デザインのチカラ

「デザインのチカラ」がつくる新しい価値、そのアイデアの源と思考プロセスを探る

“一冊の本だけを売る本屋”という斬新なアイデアの源-森岡督行×渡邉康太郎(1)

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“一冊の本だけを売る本屋”という斬新なアイデアの源-森岡督行×渡邉康太郎(1)
株式会社森岡書店
森岡督行(森岡書店銀座店)渡邉康太郎(Takram)
書店に置かれる本は、常に1タイトルのみ。販売期間は、1タイトルあたり一週間が基本。期間中に著者や編集者を招き、その本にまつわるイベントや展示を行うなどし、徹底的に一冊を売ることを目指すという「一冊だけを売る本屋」が2015年に銀座の地に誕生した。その名は、「森岡書店 銀座店」。コンセプトやブランディングの新しさに加え、書店の存在意義をビジュアル化したブランドロゴデザインなどが評価され、2016年度グッドデザイン賞のベスト100に選出された。同書店の立ち上げにいたるアイデアの源や開発の思考プロセスとは、いかなるものだろうか。「森岡書店銀座店」オーナーの森岡督行さんと、ブランディングディレクションとアートディレクションを担当したTakramの渡邉康太郎さんに、開店までの経緯や今後の展望などお話をうかがった。

アイデアの源は、しまわれた記憶の中に

-2015年5月5日、銀座一丁目に建つビルの一室に、「森岡書店銀座店」が誕生した。以来、さまざまな企画展示を行い、常連客を増やし続けている。この、「一冊の本からインスパイアされる展覧会を行い、一冊の本だけを売る」という、一般的な書店の概念から外れたユニークなアイデアは、どのように生まれたのだろうか。

森岡督行さん(以下、森岡):「森岡書店銀座店」が取り扱うのは、一冊の本だけ。ですが、商品は一週間ごとに切り替わるので、お客様にとってみたら、1年間でトータルすると50冊ぐらいの“一冊の本”に濃く触れ合うことができるわけです。毎週、新しい本に出会え、著者や編集者とコミュニケーションを取ることができる。常に毎週、新装開店のような状態なんです。

森岡督行さん(森岡書店銀座店)

森岡督行さん(森岡書店銀座店)

このアイデアは、「森岡書店」の茅場町の店舗をオープンしてわりとすぐ、2007年あたりから僕がお客様によく話していたらしいんですよね。僕自身はあまり自覚がなかったのですが(笑)。茅場町の店舗は、おもに美術書、写真集、建築関係の古書などを扱っていました。ギャラリーを併設しているので、写真やアクセサリーなどの展示も行っています。年に何回は新刊の出版記念イベントを行っているのですが、そういったイベントでは必ず、著者と読者の距離感が縮まっていくんですね。

そんな様子から、「たった一冊の本の周りに、こんなにもたくさんの人が集まってきて、誰もが喜んでくれる!」と、大きな感銘を受けました。「本屋には、本が一冊あればいいんじゃないか?」と思ったのが、アイデアの発端でした。とはいっても、このアイデアはずっと頭にしまわれたまま、しばらく時が流れていきました。

“一冊の本”がつないだふたりの出会い

-「森岡書店銀座店」のブランディングディレクションとアートディレクションを担当したのは、Takramの渡邉康太郎さん。彼との出会いは、一冊の本がきっかけだったという。

渡邉康太郎さん(以下、渡邉):森岡さんと僕が出会ったのは、2年前です。きっかけは、『Wabi-Sabi わびさびを読み解く for Artists, Designers, Poets & Philosophers』(レナード・コーレン著/ビー・エヌ・エヌ新社)という一冊の本。1994年に英語版で初版された、日本のわびさびの概念を著者なりに解釈した本なのですが、2014年に初の和訳版が刊行されたときに、巻末エッセイへの寄稿を依頼されたんです。

実は、巻末エッセイは計2つ掲載されていて……。もう一つが、森岡さんによるものでした。

渡邉康太郎さん(Takram)

渡邉康太郎さん(Takram)

森岡:そうなんですよ。渡邉さんも素晴らしいエッセイを寄せていていらっしゃって。編集者の吉田知哉さんに、「渡邉さんって、どういう人ですか?」と聞いたら、当時まだ「29歳ぐらいだ」というんですね。「それにしても、独自の文体が完成された、成熟した文章を書く方だ」と思いました。自分と考え方が似ている部分もあり、とても心を揺さぶられる出会いでしたね。

渡邉:恐縮です(笑)。その後、吉田さんが、私に森岡さんを紹介してくださる機会があって、そこで初めてお会いしました。だからといって、すぐに「森岡書店銀座店」へと具体的に動き始めたわけではないんですけどね。でも、お互い共鳴するものがあったのは確かです。

-さらにこの後、「森岡書店銀座店」の出資およびプロデュースを手がけることになる株式会社スマイルズ取締役社長:遠山正道氏と出会う。ここでも、一冊の本が縁を引き寄せている。

渡邉:森岡さんと初めてお会いした日、ちょうどその直後に自分が企画していたイベントがあったので、森岡さんにもお声がけしたんですね。「来週、Takramでスマイルズの遠山正道さんを迎えたトークイベントがあるんですが、よかったら遊びに来ませんか?」とお誘いしました。

森岡:遠山さんは、新しいビジネスをはじめることの面白さや葛藤などを綴った『やりたいことをやるというビジネスモデル PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)を出版されたばかりということもあり、「自分はこれをやりたい!」という野望を秘めている人がいたらぜひ話を聞きたいということで実現したイベントでした。

渡邉:確信的な思惑はなかったものの、直感的に「もしかしたら面白いご縁があるかも……。絶対にお呼びしたほうがいい!」と思ったんですよね。

森岡:そのとき私は遠山さんの本をすでに読んでいて、「アートとビジネスを、こんなにも近づけることができるのか」と衝撃を受けていて。しかもちょうど、何年かぶりに「一冊の本を売る本屋」のアイデアを思い出したところで、編集者の吉田さんと「一冊の本屋をプランニングしよう!」と盛り上がっていたタイミングでした。

渡邉:参加者は全部で30~40人くらいでした。しっかりご紹介したいと思ったので、イベント開始前、森岡さんが会場にやってきたらすぐに、「面白い人がいるんですよ!」と遠山さんと引き合わせて。

森岡:イベントでは、「一冊の本を売る本屋」のプランを発表したのですが、聞いている人の中には賛同してくれる人もいました。その中でも、遠山さんはすぐに「面白い!」と言ってくださったんです。

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