多様化する現代に目を向けたお墓のあり方
井上城治さん(以下、井上):私たちが考えた「&(安堵)」は、2人で入るためのお墓です。家族である必要はなく、2人の関係性は問いません。「&(安堵)」が生まれた背景には、現代の多様化する社会のあり方が大きく関係しています。というのも、お墓を契約希望される方の相談にのる中で、「籍を入れられないからお墓に入れない」という相談がここ数年で増えたのです。
内縁関係をはじめ、高齢者の再婚、国籍や宗教の違い、LGBTの方。さまざまな事情で籍を入れられない2人が増えています。日本のお墓は家族間での継承を基本としているので、籍を入れていなければ入れないケースが多いです。そこで私たちは、いちばん大切なのは継承よりも「人を想う気持ち」、「お参りしたい気持ち」ではないかと考えました。こうした経緯から2人のためのお墓、「&(安堵)」が生まれました。さらに「&(安堵)」は證大寺が責任をもって管理しますので、継続の必要がなく維持管理の心配もいりません。
押尾章治さん(以下、押尾):核家族化してお墓が地方にあるなど、お墓を維持・継承できなくなっている無縁墓の問題もあります。それによりお墓のあり方が廃れていくのはもったいないですよね。井上住職のお話を聞くうちに、お参りの気持ちを維持するためにも家族墓に変わる新しい仕組みが必要だと感じました。もちろん家族墓も維持できれば素晴らしいものですが、なかなか難しくなっているので、それを補完する形で考えたのです。つまり2人のお墓「&(安堵)」は、人が血縁や地縁以外にも一緒に繋がれるかたちなのです。緑に囲まれた霊園の自然環境の中で、最終的に隣り合ったみんなでひとつの「風景」になる。血縁関係に代わる現代社会の中での、新しい人と人との繋がり方だと考えています。
時空を超えて想いが届く。「手紙参り」という発想
井上:そして、「&(安堵)」と切り離せないのが「手紙処」の存在です。「手紙処」は手紙を書くことに特化した空間です。ここで書く手紙は、生前から家族や友人に宛てて残しておく手紙です。手紙は手紙箱に入れてお寺で預かり、本人の亡き後に残された方々へ届けますが、それを受け取ったらぜひここで返事を書いてもらいたいのです。そして私たちが用意しているポストに投函していただく。お焚き上げすることで、私たちが浄土へ配達します。
実は、「手紙」というキーワードは私のなかにずっとありました。父の死後、私が寺の経営に行き詰まった時、ふと「霊園の本堂の上に手紙を託している」という父の言葉を思い出し見てみると、「證大寺の念仏の灯を絶やすな城治9歳」と書いてあったんです……。私がそれを見たのが30歳の時だったので、まさに時空を超えて届いた父からのラストメッセージでした。これが私の生きる力となったのです。
最近はメールでのやりとりが主流ですが、手紙を書くことは相手を想うだけでなく、自分と向き合い気持ちを整理することにも繋がります。こうした自身の経験から手紙の重要性を感じ、静かに、ゆっくり手紙を書く場所があればと考えていたのです。
押尾:住職から現代のお墓にまつわる問題点、さらに手紙の話をうかがって、これらをどう結び付け価値を構築していくかという点に2年費やしました。お墓自体や手紙を書くための施設デザインはもちろん、お参りや手紙を書くという「価値」を社会に打ち出すには、仕組みづくりやコンセプトの構築、発信の仕方なども大事な要素です。そこでグラフィックデザイナーの廣村正彰さん(廣村デザイン事務所)、コピーライターの三井浩さん(三井広告事務所)にも入っていただき、制作チームができ上がりました。
私たちが大切にしたのはお参りの一連の流れです。山門をくぐって「手紙処」にいたるまでに、6つの「手紙標(てがみしるべ)」を建てました。手紙標は、古の作家や科学者の方などが実際に家族や友人に宛てて書いた手紙を刻印した道標です。お参りに向かう道すがら、さまざまな著名人たちの機微に触れることで、こころの準備ができます。そして、「手紙処」で手紙をしたためる。気持ちを整えて、「&(安堵)」に行く。
井上:「お墓参り」の本来の意味は線香や花を上げることではなく、「故人と会って語り合うこと」です。そうしたお参りの価値を今一度現代に取り戻すための方法として、「手紙を書く」というお参りの在り方が定着することが私たちの願いです。
