ミラノデザインウィーク2017 インタビュー/杉本雅明(AgIC株式会社)

ミラノデザインウィーク2017 インタビュー/杉本雅明(AgIC株式会社)
ミラノデザインウィークの、それも世界の一流企業が展示を行う「Super Studio」での大学単独展示はかなり珍しいのではないか?複雑多様な社会課題を解決するために、世界をシステムとして捉えて新しい価値を創出する人材の育成を行う、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)は今年でミラノデザインウィークに3回目の出展となる。慶應SDMがSuper Studioで提示したのは、「Design Beyond Awareness」をテーマにした、“意識することなく情報が収集され状況に応じた最適な提案がされる”ソリューションだ。同展示をサポートする協力企業のひとつで、自身も慶應SDMのOBであるAgIC株式会社の取締役の杉本雅明さんに、どのようなソリューションを提案したのかをうかがった。

慶應SDMがミラノデザインウィーク参加する意味と意義

今回の「Design Beyond Awareness」は、慶應SDMの授業から発展したものです。プロジェクトベースドラーニングと呼ばれる形式の授業で、実際の企業から持ち込まれた課題をチームで解きソリューションまで導き出すことを目的としています。

プロトタイプして、プロファイルをしてフィードバックを得る、そのプロセスを回すという授業において、「どこでフィードバックを得たら良いのか?」と考えた時に、それがミラノデザインウィークだったら良いのではないか?というところからスタートしています。おもしろいプロジェクトをつくり、コンペを通った人たちがミラノデザインウィークでカタチにして見せると。実際にミラノにまで行けちゃって、そこでいろんな人たちに見せるとしたら、本気で頑張れると思うんですよ。

ミラノデザインウィークで新しいコンセプトを発表すると、思っている以上にいろんなフィードバックも得られるし、そういうところに並ぶことによって意識できることがある特別な場ですよね。

その慶應SDMのプロジェクトに、私のようなOBたちが所属する企業などが、ちゃんと印象に残るような、かつ総合的に見て楽しいものにすることのお手伝いを近年しています。

このプロジェクトでは具体的に何をみせたかというと、AIによる購買などの手助けとなる基礎的な技術を体験化させたもので、その日や場の状態を見て「適切」な提案をするというものです。

展示スペースにカメラが付いていて、目の前に立った人の肌や髪、服とかの色を抽出して、今年の流行色からつくった指輪を「今日あなたにはこれが合っていますよ」と台座が光ってレコメンドします。そのレコメンドされた指輪はもらって帰れるという展示に仕上がりました。

でも、必ずしもレコメンドされたものしかもらえないわけじゃないです。あくまで「あなたにこれが合うかもしれないですよ」という提案なので。けっこう違うものを持っていく人はいましたね(笑)。「私はこの色が好き!」という感じで。でもそれはそれでアリという考え方です。

実際、かなり評判が良かったです。指輪は2万個つくって持って行ったんですけど、展示を14時とか15時にストップしないといけないくらい足りなくて……。舐めてましたね(笑)。「もっといるんじゃないの?」という話もあったんだけど、「2万個もあったら十分だよ」とそれ以上は持っていかなかった。ところが2万個じゃ全然足りなかったっていう(笑)。Super Studioには10万人以上来場者があったらしいので、まともに配ったら倍以上はいったんじゃあないでしょうかね。

ミラノでは夜になると、「あそこの展示がよかった」とか「あそこの展示はいったほうが良い」とか、みんなで話すんですよ。その時に「この指輪とかもらったよ、キレイでおもしろい展示をやってた」と誰かが話してくれたら、それを聞いた人はたいてい来てくれますよ。だから、指輪をプレゼントするというのは、我々としてはかなり狙ってやっていたところはあります。

このAIによるレコメンドは、例えばアレルギーや宗教上の理由で自分には合わないものを回避する技術にも転用できて、それは食べちゃいけないんだよとかを教えてくれたりします。そういうレコメンドされていく時代がきっと来るだろうから、それを先取りして体験してもらおうっていう企画です。展示するにあたって、Super Studioはいろんな制約があったりするので、プレゼントする方式にはなっているんですけど、AIがもっと発達すれば、さらにいいレコメンデーションがなされていくんだろうなと思います。

ミラノデザインウィークで提示したかった体験

私たちはいままで3か所でやってきて、1回目はサテリテ、2回目はトルトーナ地区の奥まったところで展示しました。3回目となる今回はSuper Studioです。

それぞれに特徴があるんですけど、少なくともSuper Studioのプレスデーは、ちゃんとプレスがたくさん来てるなっていうイメージがありました。それが明けるとプレスの人が減ってきて、いろんな国のデザイナーとかギャラリーの関係者がSuper Studioの来場者には多かったように思います。周りで出展している企業のプレゼンテーションもおもしろいから一緒に見るみたいなイメージです。

