今回は、1950年に創業し、美術品やワイン、貴重品など特別なものの保管を長年手がけてきた寺田倉庫株式会社。近年は倉庫事業のみならず、本社のある天王洲の街づくりやアート事業にも携わっている。
温度や湿度、セキュリティなどのシビアな環境が求められる倉庫という特殊な空間の設計では、どのようにVectorworksを活用しているのだろうか?同社の設計やデザインを担うプロパティマネジメントグループの桐田麻唯香さん、古賀友子さん、西谷七奈子さんの3名にお話をうかがった。
倉庫事業だけに留まらない、寺田倉庫の魅力
まずは3人のこれまでの経歴と、寺田倉庫の魅力についてうかがった。
西谷七奈子さん(以下、西谷):私は大学で住環境学を学び、その後、飲食店を運営する会社に入社しました。最初は飲食のスタッフとして働き、その後店舗開発の部署でレイアウトや、施工会社との工事の調整などを担当していました。
知り合いが寺田倉庫に勤務していて声をかけてもらったのをきっかけに、2016年に入社しました。寺田倉庫は若手社員でも裁量があり、チャレンジできるところが魅力に感じています。私は改修工事や修繕の設計に携わったり、デザイナーと一緒にプランを考えたりすることもあります。

西谷七奈子 寺田倉庫株式会社 プロパティマネジメントグループ コンストラクションマネジメントチーム。オフィスやトランクルーム等の各種修繕・改修工事、コスト管理を担当
桐田麻唯香さん(以下、桐田):私は美術大学の建築学科を卒業後、ディスプレイ業界で商業空間の設計から施工管理までを一貫してディレクションする会社で数年間働いた後、2020年に寺田倉庫に入社しました。現在は空間デザイナーとして働いています。
プライベートで茶道を学んだ経験から、「あるものを生かして空間に華を添える」という「見立てる」文化が好きです。倉庫空間は、保管されているものこそが主役で、我々はそれを引き立たせるのが役割です。そんな価値観に惹かれて入社しました。

桐田麻唯香 寺田倉庫株式会社 プロパティマネジメントグループ コンストラクションマネジメントチーム。ハードウェアデザインの監修とともに、倉庫や各施設の空間におけるブランド価値の向上を目指したデザインディレクションを担当
古賀友子さん(以下、古賀):私も学生時代に建築を学んでいました。その後、1社目では事業者の立場で空港施設の設計、工事を発注していました。寺田倉庫では施設開発でのプロジェクトマネジメントの仕事をしています。
私は天王洲の街が好きで、それをつくってきたのが寺田倉庫であると知り、入社しました。倉庫会社でありながら、アートや街づくりなどのクリエイティブな分野にも取り組んでいることが魅力ですね。

古賀友子 寺田倉庫株式会社 プロパティマネジメントグループ コンストラクションマネジメントチーム。保管庫から商業施設、アート施設まで幅広い施設のプロジェクトマネジメントを担当
大切なものを保管する場所こそ、デザインを大切に
倉庫空間には、ほかの商業空間とは違った設計のポイントがありそうだ。まず事例としてお話をうかがったのは、現在、寺田倉庫で力を入れているトランクルームの店舗の事例だ。
西谷:今回紹介するのは、「TERRADAトランクルーム羽沢横浜国大」という店舗です。テナント貸ししていた3層の倉庫を改修工事した、少し大きめのトランクルームです。この店舗は天高があり、かつ奥行きがある形状で必然的に長い廊下が生まれてしまうため、ここを居心地が悪く感じないようにすることが課題でした。

2024年に横浜エリアにオープンした「TERRADAトランクルーム 羽沢横浜国大」のエントランス。家具やオフィス用品などもまとめて収納できる2~4畳以上の部屋を取りそろえられている
西谷:課題を解決するために空間の特性を生かし、視認性と印象性を高める設計を心がけました。まず、誰もが通るエントランスはウェルカムスペースとしています。ここで特に力を入れたのが柱の意匠です。
柱と天井をどう繋げるかをデザイナーと検討し、床から花が咲くようなイメージで、伸びていく4本の枝の長さを少しずつ変えました。