故人を想う気持ちに寄り添うデザイン
押尾:「手紙処」と「&(安堵)」は、それぞれ2017年のグッドデザイン賞と同金賞をいただき、さらに、ふたつを合わせた一連のコミュニケーションデザインとして、世界最大のデザイン賞のひとつであるドイツの「iF DESIGN AWARD」も受賞しました。新しいかたちのコミュニケーションとして、海外でも話題をまいています。
「&(安堵)」は新しい役割りのお墓としてデザインしています。従来の四角いお墓の形をやめたのです。触り心地も考えて白い円筒型の大理石とし、故人を思い浮かべやすい大きさで、触れたり抱きしめたりしやすいデザインとしました。さらにはゆっくりお参りができるように、自然の風景を壊さない、環境にも溶け込むデザインを考えました。「手紙処」については、木の香りを感じていただける落ち着いた空間を目指しました。建築は奈良の正倉院などと同じ、伝統的な校倉造でつくりました。正倉院が奈良時代の主要な宝物の収蔵庫であるように、大切な心のこもった手紙が保管される場所も同じようにつくりたいと考えたのです。
井上:「手紙処」はお参りしたい人を邪魔する空間にはしたくありませんでした。大切な人を亡くしてどこで泣いていいのかもわからない。そんな時にここを思い出して、手紙を書いても書かなくても、自分の居場所にしてもらえたらと思うのです。
押尾:ひと昔前の社会全体が右肩上がりだった時代には、個人ひとりひとりが何を考えているかなんてあまり問題にならなかった。ある意味、人間を単なる物量として捉えていた。何かをつくるにしても、最大公約数的に皆が使えるものをつくれば良かった。でも成長が終わり社会が停滞してくると、それではうまくいかないことが分かってきました。ひとの話をじっくり聞くとか、一緒に笑う、一緒に考えるなど、一人ひとりの心に細やかに寄り添うことが本当に必要とされてきたのだと。そうしたことを見据えて全体をデザインしていきました。
井上:また、今回は賞では触れていませんが、同苑の奥にある永代供養墓「浄縁墓(じょうえんぼ)」も、「&(安堵)」と「手紙処」のコンセプトと深く連携するものです。最大公約数としての共同墓地に同類化された永代供養墓ではなく、「ここを選んで良かった」と思ってもらえるオリジナルをつくりたかったので、デザインはイサム・ノグチ氏の制作のパートナーである石彫家の和泉正敏さんに依頼しました。触ると天然石ならではの温かみがあり、自然の中でゆったり故人の方と向き合いながらお参りできるはずです。
日本中、ひいては海を越えて手紙の価値を
井上:霊園を選ぶ時の基準に「駅から近くて便利」などいろいろあると思いますが、重要なのは少々遠くても、「お参りできる環境がどれだけ整っているか」ではないでしょうか。奥様を亡くして以来、「手紙処」に通われている方が、「妻が自分の居場所をつくってくれた」と言っていました。それは生前にこの場所を選んだ奥様の思いやりですし、これからは霊園や墓地が安らげる場所になっていくべきだと思っています。故人と会話することがお参りなのに、そのたびに寂しくなるのはおかしいじゃないですか。
まだ始めたばかりですが、いまは1日に1通くらいポストに手紙が入っています。コンセプトを理解してくれている方がいるのは嬉しいことです。
押尾:個人的には、霊園は遠くにあっていいものだと思っています。家を出た時からお参りの気持ちが始まり、車や電車で移動する間にも故人のことを考えますよね。お墓の前で手をあわせるために、自分の気持ちを整える時間にもなります。そこに手紙があると気持ちをより整理できる。そうしたプロセスのために時間を使うのも、いい選択だと思います。
井上:私たちは手紙を書くことでのお参りの価値を、日本中、最終的には国境を越えて世界に広めていければと考えています。賞はいただきましたが、私たちが広めたい「&(安堵)」や「手紙処」の価値を本当に理解してくれて、「これがあって良かった」と心から思っていただける方に、きちんと届けていけるといいですね。
押尾:本当に、世界中の人たちが手紙を書くことで祈りの気持ちを伝えられるような社会が実現できるといいなと思っています。手紙の価値が世界に行き渡るまで、我々のチームも継続していきます!
手紙寺 證大寺
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