築古不動産の価値を引き出し、百年使えるビルへ―リノベーションプロジェクト「R2」(1)

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築古不動産の価値を引き出し、百年使えるビルへ―リノベーションプロジェクト「R2」(1)

文化施設や商業施設などの空間づくりをおこなう丹青社が2020年にスタートさせた、築古不動産をリノベーションし、再活性化する新規事業「R2(Real-estate Revitalization/不動産再活性化)」(以下、R2)。「ビルを百年使う」をコンセプトに掲げる本プロジェクトは、築古化したビルに耐震補強や仕上げ・設備の更新などを施し、新築ビルと同等以上の機能を持つサステナブルなオフィスとして提供しています。

JDNでは第1弾の物件が竣工したばかりの2021年にもインタビュー取材を実施。今回は、R2プロジェクト室長の松本康靖さんとデザイナーとして同プロジェクトに参画する北村壽規さん、再生設計を担当した建築家の渡邉明弘さんの3名に、その後刷新されたプロジェクトの新コンセプトやバリューアップのポイント、今後の再生建築の在り方などについて語っていただきました。

ビルを百年使う―いまの時代にあわせた新コンセプト

――まずR2がスタートした経緯について改めて教えてください。

松本康靖さん(以下、松本):丹青社はこれまで内装事業をメインに展開してきましたが、さらなる発展に向けて数年前から新規事業の立ち上げに力を入れるようになりました。事業計画を立てていくなかで見えてきたのは、都心には老朽化した中小規模のビルがかなりたくさんあるということです。

松本康靖さん

松本康靖 株式会社丹青社 事業開発センター R2プロジェクト室 室長。2007年丹青社入社。制作職、プランニング職を経て、2017年より同センターにて新規事業開発を担当。2020年にR2プロジェクト室を立ち上げる

松本:その多くが適切に維持管理されておらず、建てられた当時のまま放置されている状況に強い課題意識を持ちました。そこで、これまで空間づくりを通じて顧客に価値を提供してきた我々なら、この状況を改善できるのではないかと考え、「R2」を立ち上げました。

――プロジェクト発足当初から掲げていたコンセプト「W2(Wellbeing Workplace)」を、昨年「ビルを百年使う」へ刷新した背景にはどのような理由があったのでしょうか?

松本:「W2(Wellbeing Workplace)」というコンセプトは、コロナ禍真っ只中だった当時、ウェルビーイングな働き方について問い直そうという時代の流れを踏まえて掲げたものです。しかし、ウェルビーイングな働き方を実現するには、空間の刷新だけでは限界があることも多く、具体的にどのような機能が「Wellbeing Workplace」なのか曖昧になっていました。

そこで新しいコンセプトへの刷新が必要だと考えるようになったんです。建築家の渡邉さんに声をかけたのは、新コンセプトがまだ決まっていないタイミングでした。

老朽化したビルには耐震性が低いものや、設備更新が全くされていないビルもあります。表層だけきれいにしても本質的な改善にはなりません。築古ビルをリノベーションするにあたっては、ビルの状態を適切に把握し改修計画を立てることが不可欠です。そこで再生設計の専門家である渡邉さんとともにビルの再生に乗り出しました。

渡邉明弘さん

渡邉明弘 建築家/株式会社渡邉明弘建築設計事務所 代表取締役。再生設計のパイオニアである青木茂氏に師事した後、既存ストックの再生に特化した渡邉明弘建築設計事務所を設立。R2には、再生設計の専門家として参画

渡邉明弘さん(以下、渡邉):古くなった建物を取り壊して新築を建てるのが建築業界のスタンダードな価値観であり、再生設計はまだまだマイナーな領域だと感じています。そんな中で丹青社さんのような大手企業がR2をはじめると聞いた時は、時代の節目を感じました。

ご一緒させていただいた「ウィンド小伝馬町ビル」は、耐震性能の見直しも含め、ビルの構造から改修しています。建物全体の価値や信頼性、街の中での役割も含めて補強していくというのは、本プロジェクトでははじめてだと聞いています。この成功体験から、丹青社さんの中に「ビルを百年使う」ことに対する自信が生まれたのではないかと個人的には思っています。

8階建て、中小規模のウィンド小伝馬町ビル外観

改修後のウィンド小伝馬町ビル

松本:おっしゃる通り、新コンセプトの「ビルを百年使う」は、渡邉さんと「ウィンド小伝馬町ビル」の改修に取り組んでいく中で確立していったような気がします。

ビルを長く使いつづけることはサステナブルの観点から時代のニーズにマッチしている上に、所有するビルの老朽化やそれに伴う収益低下などに困っているオーナーさんの助けにもなる。そう確信できたのは、「ウィンド小伝馬町ビル」がきっかけだと思います。そういった意味で「ビルを百年使う」は、いまの時代に受け入れられやすいコンセプトになっていると感じていますね。

