空間の骨格となった「下がり天井の軒」
――みなさんの新オフィスのお気に入りの場所を教えてください。
吉里:私が気に入ってるところは、共創エリアと執務エリアをつなぎ、オフィスを横断する軒(のき)です。ここは、さきほどお話した「骨格」を具現化する意味でも、この空間の中で一番大事にしたところです。

共創エリア
吉里:実は、最初から狙ってやったわけじゃなくて、区画の条件として排気ダクトを通すため、天井が下がっていたんです。それは、この空間の中で悪材料のひとつだったんですが、今回はその部分をあえて活かし、エリアを横断してズドーンと奥までつなげることにしたんです。
庭野:オフィスデザインでは共有スペースだけをデザインして終わり、という場合がよくありますが、ここでは、軒を奥まで通して全体としてデザインしている。その持っていき方、見せ方がすごくカッコいいですよね。
あと、どうしても共創エリアと執務エリアに仕切りは必要なんですけど、それをガラスサッシにしたのもよかったですよね。執務エリアからは共創エリアの様子が、共創エリアからは執務エリアの様子が見えて、「今日は○○さんがいるな」とわかる。あえて透明にすることによって、仕切られてはいるけど間接照明や壁面の素材で一体感を感じられます。
吉里:執務エリアでPC作業をしていると、誰が来ているかなんてわからないじゃないですか。それが移動した時に「あ!」となって、そこから話がはじまる。そんないい効果を生んでいると思います。

執務エリアからの様子
オフィスを彩る、職人たちの手仕事と技術力
大石:私が気に入っているのは、「版築」という、土を一層ずつ塗り重ねた古代建築技術で壁をつくった会議室です。協力会社との打ち合わせなどに使う、会社の顔となる会議室なんですが、外からも版築の壁が見えるのが素敵だなと思っています。

建築技術「版築」でつくられた壁面
大石:あとすごく好きなのが、共創エリアのソファーの生地です。実は私が選んだ生地で、輸入品のため、納期もコストもかかり悩んだんですが、1/1のモックアップをつくり、最後はみんなで決めました。ライトグレーの生地が角度を変えると光っているように見えるんです。
庭野:共創エリアの通りに面した、上部がゆるいアーチ型のガラス窓もいいですよね。最初は、窓際にハイカウンターを置いて、お茶を飲めるようにしようという案もあったんだけど、それをなくしたことで、内と外のつながりができました。
お客さんがくると、窓際のベンチで待つことになるんですが、アーチ型のガラスと、その向こうの景色がつくる雰囲気がすごくいいなと思います。オフィスにいながら、浅草通りを眺めることもできます。

共創エリアの入り口から全体に広がり、外とのつながりを生み出す窓
――「ここに丹青TDCの技術力が光ってる!」というポイントがあれば教えてください。
大石:それはもう、共創カウンターですね。

協力会社との共創で生まれたカウンター
吉里:共創エリアの中心に、仕事や休憩もできる大きな木のカウンターをつくったのですが、この側面の曲線はここだけのものだと思います。30mmの板材を何十層にも重ねて、5軸ルーターという機械で削り出し、また重ねて削るという作業を繰り返して制作しています。

共創カウンター制作過程
吉里:これはデザインが最初にあったわけではなくて、5軸ルーターという自由な曲線をつくれる新しい機械があると聞いて、その技術で何ができるだろうかと手描きでスケッチして提案しました。
知識やアイデアが自然と行き交う、やわらかで開かれた雰囲気が演出できればと思ったんです。図面を描かずに、スケッチと3Dデータをお渡しして制作してもらいました。
庭野:木工屋さんでも、機械と技術力がなければつくれないものです。今回は協力会社さんが「やったことないけど、やってみたい」と手を挙げてくれて実現しました。
そういう意味では、エントランスの壁の左官技術もすごいですよね。あれは、1回左官で塗ったものを全部かき落として格子の細いラインをつくる、ものすごく手間のかかった職人技なんです。とても難しい技術ですが、このエントランスの壁に関しても丹青TDCのオフィスということですぐに手を挙げてくれて、左官職人の方は実現するために何度も検討を重ねてくれました。
これらは木工屋さんや左官屋さんと長年関係性をつくってきた、丹青TDCだからできた仕事だと思っています。

左官技術が光るエントランスの壁面
交流と会話から「挑戦」が生まれる共創空間
――新オフィスの反響はいかがですか。
庭野:社員からも「良くなった」という声が多く、おおむね好評です。ただ今回、あえて共創エリアを広くして、執務エリアを狭くしたんです。仕事柄、全員が集まることはまずないので、席数を在籍人数より少なめにしたところ、「もっと席数を増やしてほしかった」という意見が出てきました。
大石:当初、見込んでいた数字より、出社率が増えたように思います。みんな会社に来るようになって、席数が足りなくなっているのかなと。

