試行し、思考する。本業だけにとどまらずに活動するクリエイターたちの挑戦の場としての『nihonbashi β』(1)

試行し、思考する。本業だけにとどまらずに活動するクリエイターたちの挑戦の場としての『nihonbashi β』(1)

五街道の起点として知られ、いまでも日本の道路の0km地点であることを示す道路元標がある東京・日本橋。江戸時代から人、モノ、文化の交差点として栄えてきた歴史を持つこの街に、新たな風を吹き込むことをテーマに据えた『nihonbashi β』。初回となる2018年度は、公募した若手クリエイターが「未来ののれん」を制作するというプロジェクトが実施された。クリエイターと日本橋の企業によって構成された4チームは、約4か月間にわたってのれんの制作をしてきた。その成果発表となる『未来ののれん展』(2018年11月開催)では、縞模様を重ねた時に発生する視覚効果のモアレを用いた「響きあう、今と昔と」(Bチーム/三井ガーデンホテル日本橋プレミア)が優勝した。

日本橋内外の人たちにも好評だった『未来ののれん展』が一段落したのも束の間。次は4月に開催される『日本橋桜フェスティバル』に向けて、『未来のれん展』で優勝したBチームが新たにインスタレーションを制作している。さらに今回のプロジェクトから派生して、日本橋を拠点にしたクリエイターや老舗の未来に向けたチャレンジやコラボレーションを紹介するWebメディア『Collaboration Magagine Bridgine(以下、Bridgine)』もローンチされることになった。今後も関連プロジェクトは増えていく予定だ。

これまでにない街づくりプロジェクトである『nihonbashi β』に参加した、Bチームのメンバー(石川貴之さん、佐藤哲朗さん、鈴木和真さん、水野直子さん)を中心に、同プロジェクトを企画運営するバスキュール代表の朴正義さん、そして講師として参加したSIXの矢後直規さんに、本業だけにとどまらないクリエイターのこれから新しい活動の形と、その意義についてうかがいました。

三井ガーデンホテル日本橋プレミアに展示されたBチームの作品「響きあう、今と昔と」

参加理由は異なれど、共通するのは挑戦したい欲求

――Bチームのみなさんは、それぞれどのような理由で参加されましたか?ご自身のいまの仕事とともに教えてください。

佐藤哲朗さん(以下、佐藤):普段は電機メーカーで機械学習など人工知能のアルゴリズムを開発しています。機械学習や人工知能に興味を持った理由は、もともと自分は絵を描いていたからです。そこから「ロボットは絵を描けるのか」という研究をしていました。そういったアート×テクノロジーに関心があるんですが、会社の中だけでは思い切ったことがなかなかできなかったりします。研究は10本やっても世に出せたのは1本だけ、30年同じ会社にいて1本しか出せない可能性もある。それだけの人生は嫌だなと思っていました。そんな中、JDNで『nihonbashi β』の記事を見つけて、世に出すためのチャレンジがここでできそうだと感じて挑戦しました。

鈴木和真さん(以下、鈴木):ディスプレイデザイン会社で空間にまつわる演出デザインをしています。受注業務では先行投資型の技術開発がしづらい状況があって、裏打ちされた技術での空間演出表現というと、サイネージかプロジェクションマッピングになってしまうことが多いんです。だからこそ、手でつくりながら試行錯誤して、先進的な表現開発をやっていきたい思いがあり、参加しました。

鈴木和真さん

石川貴之さん(以下、石川):広告制作会社でCM制作のディレクターをしていて、普段は動画広告を多く制作しています。身の回りにいるのは同じ広告業界の人ばかりなのですが、視野を拡げるために色々なクリエイターと交流してみたいと思っていたところ、『nihonbashi β』のことを知りました。

学生時代のように、自分の好きなもの制作するということがしばらくできていなくて、フラストレーションが溜まっている部分がありました。なので、今回参加したのはキャリアアップのためというよりは、自分の欲求に向き合うためだったような気がします。

水野直子さん(以下、水野):広告代理店でアートディレクターをしていて、グラフィックデザインから映像のプランニングまで行っています。

仕事では予算やスケジュールなど色々な事情があって、「納品のために妥協しているかも」と思うことがあるんです。これが本当に自分のつくりたいものなのかと考えると、そんな自分が嫌になっちゃって……。もっと素直に、自分のやりたいことを制作したいと思って参加しました。

水野直子さん

――みなさん現状に少なからず危機意識のようなものを持っていたんですね。

鈴木:名刺には「デザイナー」と肩書きがついていますが、僕はそれ以前に「サラリーマン」であって、社会にとって「デザイナー」ではない。会社で一人前になることと、社会で一人前になるということは違うと思っていて。楽しそうに仕事をしている人の共通項として、「社会の中で自分とはなんなのか?」という指針を持っているような気がしているんです。じゃあ自分にとってその指針は何なのか?それを見つけなきゃなと思ったんです。

石川:交友関係が広告業界の方ばかりということもあり、「クリエイター」というものに対して、自分の了見が狭いなという意識がありました。きっかけはカンヌ広告祭に行った際のことです。フランス在住のカメラマンに通訳をお願いしたんですが、彼女はまったくカンヌのことを知らなくて、自分が井の中の蛙なんだと思い知らされました。ほかの業界も知らなきゃと思っていた矢先だったので、「飛び込むならいまだ!」と思いましたね。

