三井化学「MOLp®」のメンバーが語る、デザイナーとの協働がもたらした素材メーカーとしての変化

三井化学「MOLp®」のメンバーが語る、デザイナーとの協働がもたらした素材メーカーとしての変化 インタビュー対象3人の姿

「そざいの魅力ラボ」として、三井化学が2015年にスタートした「MOLp®(以下、MOLp)」は、インテリアライフスタイル展への参加や、ミラノサローネへの出展、さまざまなデザイナーやクリエイターとのコラボレーションなど、素材メーカーという枠組みを超えた活動を通して大きな注目を集めている。

デザインマネジメントの実践で知られる田子學さんをクリエイティブパートナーに迎え、「感性からカガクを考えるラボラトリー」をキーワードに活動するこのプロジェクトは、100年以上の歴史をもつ三井化学にどのような変化をもたらしたのか。プロジェクトの仕掛け人である三井化学コーポレートコミュニケーション部の松永有理さんと、「MOLp」メンバーである研究開発本部生産技術研究所の齋藤奨*さん、研究開発本部合成化学品研究所の塚田英孝さんに、活動を通した心境の変化についてお話しいただいた。

*齋藤奨さんのお名前の「齋」の字がブラウザ環境により異なって表示される場合がありますが、「齋」上部中央が「Y」となっているものが正です。

“なにか新しいこと”ができる場所

―― MOLpに参加した経緯をお聞かせください。

齋藤:私は普段、ポリマー(樹脂)を作る触媒の開発業務に携わっています。日々の業務では、そういった既存の製品を担当していたので、新しい製品に触れる機会がなかったんです。入社当時は、何か新しいことをやりたいと思っていたんですが、普段の業務ではなかなかその機会がない。なので、MOLpのような取り組みにはぜひ意欲的に参加したいなと思ったんです。

三井化学 研究開発本部 生産技術研究所 齋藤奨さん

三井化学 研究開発本部 生産技術研究所 齋藤奨さん

塚田:私は普段三井化学ファインという商社にて三井化学製品を売りつつ、兼務で合成化学品研究所にてメガネレンズの材料を研究しています。入社当時から化学の研究で一生食べていきたいと思っていたので、既存のことをやっているだけではダメで新製品を出していかないと、と考えていました。けれど、普段の業務の中ではそれができないジレンマをずっと感じていたんですね。

三井化学 研究開発本部 合成化学品研究所 塚田英孝さん

三井化学 研究開発本部 合成化学品研究所 塚田英孝さん

私が参加したのは、MOLpのプロジェクト開始時からは少し後の時期でしたので、「おもしろそうなことをやってるな」と端から見てたんですが、メガネレンズ材料を担当していた前任者が異動になり、あるとき突然参加することになったんです。入ってみたらすごくハマりました(笑)。

―― MOLpにはどのようなメンバーがいるんですか?

松永:入社2年目の20代から、再雇用となった60代までいますね。メンバーは研究所だけじゃなくて事業部もいますし、物流や品質管理、工場の方もやりたいと入ってくれています。MOLp内はフラットな関係なので、口だけではなく手を動かした人が偉いというルールです。

三井化学 コーポレートコミュニケーション部 松永有理さん

三井化学 コーポレートコミュニケーション部 松永有理さん

塚田:研究職じゃないメンバーは、たとえ素材のことは詳しくわからなくても、とにかくアイディアを出してもらっています。それをかたちにできるひとが作っていく。

松永:塚田さんはいろいろなものを作ってこられるので、塚田製作所と呼ばれています(笑)。

塚田:わたくし、別名を“製作所“と申しまして(笑)。プロトタイプを作ってみなさんにお見せしていくというのが得意で。

齋藤:技術系ではないメンバーは頭や体を使って、いろんなところにコンタクトしたり、分業してやっています。

—— MOLpはクリエイティブパートナーとして田子學さんが参加されています。プロジェクト開始時に田子さんからレクチャーがあったとのことですが、いかがでしたか?

