デザインと感性が、素材の新しい価値を生んでいく。三井化学「MOLp®」の“部活”のような実験

デザインと感性が、素材の新しい価値を生んでいく。三井化学「MOLp®」の“部活”のような実験 インタビュー対象のお二人

「そざいの魅力ラボ」として、三井化学が2015年にスタートした「MOLp®(以下、MOLp)」は、インテリアライフスタイル展への参加や、ミラノサローネへの出展、さまざまなデザイナーやクリエイターとのコラボレーションなど、素材メーカーという枠組みを超えた活動を通して大きな注目を集めている。

デザインマネジメントの実践で知られる田子學さんをクリエイティブパートナーに迎え、「感性からカガクを考えるラボラトリー」をキーワードに活動するこのプロジェクトは、100年以上の歴史をもつ三井化学にどのような変化をもたらしたのか。プロジェクトの仕掛け人である三井化学コーポレートコミュニケーション部の松永有理さんと田子さんへのインタビューを通して、プロジェクトのコンセプトや今後について語っていただいた。

“部活”のような場所で、有機的なコミュニケーションが生まれていく
三井化学 コーポレートコミュニケーション部 松永有理さん

三井化学 コーポレートコミュニケーション部 松永有理さん

―― MOLpの活動をはじめるに至る経緯を聞かせてください。

三井化学 松永有理さん(以下、松永):三井化学が抱えているさまざまな問題意識のひとつとして、会社としてのコーポレートブランディングが成り立っていないことがありました。私は広報の仕事をする部署にいるので、たとえば自分の会社の素材がどういった製品に使われているのかをきちんとPRしたいんですが、オープンにできないケースが多いんです。素材メーカーとして社会に貢献している姿を社内外に示したいという気持ちがある中、なかなか語れないことの難しさがありました。

それなら、自分たち自身で素材の価値を表現に落とし込んで語っていくことができないだろうかというのが、MOLpをはじめる上でのテーマの一つです。それによってプロダクトのマーケティングを進めると同時に、セルフブランディングしていきたいと思ったんです。

――活動をはじめるにあたって、クリエイティブパートナーを田子さんにお願いしたきっかけはなんでしょうか?

松永:広報の立場で、いまの状況を変えることができる方法は何なのかいろいろ調べていたんですが、昔からバウハウスが好きだったこともあって、「形態は機能に従う」という考え方や、そこから美が生まれるという考え方を思い出して、機能の表現とマーケティング、デザインの関係について考えていたんです。そんな中、田子さんの著書「デザインマネジメント」を読んでとても感動したんですよね。

中でも印象的だったのが、「BtoCtoB」について書かれていたところでした。従来の僕たちのビジネスモデルには、コミュニケーションが抜け落ちていたんです。物とお金のやり取りだけのクローズドな経済圏だけじゃなくて、オープンにコミュニケーションすることで、新しいお客様と新たなビジネスを一緒に作り上げるチャンスを生み出すことができるのではないかと思いました。その後、大阪で行われた田子さんの講演会にうかがい、実際にお会いしたんですが、自分たちの社風や、会社のいい部分とわるい部分も理解していただいた上で一緒に並走してくださるのは田子さんしかいないと感じ、正式にお願いをしました。

―― 田子さんは、松永さんからの依頼を受けたときにどのように感じましたか?

エムテド 田子學さん(以下、田子):すごくありがたく感じました。日々、僕らデザイナーは製品やプロジェクトに向き合う中で、企画をつくることができたとしても、素材自体をつくることから考えることができるのは稀なんです。もし素材メーカーがお客さまとコミュニケーションできるような関係性を持ち、それが世の中への貢献というメッセージとともに伝えることができれば、とてもすばらしいことだなと思ったんですよね。

エムテド代表 田子學さん

エムテド代表 田子學さん

田子:近年はいろんな化学メーカーさんが外部クリエイターとのコラボレーションをしていますけれども、もっと会社中の取り組みとしての可能性を掘り下げることが、MOLpを通してできるんじゃないかと思いました。なので、MOLpは“部活”のような取り組みとしてやることに意義を感じたんです。いろんな会社をみていると、組織張った感じの中で新しい取り組みをやりがちなんですけれど、そうではなくて、もっと緩く自由度の高いプロジェクトにしたいなと思いました。