石川貴之さん

それぞれの領域を超えてクロスすることでブレイクスルーが生まれる

――役割分担のはっきりしたチームもありました。わかりやすい個々の役割がないのがこのチームの良さのように感じました。

佐藤:役割を分担する時って、それぞれの実績に基づいて分けると思うんですけど、新しい何かをつくりたい時は、誰の領域でもない部分が発生します。役割を分担しない方が早く手が届くということだったのかもしれません。

一人で簡単にプロトタイプをつくれるようになってきていますが、それぞれ別分野のプロフェッショナルが集まらないと、それ以上のものはつくれないんだなと感じました。今回のプロトタイプをつくる上で、石川さんがVコンを制作してきてくれて、プロレベルのものがすっと出てきたのは驚きでしたね。

佐藤哲朗さん

石川:それでいうと、僕も印象的なエピソードがあります。透けた布に、不透過の印刷をしてモアレを発生させるという案が出た後、印刷業者に発注しようとしたのですが、連絡したすべての業者から無理だと断られ、これは無理なのかもしれない……と諦めかけていたんです。

ところがある日、佐藤さんが「できました!」と言うんですよ。彼は自宅でシルクスクリーンを使った実験を繰り返して、無理と言われていた印刷を実現させていたんです。それを持って講師の中村新さんに相談に行ったところ、このサンプルがあればできるかもしれないと言ってくださり、ブレイクスルーが起きた瞬間を目の当たりにしましたね。

鈴木:役割分担をせずともアウトプットにたどり着けたのは、「これが美しい、これを実現してまず自分たちが見たい」という意思を全員で共有できていたというのが大きいと思いますそれがモチベーションの根底にあったので、最後までやり抜くことができたと思っています。

同じチームで制作を重ね、より精度の高い表現の到達点へ

――改めて振り返ってみて、『nihonbashi β』に参加してよかった点はどんなところですか。

鈴木:先ほどもお話しましたが、受注業務では研究をする時間はなかなか取れないんです。その点、『nihonbashi β』では自分たちで研究開発してリリースできる。それが魅力かなと思います。あと、メディア露出があったことで、会社に成果として示しやすかったです。上司からも「社外活動はこのまま続けて良いよ」と言ってもらえて、社内の理解を得ることができました。

水野:『nihonbashi β』は講師との距離感が近い。自分が尊敬しているクリエイターに直接教えてもらえる環境というのは、なかなかあるものではなくて、ラッキーだなと思いました。しかも、つくったものを世の中に出すチャンスでもあるので、恥ずかしいものは絶対に出せないなので男気出してがんばっちゃいました(笑)。

石川:広告以外のさまざまな職種のクリエイターが集まってきて、フラットな状態で関われる機会になりそうだと思ってましたし、実際に参加してみるとそのとおりでした。普通に仕事していたら、このメンバーとはたぶん会わなかったし、同じ課題に対しても回答の仕方がぜんぜん違って、それはすごくいい経験になりました。

佐藤:僕は昔『未踏IT人材発掘・育成事業』というワークショップに参加していて、特に優秀だと評価されたクリエイターが『未踏スーパークリエータ』として選出されるというものでした。でも、自分はそれになれなくて、もっとしっかりやっておけばよかった……という後悔がありました。今回の『nihonbashi β』に全力で取り組むことで、その時には行けなかった、ひとつ上のステージに行けるんじゃないかという期待を持って取り組んでいました。

こうしたプロジェクトが終わると、そのままチームがばらけちゃうことってよくあると思うんですけど、ここまで仲良くなれたことはなかなかないので、活動を続けていきたいですね。同じチームで制作を重ねていくと、つくるものの精度が上がっていくと思うんです。講師の後藤映則さんが、ひとつの表現方法を続けたことですごいところに到達しているのを見て、同じチームで制作を続けることでも、すごいところまで行けるのではないかと思っています。

石川:いままでこういった初対面同士でのグループワークだと、チームのメンバー間で探り合いになってしまったり、削りあってしまうことが多かったのですが、今回はそれがなかったですね。異なる領域のメンバーが集まって、互いをリスペクトしながらフラットな関係性を保てたことがよかったと思います。僕も是非このチームで活動を続けてみたい。

水野:普段の仕事でも、こういったグループワークでも、人数が多くなりすぎると自分が良いと思っていないものでも、流されてしまうことが多々あります。意見が埋もれてしまうというか……。今回は人数構成もよかったし、メンバーにも恵まれました。自分が形にしたいと思うものを追求できた体験は次のモチベーションにもなりますね。

鈴木:自分発案のボツになってしまったアイデアを、プロジェクト外の人たちとも共有するようにしているんです。おもしろいコアアイデアだったら、興味を持ってくれる人が集まってくるんですよ。そうした人たちが集まって、一緒に制作できるような環境がつくれたららいいなと日ごろから思っていて。今回のメンバーでもそういった取り組みにつなげていきたいし、『nihonbashi β』も今後、こういった場のひとつとなっていくととても魅力的だと感じます。

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