柱を検討する際もVectorworksを使用。視覚的にわかりやすい資料として活躍
西谷:また、お客さまが自分の部屋がわからなくて迷子にならないよう、階ごとに床や廊下の突きあたり(どんつき)の色を変えることで、いまどこにいるのかがわかるようにしています。廊下の突きあたりは、エレベーターから1番最初に見える場所になるので。
場所によりいろんなタイプのトランクルームがあるのですが、トランクルームの特徴として長い廊下の両側にロッカーを配置して、その廊下の突きあたりにどんな色や意匠を施すかはどの拠点でもこだわっている部分です。お客さまが受け取る印象も考慮しながら色を決めています。

「どんつき」と呼ばれる廊下の突きあたり。「TERRADAトランクルーム羽沢横浜国大」では、全体の統一感を意識した配色に
西谷:「TERRADAトランクルーム 羽沢横浜国大」では、エントランスホールとエレベーター、トランクルーム、通路と天井など、統一性のある色味を使っています。「TERRADA Gray」と呼ばれる寺田倉庫独特のグレーを使いながら、グリーンを差し色に配色しました。少しでもお客さまのお気に入りのスペースになってほしいと考え、設計しました。
単に預けるだけでなく、自分の大切で特別なものに会いに行くような空間になっている同施設。落ち着いた色味で統一しているのも印象的だ。
また、一般的な商業施設では改修のサイクルが早く、メンテナンスのことは二の次になりがちだが、倉庫空間はメンテナンスのことを第一に考えているという。そこでは、お客さまの荷物を安全に預かるための照明計画や空調も必要になってくる。
西谷:ここはシンプルな長方形の平面ではなかったので、四角いトランクルームの部屋を割り当てるのには苦労しました。
空調はメンテナンス性も考慮し、バランスの良い配置を設備担当と検討します。照明は人感センサーで制御していて、必要なところだけ照らされるようになっています。部屋それぞれについているわけではないので、空調同様に配灯のバランスと各部屋の明るさを考慮しながら照明の位置を電気担当と考えています。
トランクルームにはバイクを置ける部屋をはじめ、さまざまなサイズが用意されている。部屋の大きさは全店舗共通の大きさなのだろうか?
西谷:実は決まっていないんです。敷地の形と大きさ、さらに地域住民はファミリー層が多いのか、単身者が多いのかなど利用者のユーザー層を考慮して決まります。
部屋の割り当ては何度も部署を超えてやり取りすることもあるので、社内の連携はすごく重要です。担当事業部がPowerPointでつくった平面図から、私たちがVectorworksを使って割り当てていくのですが、きちんと図面にしていくと、見えていなかった未利用の部分も明確になってきます。
また、さまざまなバリエーションで部屋の割り当てを考えていくので、平面だけでなく、立体でも平米数が拾い出せるのは、効率面でとても便利だと思います。

床材を検討する際に作成した床伏図
閉じると開くのバランスを考慮した、クリエイティブな空間
次に桐田さんが話をしてくれたのは、2024年にオープンした寺田倉庫として京都初となるアート複合施設の事例だ。京都駅近くに、レンタルアトリエ「TERRADA ART STUDIO 京都」と美術品保管庫「TERRADA ART STORAGE 京都」をオープンした。約800m2の空間に、作品を生み出すアトリエと保管という両軸に取り組んだ事例だ。

「TERRADA ART STUDIO 京都」のイメージ画像。アーティストの創作活動の拠点として使用できる、全31室の作品制作スタジオが配されている
桐田:Vectorworksは多くのCADと互換性があるので、今回の事例では、建築の竣工図をVectorworksに取り込み、C工事のレイアウトや空間デザインを描いていきました。私はデザインのイメージや空間特性がわかりやすいよう、あえて図面にマテリアルや、色をつけてイメージがつきやすい図面を描くようにしているので、そのような作業をしやすいのもVectorworksの特徴です。直感的に色を変えられ、どこにどういう材質や素材を検討しているのかがわかりやすくなります。
ほかにも、「シートレイヤビューポート機能」で、断面図と詳細図など、縮尺の異なる図面を一緒に表示できるのもすごく便利です。