齋藤:「自社製品を紹介してください」というレクチャーがあったんですが、我々が普通に紹介すると「あー、全然だめ」「全然面白そうに語ってない」と田子さんから言われて(笑)。

松永:最初はみんなひどかったです(笑)。エレベーターピッチで2、3分で話しなさいっていうところ、15分くらい説明しちゃう。

齋藤:しかもつまらなさそうな15分(笑)。

松永:聞いているこっちもまったく頭に入らない。「結局何してるんでしたっけ?」という紹介の仕方ばかりでした。そこで、田子さんが普段使っているようなフレームワークを教えてもらって、自分たちの仕事を簡単に伝わりやすく話す訓練をしたんです。

塚田:普段われわれは素材に対して、柔らかくなる温度や、溶け出す温度など、物性の視点でしか材料をみてなくて、そういった紹介の仕方だとおもしろくならないんですよね。田子さんはデザインや感性の視点から材料を見てくださるのが新鮮で、かなり衝撃を受けました。

素材メーカー×デザイナーの協働。「MOLp」から生まれたプロジェクト

—— 実際にMOLpの活動で生まれたプロジェクトについてお聞かせください。

齋藤:語り方や紹介の仕方についてのレクチャーのあとに、夏合宿を実施して、自社の製品でどんなおもしろいことができるか、トライアンドエラーで考えていきました。

松永:みんながそれぞれ素材の実験をしたものを持ち寄って、田子さんの感性と掛け合わせて、おもしろいかどうかディスカッションを繰り返して。

塚田:「こんなの作ってきたんだけど」とみんな持ってくるんですが、田子さんの反応が悪いとしょぼんとしたり(笑)。私の得意分野はものを作れることなので、「やってやろう」と意気込んで、毎回段ボール1、2箱くらい作って持ち込んでましたね。

松永:その頃、みんなでディスカッションしているときに齋藤さんが「NAGORI」のコンセプトについて話しはじめたんです。

陶器のような質感と熱伝導性をあわせ持つ「NAGORI タンブラー」。2018年度グッドデザイン賞受賞、「グッドデザイン・ベスト 100」にも選出された。

陶器のような質感と熱伝導性をあわせ持つ「NAGORI タンブラー」。2018年度グッドデザイン賞受賞、「グッドデザイン・ベスト 100」にも選出された。

齋藤:まだみんなアイディア段階だったのですが、「プラスチックにも質感が欲しいな」ということを話したんです。以前から、プラスチックの容器で食べる食事って、すごく味気ないなという思いがあって。

樹脂は軽量化していく、というのが世の中一般の流れだったんですが、食器に重さが感じられなかったり、中に入っているものの冷たさとか温かさを感じられないことが、味気なさの理由なのかなと思ったんです。陶器は、重たくて質感もいいけど、割れちゃうというデメリットもある。だけど、「本物」として扱われていますよね。プラスチックはチープで安物というイメージがあったので、これまでになかったプラスチックを重くするというアプローチでイメージを変えて、陶器のように味わうことができる食器ができるんじゃないかなと思いました。

そのときちょうど夏だったので、冷たさが感じられるビアタンブラーをつくりましょうという話になりました。それはもう全会一致で、「うまくいったら祝杯をあげるんだ!」みたいな勢いで突き進んでいきましたね。

「NAGORI-波残-」コンセプトアート

「NAGORI-波残-」コンセプトアート

齋藤:名前になった「NAGORI」は、波が残るって書いて「波残」。これは、海のミネラルから生まれた素材という意味で名付けています。世界中で、海水を淡水化する設備が稼働しているのですが、海水から真水をとった後、海のミネラルを多量に含んだ濃縮水がそのまま排水されることで生態系が破壊されたり、サンゴ礁が死んでしまうという問題が起こっています。そこで、残った海のミネラルをうまく有効活用できないかなと考えて、プラスチックに海のミネラルを配合して作れば、重さがあって、中に入れたものの温度がわかるプラスチックができるんじゃないかというアイディアが生まれたんです。この素材の開発に必要だったプロフェッショナルがメンバーにいたので、仲間の力を借りればなんとかなるかもしれないと思って進めていきました。

—— 他のデザイナーとの協働例についても教えてください。

松永:佐藤カズーさんとのプロジェクト「FASTAID」は、三井化学が素材メーカーとして社会のためにできることについてディスカッションしていく中で生まれたアイディアです。

「FASTAID」は、完全シールとイージーピールの異なる機能を使い分けることが可能な新素材「ロック&ピール®(エチレン系ポリマー)」が使用されており、1つのパッケージの中で、水と栄養成分を保存・携帯することができ、使用時にぎゅっと握ることで簡単に混ぜ合わせられる。

「FASTAID」は、完全シールとイージーピールの異なる機能を使い分けることが可能な新素材「ロック&ピール®(エチレン系ポリマー)」が使用されており、1つのパッケージの中で、水と栄養成分を保存・携帯することができ、使用時にぎゅっと握ることで簡単に混ぜ合わせられる。

