『nihonbashi β』の次なる挑戦。日本橋の象徴「暖簾」のデザイン公募からはじまる、グラフィックデザインの新境地ー(1)

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『nihonbashi β』の次なる挑戦。日本橋の象徴「暖簾」のデザイン公募からはじまる、グラフィックデザインの新境地ー(1)
日本の道路の起点となる道路元標があり、さまざまな人、モノ、文化が行き交う日本の“はじまりの地”とも言える東京・日本橋と、若手クリエイターをつなげることをテーマに2018年に始動した『nihonbashi β』。その第1弾企画として昨年開催された『未来ののれん』プロジェクトでは、さまざまな職能を持つ若手クリエイターによって編成された4つのチームが、多彩なゲスト講師陣による講義やワークショップなどを経て日本橋の老舗店舗の暖簾(のれん)をリデザイン。日本橋各所で行われた『未来ののれん展』でお披露目されたインスタレーションは、大きな反響を呼んだ。

これを受け、プロジェクト2年目を迎える2019年には、今秋開催される『NIHONBASHI MEGURU FES』のメインコンテンツとして『めぐるのれん展』(9月27日~11月4日)が開催される。日本橋各企業の暖簾を多彩なクリエイターたちが制作・展示するとともに、一部の暖簾のデザインは一般から公募される予定だ。

本企画に先駆け、『nihonbashi β』 プロジェクトを推し進めているバスキュール・朴正義さんによる進行のもと、『NIHONBASHI MEGURU FES』のコンセプトデザインを担当する戸田宏一郎さんと、昨年の『nihonbashi β』に講師として関わってきた矢後直規さんのふたりに、老舗企業が多く集まる日本橋の象徴とも言える暖簾の表現媒体としての魅力や可能性、これからのグラフィックデザイナーに求められることなどについて語り合ってもらった。

矢後直規さん(左)、戸田宏一郎さん(中)、朴正義さんの画像

矢後直規さん(左)、戸田宏一郎さん(中)、朴正義さん

新旧のクリエーションが出会い、アップデートされ続ける街

朴正義さん(以下、朴):昨年の『未来ののれん展』はおかげさまで多くのメディアに取り上げられ、たくさんの方たちに来場していただくことができました。その反響を受け、2年目となる今年の『nihonbashi β』では、より多くのクリエイターや企業を巻き込み、暖簾をさらに大きなスケールで街に展開していくことをテーマに掲げています。具体的には、日本橋の各企業に期間限定の暖簾の制作をクリエイターに発注してもらうとともに、日本橋の街を題材にした暖簾のデザインを一般にも広く募ることで、江戸時代の日本橋が描かれた巻物『熈代勝覧(きだいしょうらん)』に見られる街並みのように、日本橋室町エリアに暖簾がたくさん掲げられている状況を再現したいと考えています。

矢後直規さん(以下、矢後):先ほど、『熈代勝覧』のレプリカを拝見しましたが、当時の街の風景を再現しようというのはおもしろいですよね。また、暖簾をデザインする側の視点に立って考えると、日本橋の街についてリサーチをして歴史や文脈を紐解くとともに、実際に街を歩いて自分なりに感じたものを形にしたような暖簾がつくれるといいのだろうなと感じました。

日本橋 矢後直規さん、戸田宏一郎さん

日本橋 矢後直規さん、戸田宏一郎さん

戸田宏一郎(以下、戸田):僕も、暖簾のデザインを公募するというのはいいいアイデアだと思いました。そして、せっかく多くのクリエイターに参加を呼びかけるのであれば、やって良かったという実感をみんなが共有できるようなものになるといいですよね。そのためには、参加者に対してどんな問いかけができるのかということがポイントになるのかなと感じています。

朴:今回の『めぐるのれん展』は、コレド室町テラスのオープンに合わせて開催されることもあるので、これを機に日本橋に新たに足を運ぶ人たちに、この街の未来に期待を抱いてもらえるような企画にしたいですよね。そもそもの話をすると、暖簾という題材を選んだ大きな理由は、日本橋の老舗企業にとって最も守るべき大切な存在だと思ったからです。それをあえて若手クリエイターたちによるデザインの舞台にすることで、敷居が高いイメージがある日本橋の新しい側面が表現できるのではないかという考えがありました。

戸田:僕も仕事で関わるようになる前は、日本橋に対して「日本の美意識」が集まった、敷居の高い街という漠然としたイメージがありました。でも、実際の街に触れてみると、新しいものを取り込みながら、どんどん生まれ変わっていくようなダイナミズムが感じられるし、日本橋について学べば学ぶほど、人、モノ、文化などあらゆるものが結節するこの街は、食からデザインまで新しいクリエーションに出合うことができる場所になり得るんじゃないかという思いを強くしています。