執務エリア
庭野:出社率は増えましたよね。新オフィスは稲荷町駅の出口からすぐのところにあり、駅から近くなったというのもあると思います。
大石:フリーアドレスになって、他部署の方とコミケーションを取る機会も増えました。全然違う業務をしている方でも、席が隣になったのをきっかけに話をするようになったということもあります。
吉里:こうした感想は、なかなか聞く機会がないから面白いですね。「そうなんだ」と思うことばかりです。いい意見も悪い意見も含めて、もっといろいろ聞いてみたい。
特に共創エリアについては、これからも実際に運営していく人たちの意見やアイデアで改善が必要になっていくと思うので、そうした未来に向けての改善もできれば一緒にやりたいですね。
――「共創」をテーマとした空間づくりの効果は、どのように感じていらっしゃいますか?
庭野:グループ会社や協力会社との距離感をここでもう一度取り戻し、みんなで集まれて、話を活発にできる空間を求めていたので、それが実現できたのはすごく良かったと思います。
大石:これからは関連会社だけでなく、社員同士の交流の場にもなってほしいなと思っています。若手社員など次世代の人たちにとっても集まりやすい空間になれば、そこから新たなインスピレーションが生まれて、みんなで集まった時に「じゃあ次は、こういう挑戦をしてみよう」といった、将来に向けた話ができると思います。
あと、私は新卒採用も担当していますが、会社訪問の際に「共創エリアがすごく素敵です」と言ってくれる学生さんもたくさんいるんです。これから新入社員になってくれるような学生さんたちに向けても、「こういう会社で働いてみたい」と思える空間になるといいなと思っています。
吉里:採用はいま、私たちにとっても大きな課題で、最も時間やコストをかけるべきものだと考えています。なので、次世代の人に好感を持ってもらえる空間になれば、大きな価値になりますよね。
新しいオフィスを起点に、丹青TDCの技術力を発信
吉里:「共創」というテーマについては、ひとつヒントになった出来事がありました。施工ができた頃に、ここでお酒を飲みながら雑談するお披露目会のようなものを開いたんです。そのとき、プロジェクターを使ってゲームで遊びはじめた人がいたんですよ。それがすごく盛り上がって、上司部下の隔たりなく、みなさん普段の仕事では見せないような表情で楽しんでいました。
それを見ていて、みんな本当はそれぞれ個性や魅力を持っているんだけど、芝浦のときはなかなか表現できなかったんじゃないかと思ったんです。それがこの共創空間で実現できたことに、意味があるなと思いました。
吉里:いまは多くの企業が、従来のやり方に限界を感じ、「共創」といった言葉を使って新しいイノベーションを起こそうと模索しています。そういう、人と人との掛け合わせで新しいことにチャレンジするきっかけが、この空間には散りばめられているような気がします。
――このプロジェクトの経験から、ご自身のお仕事に活かせる気づきはありましたか。
吉里:たくさんありますね。特に、みんなの意見を集めて空間にしていくという新しい組み立て方は、とても勉強になりました。実務でもいろんな方と関わりましたが、みなさん本当にプロフェッショナルなんですよ。
実際、自分よりも庭野さんのほうがオフィスを立ち上げた経験が豊富なので、「あそこでこんなのあったよ」というヒントや資料をもらって、マテリアルを集めたりすることも多々ありました。あと、施工図を描いてくれた方もいたんですが、それがまた精度が高くて。ちょっと普通の施主じゃないです(笑)。
丹青TDCが持っている知識や技術力は、この業界の中でもトップレベルだと思います。本当にみなさん、知識があり、経験があり、実直なんですよね。まさに「一途」なんです。
庭野:丹青TDCにはいろんな技術者がいますが、共通するのは「一途に成し遂げようとする想い」だと思います。新しいブランドコンセプトはそれをストレートに伝え、優しさも感じる、大好きな言葉です。
これまで私たちは、業務の特性上もあり、自社のことを対外的にアピールする機会がなかなかありませんでした。でもこれからは、いままで丹青社グループの中でしか発揮できていなかった丹青TDCのいいところを、このオフィスを起点に外に向けて発信していきたい。そして新しい仕事で、私たちの知識と技術力を発揮できたらと思っています。
株式会社丹青TDC
https://www.tanseitdc.com/
株式会社cmyk
https://cmyk-jp.com/
取材・文:矢部智子 撮影:大隅智洋 編集:岩渕真理子(JDN)
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