多くのリスクを抱えるビルを、デザインと再生設計の力でバリューアップ

――本プロジェクトにとって大きなターニングポイントとなった「ウィンド小伝馬町ビル」について教えてください。

渡邉:「ウィンド小伝馬町ビル」は1972年に竣工し、大通りの角地という立地の良い物件です。しかし、当ビルには大きな問題が2つありました。1つは設備が竣工当時のままだったこと。特に電気設備の老朽化は深刻で、周辺一体を停電させる恐れさえあり大きなリスクとなっていました。

もう一つは、特定緊急輸送道路に面しているにも関わらず、耐震性が著しく低かったことです。特定緊急輸送道路は、災害時に自衛隊などの緊急車両が使用する都市の大動脈です。地震災害などでもしビルが崩壊し、道路をふさいでしまうと東京都全体の機能がストップしてしまいます。そのため、この物件は都市の防災機能を維持するうえでも耐震性を強化する必要がありました。

改修前のウィンド小伝馬町ビル

改修前のウィンド小伝馬町ビル

実はこうした物件は珍しくなく、個人のオーナーさんが管理している場合、金銭面や入居者との交渉面などさまざまなハードルによって問題を解決できずにいたりします。その点でも、大手企業が参入する意味はあると思いますね。

松本:このような状態のビルだと、取り壊して立て直したほうが効率的だと考えるのが一般的ですが、躯体自体はまだまだ使うことができます。どのように改修すればビルを使いつづけられるか、渡邉さんの力を借りながら工事の方針を固めていきました。

――改修にあたって、どのようなポイントが建物のバリューアップにつながりましたか?

北村壽規さん(以下、北村):一番大きなポイントは、開口を大きくしたことです。はじめて現地を訪れたとき、薄暗くて昭和の時代を彷彿とさせるオフィス環境という印象を受けました。その後、ミーティングを重ねるなかで、ちょうど道路に面する南東角の窓には補強を入れなくても構造上問題がないことがわかり、ここの開口を大きくすることを考えたんです。

当初はビルの外部に装飾的な意匠をつけていくことを考えていましたが、開口を大きくし、自然光を取り入れて室内を明るくしたほうが、気持ちよく過ごせるのではないかという空間デザイン的な観点でのアイデアでした。

北村壽規さん

北村壽規 株式会社丹青社 エリアデザイン局 デザイナー。2018年丹青社中途入社。普段は関西支店で文化施設や企業ミュージアムを中心に担当。前職で不動産のリノベーションに携わっていた経験から、デザイナーとしてR2に参画

北村:渡邉さんに相談すると、「開口を大きくとったほうが建物の自重が減って耐震性も高まる」と言っていただけて、デザインと補強プランがうまく噛み合ったんです。その結果、室内に日光が入る時間を40%増やすことができました。

渡邉:「足し算と引き算の耐震化」を実現できたと考えています。耐震性能を高める補強材であるブレースを入れたり1階には部分的に壁を増やすなどの足し算的な補強をおこないながら、開口を広げて建物を軽くする引き算的な耐震化です。両方を同時に叶えられたことで、より強い建物へと生まれ変わらせることができました。

ほかにも、古くなった設備を入れ替えることで建物上部を軽くしたことも「引き算」のひとつです。

改修前後のウィンド小伝馬町ビル外観

左が改修前のウィンド小伝馬町ビル、右が正面の開口部を広げた改修後のビル

渡邉:また、大きな開口は工事のしやすさにもつながっています。当ビルは交通量の多い大通りに面しているため、トラックを止められず、その上エレベーターも小さい。しかし、開口を大きくしたことで窓からブレースを搬入することができ、スムーズな工事が実現できました。

北村:開口のほかにも、より空間を広く感じてもらうため天井にスケルトンを採用したり、白を基調とした壁にしたりなど、気持ちも明るく過ごせるような空間デザインを試みました。見栄え以外では、水回りを広くしたり、トイレや打ち合わせスペースを増やしたりするなど使い勝手の面も改良しています。

私たちの業務では、普段は箱の中をどのようにデザインするか考えますが、今回の案件では箱自体をデザインの対象として捉えるという、いつもとはまったく異なる視点で向き合いました。躯体を生かす意匠デザインとは何か、耐震補強の観点でより良いデザインとは何か。R2を通じて再生設計の考え方に触れたことで、箱の中に収まっていた視野が一気に開けたような気がしています。

取材を受ける松本さん、北村さん、渡邉さん

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