部活のような有機的な集まりの中で、「こんなのことやってみたいんだけどどう思う?」などのやりとりができる場が、通常の組織の中ではなかなかない。MOLpはそういった場所を目指していて、そこで僕はキュレーションという役目を果たす。少なくとも、化学業界においてこういった取り組みはないんじゃないかなと思っています。

研究者が、自分の口でストーリーを語るために

―― 活動がはじまった当初のことを聞かせてください。

田子:こういったかたちでデザイナーとしてかかわるときに気をつけていることは、デザインに対してのバイアスっていうのを外してもらうことだと思っているんです。ただでさえ外部から来ているので壁ができてしまったり、「私はデザインのことはわからないから……」という話になっちゃったり。

そういうことじゃなくて、デザインのことを知ると、むしろ組織の中にいる人たちはみんながデザインをしているということがわかってもらえるはずです。まずそこをちゃんと知ってもらいたかった。

松永:最初は田子さんに会社に来ていただいて、集まったメンバーには普段の仕事や製品の紹介を持ち時間3分のエレベータピッチで紹介してくださいとお願いしました。みんなそれぞれ紹介しはじめるのですが、持ち時間を大幅に超えて15分とか20分喋っちゃうんですよね。なかなか本質にたどり着かないので止めるに止められず。で、終わったあとに「なんだっけ?」みたいな(笑)。

田子:そういったことを実施したのは、まずはみなさんがどういう職場の空気感で仕事をされているのかっていうのを知りたかったんですよね。

大企業で仕事されている方には往々にしてよくあるパターンなのですが、ルーチンで業務を行なっていて、自分のしている仕事自体には詳しいんだけども、あまり興味がなかったりする。でもそれってつまらないじゃないですか。レクチャーや合宿を通して、メンバーの方とお話ししていく中で、まあ、言っちゃ悪いんですけど、案の定だったみたいなところはあるんですね(笑)。

田子:研究者は、機能や性能についてずっと取り組んでいると思うんですが、たとえばそこに社会への貢献といったストーリーができてくると、だいぶ視点や考え方が変わってくるわけですよね。それぞれが全部繋がってないからストーリーにならなくて、結果としてうまく伝わらない。だとしたら、それらをつなげる編集力を高めることで、ちゃんと自分の口でストーリーとして語ることができたらすごくいいと思うんです。

―― MOLpの活動が軌道に乗るターニングポイントはいつでしたか?

松永:2016年に出展したインテリアライフスタイル展がターニングポイントだったと思います。三井化学は今まで、素材の展示会や自動車の展示会など、そういった展示会への出展はしていたんですけど、インテリアライフスタイル展のような「BtoC」の展示会に出ることがなかったんですね。そういう発想もなかったですし。

出展することを決めて、ディスカッションを進めていく中でプロジェクトのアイディアが出てきたりしたんですけど、それを具現化していく作業がはじまり、初期のモックができあがったときにみんなの目が変わってきて。そこに田子さんのデザインが入ったタイミングが印象的ですね。急にみんなが能動的に動きはじめた。

田子:自分たちってこういう方向性に向かっているんだっていうのがなんとなく見えてくると、みんなのやる気に火がついてくる。自分たちがやらなきゃっていう雰囲気が、そのとき出てきたんだと思いますね。インテリアライフスタイル展の当日は、研究者と一般客が混じり合うところで何が起きるんだろうという状態でしたが、メンバーのみんながお客さんに苦労しながら素材やプロダクトの説明をしていて。そんな中で、「こんなの触ったことない!」っていう一般の人たちの反応を見た瞬間に、「自分たちの仕事って楽しいんだ」って思ってくれたんだと思います。

デザインと感性が、“カガク”の新しい価値をつくる

―― MOLpのコンセプト「感性からカガクを考える」について詳しくお聞かせください。

田子:このコンセプトは、素材というものを五感で捉えたときに、性能以外にどういうことが語れるのかをちゃんと見つけませんか、ということなんです。化学は数式で成り立たなければいけないもので、ちゃんとその回答が導き出されることでイノベーションが起きるんだけども、数字や機能ばかりを追いかけてしまうと、限りなく小さな違いを競い合うことになってしまう。

