を爆発させること自体が前代未聞だが、その大胆な制作方法とは裏腹に繊細な濃淡から生まれる生命力はさながら水墨画のようだ。

人生四季

「人生四季」より「春」「夏」2015.作家蔵

「人生四季」より「春」「夏」2015.作家蔵

「人生四季」より「秋」2015.作家蔵

「人生四季」より「秋」2015.作家蔵

巨大な4面のカンヴァスに、四季折々の草花、鳥、そしてまぐわう男女の姿が火薬で描かれた「人生四季」。江戸時代後期に活躍した絵師・月岡雪鼎の春画「四季画巻」に着想を得た本作、これまではモノトーンだった蔡氏の火薬作品に、豊かな色彩が新たに採り入れられている。春の桜、夏の菖蒲、秋の菊とススキ、冬の水仙と梅、人と自然の巡りゆく生命、そして死生観が表現されている。

春夏秋冬

「春夏秋冬」より「冬」2014.作家蔵

「春夏秋冬」より「冬」2014.作家蔵

蔡氏の故郷である福建省泉州市は、古くから中国から白磁の産地として有名で、欧米では「Blanc de Chine」と呼ばれ珍重されてきた。今回、伝統技術を継承する職人とのコラボレーションで、白磁の花鳥画「春夏秋冬」を制作した。60枚(×4種)の白磁板で構成されたパネルに、牡丹(春)、蓮(夏)、菊(秋)、梅(冬)を中心に、小さな生き物など、薄い磁土を重ねて繊細に造形。焼成されたレリーフに、火薬を撒いて爆発させて陰影を施した。自然の循環を促す大気の動きを表現したとのことだが、先の「人生四季」の鮮やかな色彩と異なり、モノクロームで表現された世界観は季節の終わり(季節の死)を見ているような気持ちにさせられる。

壁撞き

「壁撞き」2006.ドイツ銀行蔵

「壁撞き」2006.ドイツ銀行蔵

メインビジュアルにも使用されている、視覚的インパクトがとても強い「壁撞き」は、2006年に現在は閉館したグッゲンハイム美術館での蔡氏の個展「ヘッド・オン」で展示されたものだ。全長40メートルの部屋いっぱいに展示された、99匹のリアルな狼のフィギュアが群れをなしてガラスの壁へ突入、あえなくガラスの壁に当たって落下するけれど、立ち上がって再び群れの後ろについて挑みかかる……なんて健気で涙ぐましいのだろうと思わされるのと同時に、この終わらない循環構造は一体何を意味するのだろうかと考えさせられる。

「壁撞き」2006.ドイツ銀行蔵

「壁撞き」2006.ドイツ銀行蔵

ベルリンの壁とほぼ同じ高さにつくられたガラスの壁。かつて街を東西に分断していた壁がなくなり、ドイツ再統一する過程で東と西の人々の間には見えない壁があることが明らかとなった。狼たちが立ち向かう透明なガラスの壁は、まるで人々が生きる社会の「見えざる壁」を象徴するようだ。また、中国の道教で永遠に循環することを意味する数字「99」、「見えざる壁」に挑み続ける99匹のオオカミの姿は、世界(=異なる文化圏)を舞台に独自の表現方法で格闘してきた蔡氏の姿勢の現れのようにも感じる。

「蔡國強展:帰去来」2015.東京藝術大学桂英史研究室|geidaiRAMにより製作された展覧会ドキュメント映像

「蔡國強展:帰去来」2015.東京藝術大学桂英史研究室|geidaiRAMにより製作された展覧会ドキュメント映像

蔡氏のキャリアにとってターニングポイントとなりそうな本展覧会。日本の四季の草花や、中国の白磁といった、ともすればベタになりそうなモチーフを炎と爆発のエネルギーで呑み込み、「火薬ドローイング」をより絵画的に高めた新境地の「火薬絵画」をお見逃しなく。

蔡國強展:帰去来
http://yokohama.art.museum/special/2015/caiguoqiang/index.html