松永:シエラレオネにある難民キャンプで多くの赤ちゃんが亡くなっているという事実があります。下痢で脱水症状になった赤ちゃんに対して、お母さんが生理食塩水を飲ませるんですが、清潔ではない水しかないため、逆に下痢を繰り返してしまい、10%くらいの赤ちゃんが亡くなっているという話を聞きました。なぜそういうことが起きているかというと、生理食塩の粉があっても、同時にきれいな水が無い、ということなんですね。それだったら、充填や物流など既存の社会システムでは非効率かもしれないけど、ひとつのパッケージに水と栄養剤と一緒に入ったものができれば、赤ちゃんの命を守ることができる。それが実現できることなのではないかと考えていきました。

「SHIRANUI バングル」は、メガネレンズに使用されている素材「MR™」と、紫外線に反応して色が変化する「SunSensors™」のフォトクロミック色素技術が用いられている。

「SHIRANUI バングル」は、メガネレンズに使用されている素材「MR™」と、紫外線に反応して色が変化する「SunSensors™」のフォトクロミック色素技術が用いられている。

松永:2018年の3月に、プロダクトの展示や、お客さんが実際に素材を手にとって体感していただける「MOLpCafé」というイベントを開催しました。メガネにしか使われていない色が変わる素材「SunSensors™」を体験価値の文脈に変えることで、何か新しい可能性を提示できないかと考え、色が変わるボタンとバングルを作ってみました。

そもそもプラスチックは、生まれた当初は世の中になかった素材なので、だれも用途が分からなくて使われなかったんですね。1907年にはじめてベークライトというプラスチックが生まれるのですが、1920年代から一気に普及するきっかけになったのは、ココ・シャネルがパリのコレクションでベークライト製のボタンとバングルを発表したことだと言われています。このプロジェクトでボタンやバングルをつくったのは、そうしたプラスチックの用途開拓の歴史へのオマージュも込めています。

塚田:MOLpCaféが終わって、ファッションデザイナーの森永邦彦(ANREALAGE)さんから、「一度お会いしたい」とお声がけいただいきました。私、ファッションについてまったく知らなかったので、森永さんのことも彼のブランドも知らなかったんですが、どうやらすごい人のようで(笑)。その後説明にうかがい、森永さんが気に入られたことをいくつかトライアルして、見ていただきました。最終的には、色が変わるボタンやアクセサリー、糸やスパンコールに仕上げました。そして、なんとパリコレクションで発表してくれたんです。

開発中は、今まで誰もやったことがない領域だったので、やりながら模索していくというのをずーっと1ヶ月半くらい続けて、失敗と改良の繰り返しで、ようやくギリギリ間に合ったという感じでした。世界的に有名なデザイナーさんと一緒に仕事をさせていただいて、とても刺激的で楽しくやらせていただきました。

息子や妻に「父ちゃんの仕事はYouTubeでみれる」って自慢できるのがうれしいですね。YouTubeで「ANREALAGE 2019 SS」って検索してみろ、お父さんの仕事やで!っていう(笑)。

松永:いろんな有名人の方々が着てくださっていますしね(笑)。

—— それぞれプロジェクトの過程で、今までだったら思いつかないようなデザイナーならではの発想はありましたか?

松永:その連続でしたね。「NAGORI」は二色成形という難しい方法で作っているんですけど、田子さんはめちゃくちゃこだわりがあって、「こうじゃないとだめだ」と譲ってもらえません。むしろ難しくされる(笑)。ボタンやバングルに関しても、成形が難しいから、「ここをフラットにさせてもらえませんか」など言っても、田子さんからは無言のプレッシャーが掛けられるので(笑)。

塚田:この部分に泡が入ってしまうので、そこをなんとか……と言っても、だめでしたね(笑)。

松永:「NAGORI」の2種類は、それぞれ黒ビール用とラガービール用で、泡が垂れているようなデザインになっています。僕らだったら普通のコップを作って、はいできましたで終わっちゃうと思うんですよ。だけど、ここまで成型方法とかたちと触感にこだわるっていうところが、やっぱり田子さんらしいというか、デザイナーの仕事であり、考え方だなと思いますね。

僕ら三井化学がやっているのは、基本的に「つぶつぶ」「ガス」「液体」の事業なんです。いままでは、その価値をきちんとコミュニケーションできるかたちにすることをほとんどやってこなかったんですよ。MOLpの活動の中で、価値をコミュニケーションするかたちに仕上げていくプロセスを経験することによって、材料や成形についてもさらに詳しくなっていくんです。なので、本業で顧客がこんなところに困ってるんじゃないかと気づいたりとか、顧客側の開発プロセスを疑似体験できるのがいいことなんですよね。

“部活”が研究者にもたらした変化

—— MOLpをはじめて社内にどのような変化がありましたか?