たとえば、「うちの作る樹脂は透明性が素晴らしいんですよ」と言われても、微差しかない別のメーカーのものと比べてそれがどの程度違いがあるものなのかわからないですよね。だとしたら、それに伴うストーリーが別にあった方がいいと思うんです。日本語では、感性を音に変えるっていうときにオノマトペを使います。オノマトペっていうのは実は現象とか感覚っていうのを言語化している一つの指標なんですよね。たとえば、デザイナーが素材メーカーにオーダーするときに、「なんとなく安っぽいから、もうちょっとカチカチとした硬質感があるといいんだけどね」と言ったとする。でも、営業からすれば「カチカチ」って言われても……って話ですよね(笑)。でも、もしその「カチカチ」の定義が会社の中でできていれば、デザイナーの言っていることがどういうことを示しているのかちゃんとわかると思うんです。そうやって、感性によって開かれるようなマーケットが実はあるんじゃないか、ということを考えたんです。

陶器のような質感と熱伝導性をあわせ持つ「NAGORI」。2018年度グッドデザイン賞受賞、「グッドデザイン・ベスト 100」にも選出された。

陶器のような質感と熱伝導性をあわせ持つ「NAGORI」。2018年度グッドデザイン賞受賞、「グッドデザイン・ベスト 100」にも選出された。

松永:MOLpのプロジェクトから生まれた「NAGORI」は、みんなでディスカッションしているときに研究者のひとりが言ったことがきっかけなんです。「プラスチック食器で食べる食事って味気ないんだよな」って。僕らだけだったら「そりゃそうだよ!」で終わるんだけど、田子さんが「おもしろいね!もっと考えてみようか」と反応して。

田子:プラスチック食器は、機能性はあるんだけども感性が伴ってないっていうことがすごく僕の中では響いたんですね。プラスチックは、日本では「安くて軽くて割れにくい」というイメージがあるんだけど、一方ヨーロッパでは、ひとつのマテリアルとしてブランディング化されてることも結構あるんですよ。なぜ日本はこれができてないんだろうと考えると、軽いということが、安っぽいという意識につながっているんじゃないかと思ったんです。そこで、逆に重いプラスチックを作ることによって、その意外性から価値を感じることができないだろうかと考えました。

触ったときの重さや質感など、感性的なものはなかなか素材メーカーのなかでは価値として認識されていないんですよね。そういったものがちゃんとデザインされていて、新しいプラスチックの価値が伝われば、もしかしたら全然違う用途が生まれるかもしれない。重いプラスチックっていう分野で新しい価値が作れたら、軽さという競争ではないところで戦うことができるかもしれないと考えました。

松永:MOLpは実験の場でもあるので、だからこそ自由にできる。やりたいことがあるんだったら持っておいでよというスタンスなので、実験をしながらマーケットを作っていくような感じなんです。「どれだけ売れるマーケットがあるのか」ということに基づいて考えないで、共感してくれる仲間やお客様と共にMOLpという部活を実験の場所にしていこうと。

“部活”が文化として続いていくために

―― MOLpの活動の今後についてどのように考えていますか?

松永:世の中のニーズやマーケットが大きく変化している状況において、自然発生的に玉石混合のプロジェクトが生まれていくのは普通のことであるべきだと思うんですが、三井化学のなかではそういったことが少ないと感じていました。今は会社の中でいろいろなプロジェクトが進んできているので変わってきています。MOLpの活動をみて「こんなことをしてもいいんだ」と思ってくれる人たちが増えている実感もあります。なので、会社全体がそういう文化になったときにMOLpが必要なのかといったら、必要ないと思っています。

田子:今後はこの活動が社内の文化になってもらいたいですよね。MOLpの活動を通して、企業内にシナジーが生まれ、内部の活性化が起きているというのは事実だと思います。僕は三井化学という名前を飛び越えてMOLpの名前がでることにすごく意味があることかなと思っていて。これだけお客さんに対して驚く事象を化学の力で示しているのは三井化学の力に他ならないんだけれど、MOLpが表に出て人々に貢献性のある化学の力を訴える存在になって欲しいなと思っています。

松永:新しい素材を開発することや、新しいビジネスを起こすことがMOLpの本質ではありません。結果的にそうしたアイデアは自然と出てくるので実行していくわけですが、本質はコミュニケーションを変えることです。MOLpの活動が外から注目していただくことで、社外の方々には「そざいの魅力」を感じてもらい、その可能性に興味をもってもらえるようになること。ひいては、「そうだ、MOLp・三井化学に聞いてみよう!」と想起してもらえるようになりたいと思っています。そして社内の仲間には、改めて自分たちがやっていることの社会的な意義や価値の気づきに繋げたいと思っています。

撮影:葛西亜理紗 取材・文・編集:堀合俊博(JDN)

MOLp®
https://www.mitsuichem.com/jp/molp/

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