矢後:僕は昨年の『nihonbashi β』に講師として参加しましたが、朴さんたちと一緒に日本橋のお店で食事をしている時にマダムから話しかけられ、昨年生まれた自分の子どものためにアンティークの小皿をプレゼントしてもらったりして、日本橋というのは思っていた以上に、周囲と積極的に関わり合おうとするマインドや寛容さを持った街なんだという印象を受けました。前からここにあるものと新しく入ってくるものが掛け合わされて、アップデートされていくような街としての魅力を感じています。

歴史や文脈を踏まえた上で考える、表現メディアとしての暖簾の可能性

朴:ラフォーレ原宿のビジュアルなどを手がけている矢後さんが以前に、「原宿の顔は広告がつくっている」という話をしていたことが印象的でした。一方で日本橋の街には看板や広告の類がほとんどないからこそ、暖簾はクリエイターが街と関わるための重要なインターフェースであり、ユニークな媒体なのだと考えるようになりました。また、昨年の取り組みを通して、お店のシンボルである暖簾というのは、企業にとっても街とより深く関わるチャンスとなり得るものだということに気づけたのも大きな収穫でした。この暖簾というメディアを、クリエーションのキャンバスにすることの可能性や課題などについて、おふたりにうかがってみたいと思います。

戸田:僕は広告の仕事を生業にしていることもあり、シンボルマークやサインデザインを通して企業やブランドのビジョンを形にしていく機会も多いのですが、暖簾もその延長線上にあるものとして捉えているところがあります。とはいえ、暖簾そのものをデザインする機会はこれまでにほとんどなかったので、深掘りをしていくと色々な発見がありそうな気はします。

戸田宏一郎の画像

戸田宏一郎
株式会社CC 代表取締役/クリエーティブディレクター、アートディレクター。1970年、佐渡島生まれ。東京造形大学卒業後、株式会社電通入社。ブランド開発からテレビCM、ポスターといった広告全般、ロゴマーク、CDジャケットなどを幅広く手がける。近年の主な仕事はサントリー金麦BRAND、ホンダ企業広告(Go,Vantage Point.)、東京モーターショートータルコミュニケーションデザイン、NHK紅白歌合戦ロゴ等。朝日広告賞、OneShow Design、D&ADなど国内外で受賞多数。2017年1月に株式会社CCを設立し独立。

矢後:僕もステーショナリーやショッパーに並ぶロゴなどの展開例として暖簾の制作を提案することはありますが、こういう時にデザインする暖簾というのは、ステレオタイプな“暖簾”然としたものになりがちです。戸田さんと同じで、暖簾そのもののメディア特性を考えた上でデザインをしたことはないのですが、今回は暖簾が主役になるので、クリエーションの自由度はより高まるのではないかと思います。

戸田:暖簾というものを、単なるグラフィックデザインのためのキャンバスとして表層的に捉えるのではなく、媒体としての機能や意味合いをしっかりリサーチし、自分なりに解釈した上で表現ができるとおもしろいものになるのではないでしょうか。暖簾の歴史や文脈を踏まえた上で、現代の暖簾というものがどうあるべきかという部分にいかにイマジネーションを広げていけるかということが肝になると思います。

矢後:既存の暖簾の多くは1色しか使われていなかったり、意匠もロゴやシンボルマークだけだったりと、グラフィックデザイン的には制約が多く、単なる平面的なキャンバスとしてとらえてしまうとあまり魅力的に見えないかもしれません。でも、例えば暖簾には表と裏があるということを意識することだけでも、考え方はだいぶ変わってきますよね。

矢後直規
1986年、静岡県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2009年株式会社博報堂入社、2013年より株式会社SIXに所属。LAFORET HARAJUKU、FINAL HOME、JOSEPH、NHKドラマ精霊の守り人のビジュアルや、RADWIMPS、Chara、菅田将暉、集団行動、三戸なつめなどのCDジャケットやミュージックビデオ、MAN WITH A MISSIONのライブ演出、ラフォーレミュージアムでの瀧本幹也展「crossover」のアートディレクションなどを担当。東京ADC賞、D&AD、ニューヨークADCなど受賞。

朴:暖簾には素材や染色などの要素もありますよね。今回の公募でデザインが採用されたクリエイターは、染色工房の職人さんとコラボレートして、天然素材に本染めで暖簾をつくることができます。ちなみに昨年の暖簾制作では、染職人さんがそれまで経験したことがなかった技法にチャレンジしたチームもあり、職人さんの技術のアップデートという部分にも寄与できたことは良かったと感じていますし、今回もそういうものが出てくるといいですよね。

矢後:そうですね。今回の企画に参加したクリエイターや企業が、来街者に対しても暖簾のことを熱く語れるような深いコミュニケーションが生まれるといいなと思います。

戸田:暖簾というものの文脈を押さえつつ、それをロジカルに表現するだけではなく、佇まいとしてかっこいいもの、欲しいと感じさせるようなアウトプットに落とし込んでいくことが、デザイナーとしての腕の見せ所ですよね。

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