基本的には、システムというか学生さんが考えたコンセプトを、もっと飾り立てるというか印象に残るように盛り立てています。せっかく展示するのだからということで、本プロジェクトの協力企業はそれぞれに新しい技術を随所に見せました。例えば指輪は三井化学さんの「ミラストマー®(※加硫ゴムのような柔軟性を備えていて、さまざまな成型法に対応する素材)」でできているし、この台座の照明回路は僕ら(AgIC)がつくりました。回路の意匠デザインはSDMで教鞭を執られている田子學さんで、全体のディレクションもしています。樹脂は三井化学さんの新しい素材を用い、成型は日南さんが手がけています

でも、たくさんの情報がありすぎると逆に印象に残らないので、基本的に見せているのは大学の研究です。こういうレコメンデーションを提案していますよっていうのを、一定の質感をもって伝えるためのチャレンジをしました。そこの部分だけをOBたちがサポートしている感じです。

大事なのは見た人がどういう体験するかなんですよ。未来のテクノロジーにちょっと触れて楽しくなるような体験をどうつくるか?そこをみんなで話し合ってフォーカスしてます。短い時間で一瞬で体験できるような、パッとわかる説明不要感とでもいうんですかね。それは短い方がやっぱり嬉しいじゃないですか、知りたい人はもっと長く滞在して聞いてもらっても良いですし。

印象に残った点に関しては人にもよるんでしょうけど、僕の会社が関わっていることでところで言うと、すごいなと思ったのは近所で展示していたアジア系家電企業の人。同じSuper Studio内で展示しているから見に来てくれるんですよ。

僕らがつくった回路をみて、「あの回路はなんだ!おかしい!」といったそうなんですよ。ふつうの回路はオレンジ色したポリイミド(※電子回路材料の絶縁基材として用いられている素材)のフレキシブル基板を使っているはずなんですよ。「オレンジ色のフレキシブル基板だったらわかるけど、基盤が透明なのは違和感がある!」と。実は透明ポリイミドってみんな目指していて、ディスプレイとか多様な用途を考えると透明なほうが良いので、けっこう夢の技術なんですよ。

「コレは透明ポリイミドなのか?」という質問に対して、「コレはPET(※ポリエチレンテレフタラート)にインクジェットで回路を印刷したもので、メッキしてこういうカタチになっているんですよ」と説明員の人が話してくれたら、「なんでそんなのがあるんだ!あるはずがない!」と驚いた様子だったらしいです(笑)。

そもそも、樹脂はふつうアクリルとかに埋めるんですけど、反応温度が200℃くらいまで上がるので、PETだと壊れちゃうはずなんですよね。でも、そこは「スタビオ®」という三井化学さんの樹脂がすごい素材で、柔らかさも変えられるし、反応温度もコントロールできるという類のもので、100℃以下でコントロールして樹脂を固めてるんです。いま先端を走る家電企業の人が専門的な質問をしてきたのは「らしいなあ」と思いました。テクノロジーの展示会で、こうした質問がくるのはわかるんですけど、そういう人もちゃんとミラノに来てるっていうところがおもしろんですよね。

技術うんぬんというより、大事なのは「どう使われるか?」。それは例えば、皮をなめす技術かもしれないし、樹脂以上にキレイに処理できる技術かもしれない、もしかしたら使い古された技術かもしれない。ミラノはそれに新たな視点を当てるような展示会でもあると思うんですよね。

でも、学生たちも大変そうでしたね(笑)。お客さんが来すぎて。悔しさみたいなのは常にあったみたいで、「もっとこうしたかった!」とか、「こういう資料を準備しておけばうまく繋がった!」とか。そういう気持ちがすべての原動力になるので、そこから新しいものが生まれてくるんだと思います。

写真:慶應大学大学院システムデザインマネジメント研究科
構成・文:瀬尾陽(JDN編集部)

杉本雅明(AgIC株式会社取締役)
2012年に東京大学大学院理学系研究科で理学修士、在学中の2008年にサイエンス・カフェLabCafeを創業し、現在も操業中。2012年にはARビリヤード制作ベンチャーOpenpoolを創業。2014年1月にAgIC株式会社共同創業、取締役就任。社内では営業、新規事業開拓を担当。
https://agic.cc/