「シートレイヤビューポート機能」を使用して制作した図面。同じシートレイヤ内で異なる縮尺や視点の図面を描くことができる
機能の中でも、特に桐田さんが気に入っているのがテクスチャを自分でつくり、図面を描く延長で3Dを使って検討できるところだという。
桐田:入居アーティストやコレクター、アートファンが交流できるイベントスペースを併設しているのが「TERRADA ART STUDIO 京都」の特徴です。交流ができる一方で、アトリエにこもって作業したいアーティストもいます。計画の際に、扉がある部屋とない部屋の割合を考え、「どう開いていくか」の検討が重要でした。
例えば、扉の仕様の検討段階で、扉をポリカーボネートにすることで、見えないけれど気配を感じさせることもできると考え、そのバランスをVectorworksの「レンダリング機能(Renderworks)」を使って検討しました。図面に馴染みのない事業部やクライアントにも、明確なイメージをその場で伝えることができるので、「レンダリング機能」を使用したイメージパースは打ち合わせの際に重宝しました。
2Dで考えるとどうしても見えてこない部分を3Dにすることで、「ここは透けさせた方がいい」や「壁をつけた方がいいな」と、模型をつくらずとも検証できるのが助かっています。

扉を付ける割合を「レンダリング機能」にて3Dで検証。打ち合わせの際に、視覚的にわかりやくプレゼンテーションをおこなえる
桐田:「レンダリング機能」は、カスタム設定でレンダリング品質を選ぶことができ、いろんなモードがあるので、それによってレンダリングの速度を変えることができます。少し確認したいと思った時は、時間がかからない線画やソリッドレンダリングを使用しています。プレゼンの資料などでは仕上げレンダリングを使用し、クライアントにも伝わるイメージパースで描き出しています。
打ち合わせの場でもモードによって短時間で3Dが立ち上がるのもVectorworksの特徴だ。ほかにも桐田さんならではの視点もある。
桐田:実際に使うアーティストたちがこの場所をつくっていくことも大切だと思っているので、空間デザインをつくりすぎないようにもしています。つくり込んでしまうと、「汚して大丈夫かな……」と、気にされることもあるかと思うので。
我々はアーティストが色を付け足す前の、最小限の空間をつくることを意識しました。アトリエは、木毛セメント板という木くずをコンクリートで固めて不燃材料としている材料を使用しました。かなり硬い素材で、そのまま作品を掛ける下地材として機能します。この材料は白塗装すると表情が変わり、テクスチャも表現されるのが特徴です。
一方の美術品保管庫「TERRADA ART STORAGE 京都」の保管スペースには、作品のサイズに応じて選べる3種類のロッカータイプが用意されている。

「TERRADA ART STORAGE 京都」内観。美術品に適した温度20℃±5℃および湿度50%±10%の保管環境を提供
桐田:「TERRADA ART STORAGE 京都」は、ロッカータイプの保管庫です。カラーリングは京都の鳥居を彷彿とさせる赤色にして、ほかの拠点にはない新しいブランドとして確立させました。
また、ここで使用されるロッカーは既製のものではなく、この空間に合わせて設計しました。協力会社と一緒に、キャンパスの収容効率やユーザビリティなど、使い勝手を考慮しながら制作しました。

ロッカー制作時の資料
桐田:設計する時は寸法の詳細を厳しめに、小数点以下3ぐらいまで表示させ、ズレのないように図面を描いています。正確な図面でなければ、現場で納まらないということがあるので、施工でのズレを減らすためにも図面の正確さは大切です。
もちろん提出する図面は小数点以下の寸法にならないように仕上げますが、精度の高い図面が描けるVectorworksはすごくありがたいですね。
- 1
- 2