塚田:今まで社内の研究者っていうのは、研究所に蛸壺のようにこもって研究をして、外に出ていかない感じだったんですけど、今では積極的に出て行くようになったなという感じがして、そこは随分変わったなと思いますね。

齋藤:そうですね、みんな外に出ようっていう気持ちがでてきたかなと思います。わからないことがあったら、その専門の会社の人とか、大学に聞きに行こうだとか。

塚田:フットワークが軽くなったよね。今まで電話1本かけるのも研究者って嫌なんですよ。メールじゃだめ?みたいな(笑)。メールも書くまでに3日くらいかかる(笑)。

齋藤:そういったことがまだできない同僚もいるので、「電話してみればいいじゃん」「行ってみればいいじゃん!」「話しを聞きにいきなよ!」って言うようになりましたね。

松永:さらに、本業でも齋藤さんの部署で塚田さんの案件の実験サンプルを作ってもらったり。今までだったら絶対にできなかったんですよ。

塚田:普段は、別の部署への依頼はものすごく高い壁を超えてようやく到着するんですけど、MOLpの場合は「これできる?」「いいよ!」で終わるっていう。

松永:空き時間にやってくれてますね。

齋藤:なので、逆に仕事をもっと効率的にできるようになりました。

—— MOLpの活動を通して、当初デザインについて抱いていた考え方に変化はありましたか?

松永:デザインというとかたちや色など、意匠的な側面を僕らはイメージしていたし、今も社内ではそういった認識をされている部分もありますけど、齋藤さんが普段業務でやっている触媒の設計もデザインだし、塚田さんがやっていることもデザインだと思うんですね。田子さんはいつも創造的計画だとおっしゃっていますので、いろんな仕事にデザインの要素が必要ですよね。

齋藤:田子さんといろいろと話をして、ものごとをうまくいくようにするにはどうしたらいいのか、その考え方自体がデザインなんだということがわかったんです。ある意味でみんながデザイナーであるし、そういう考え方をもってやっていかなければいけないんだなと再認識しました。

塚田:私はまだデザインとはなにかわからない部分があるんですが……それをずっと考えてながら作っている感じが、いまはあります。私は説明するのが面倒くさいから作ってしまえっていう、町工場の親父と変わらないタイプなんですが(笑)、デザインとはその後に起こる何かを想像して、何かを作ることなのかな?といまは思っています。

素材が、クリエイティビティを刺激するものであるために

—— 今後どのようなことをしていきたいですか?

齋藤:「NAGORI」に関してはお客様からたくさん問い合わせがあるので、それは会社のビジネスにつなげていくことが目標であり、やっていかなければいけないことだと思います。それに、MOLpの活動は続けていきたいなと思っているし、仲間をどんどん増やさなければいけないなと思っています。自分の周りの人たちに新しいことをやる面白さを伝えて、やりたいことがあるならやってみたらいいじゃない!って背中を押せる存在になりたいなと。

塚田:製作所としては(笑)、サメが動き続けなくちゃいけないように、私も作り続けないといけないな思っています。そして、この日光で色の変わるフォトクロミック材料をもっと世に広めて、たくさんのひとに使っていただきたい。その上で、三井化学グループに還元できるようにうまく回していけたらなと考えています。

松永:素材の機能をコミュニケーションできるかたちで見せていくこと、しかも余白を残しながら語っていくことが、今後も重要だと思うんです。木や石を見てひとがなにか作ろうと思ったことで文明が生まれたのと同じで、素材は「これで何かつくってみたい」「こんなものができそう」というクリエイティブの源泉だと思います。必ずしもニーズありきではないと思うんです。素材という何にでも化けるシーズから面白いコトが生まれる可能性だってあると思います。自分のアイディアさえあれば何にでもなるんですから。だからこそ、僕たちはクリエイティビティと素材をセットで世の中に提示していかなければいけないと思っています。

撮影:葛西亜理紗 取材・文・編集:堀合俊博(JDN)

MOLp®
https://www.mitsuichem.com/jp/molp/

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