ヨコク研究所が「ヨコク」する、未来社会のオルタナティブ(2)

ヨコク研究所が「ヨコク」する、未来社会のオルタナティブ(2)

変化の兆しから、これまでの価値観を問い直す

──フィールドリサーチで印象的だったことには、どんなことがありますか?

田中:リサーチ前は、調査対象の方々に「個人の自律性と強い意志で駆動する集団」のようなイメージを持っていましたが、必ずしもそうではないことがみえてきました。たとえば、アイランドカンパニー創業者の山下賢太さんはもちろん強い面もありますが、弱さや未熟さも発露していて、それをスタッフや島の方々がサポートし、山下さんも相手をリスペクトすることで、信頼関係が生まれていることがわかったんです。

そういう関係性の築き方が大事なことや、必ずしも「自律=強さ」ではないということをなんとなく頭では理解していましたが、実際に山下さんと周囲の方々とのやりとりを見たことで、身体に染みこむように理解できたように思います。またそうした僕の固定観念も、何回もリサーチすることで変わってくるだろう、という気づきもありました。

イランドカンパニー創業者の山下賢太さん

写真中央にいるのが、アイランドカンパニー創業者の山下賢太さん。同社では、豆腐の生産・小売、宿泊施設の運営、通販事業、飲食店の運営、地域ブランディング、など17の事業を展開。

──工藤さんはいかがですか?

工藤:私は個人的に、「選べない」ということに関心があります。いま、私たちは個人の自由な選択が、不完全とはいえある程度保障された社会に生きています。それはさまざまな運動や社会変革の結果・成果でもありますが、一方で私たちはネオリベラルな資本主義社会のなかで、「選べる」ことに疲れている側面もありますよね。

私たちが自由を得る過程で抑圧的だとして切り捨てられてきた「選べなさ」が持っている良い側面を捉え直せる環境として、甑島でのリサーチは印象深いものがありました。

というのも甑島には、環境として旧来型のシステムが残っているからです。たとえば、島外への交通手段は1日2便の定期船しかないので、台風が来たりしたら島にこもるしかありません。また、働き手の少なさなど、そうした島の人々にとってはどうしようもないことが「協働」を駆動させているということがあります。「選べなさ」が抑圧的ではないかたちでどう成立しうるかということについて、引き続き研究をおこなっていくつもりです。

コクヨ ヨコク研究所

田中:また、レポートをつくったあとに思ったのは、自分たちの価値観にあてはめて「こういうことだよね」とまとめすぎてしまうことの、ある種の暴力性です。読者にも一方的に知識を押しつけるのではなく、レポートと対話するように読んでもらえるよう、リサーチの出し方や見せ方についても試行錯誤し、アウトプットしなければいけないなと思いました。

工藤:コクヨという組織自体が大きいし、資本力もあるので、ともすると搾取的な態勢に陥りやすいということを、私たちは気をつけなければいけません。そのためにも、私たち研究員が主体となり、調査対象者の方と関わっていくことはすごく重要だと思っています。

──フィールドリサーチについては、1年に一つの国や地域をリサーチするというプランなのでしょうか?

田中:実は期間やプランは会社として明確に決まっているわけではないんです。去年は結果的に約半年かけて鹿児島を調査しましたが、調査対象のボリュームやリサーチの深さによって、もっと長期間になる可能性もあり、そこは柔軟に動いています。

工藤:去年は日本国内でしたが、今年のフィールドリサーチは日本の外に出て、東アジアでおこなう予定です。もともとヨコク研究所には、「アジアから調査・研究結果を発信する」という姿勢が前提にあります。というのも、これまでオフィス設計をはじめ、多くのことがヨーロッパやアメリカなど西洋の先進的なものを輸入して紹介する、という構図でおこなわれてきました。

でもこれからは、私たちの土着的な考え方と方法を、改めて掘り下げられないかと考えています。そうした視点の下で、いまはフィールドリサーチの対象とする東アジアの事例についてプレリサーチを進めています。

フィールドリサーチ時の様子

フィールドリサーチ時の様子

目指すのは、「ヨコク」であふれる社会

──おふたりが今後取り組みたいことや、目標についてお聞かせください。

工藤:ヨコク研究所では、「自律協働社会」の兆しを模索するとともに、このシナリオを自ら問い直して更新し続けるというミッションも同時に掲げています。たとえば、「自律」という言葉はひとつの「個」に閉じたものという、西洋近代的な意味合いで使われることが多いのですが、「本当にそうなのか?」という問いが、調査のなかから見えてきました。

「個」というものも、もしかしたら輪郭がはっきりした主体ではなく、もっと曖昧で、曖昧であることでよい「協働」につながっているシーンもあるのかもしれない。そうした問いについて考えることが、自分がやりたい研究であり、ヨコク研究所のテーマにも重なってくると考えています。ナショナリズムとは距離を置きながら、私たちが西洋的なものを吸収するなかで切り捨てようとしているものをきちんと拾いあげて、民俗学的なアプローチで研究していきたいと思っています。

コクヨ ヨコク研究所

田中:僕の場合は最初にお話したように、統計的な調査をすることが多いのですが、それだけだと社会全体の傾向はつかめるけど、表面的な理解になってしまうという課題もあります。一般論として「なるほどね」と頭では理解できても、実際に行動を喚起する具体性や独自性は提示しにくい。なので、一人ひとりが情報を追体験して腹落ちできたり、「自分だったらこうするな」と再解釈しながら実践してもらえるところまで落とし込んでいけるようなアウトプットをするが今後の目標です。

また、従来の研究というと、リサーチからプロトタイピングをして、社内外の方々へ一方的に提示するような、直線的な展開が多い印象ですが、僕らはそれをぐるぐるまわす循環的な取り組みを強化していきたいと思っています。

たとえば、リサーチをして、その結果を書籍やレポートにしたら、読者の方々の新たな解釈や実体験ももとにして一緒に対話しながら未来について深めたり、リサーチの建て付け自体も変えたりする。そうすることで、先ほど工藤が言ったように、もはや「自律協働社会」というテーマも、想定していたものと変わるかもしれません。そんなふうに、さまざまな人の間で研究を循環させていくことができればと思っています。

──ヨコク研究所発足から1年が経ちました。現時点でおふたりが思う「自律協働社会」とは、どういうものだと思われますか?

工藤:一言で言うのは難しいですが、先ほどお話したように、一貫性を持った主体としての「個」の自律、という前提は疑ってかかるべきかと思っています。非連続的で、あいまいな個のあり方に兆しがありそうです。

田中:共同体によっても違うし、社会をどの視点で切るかによっても異なるし、いまの時点では「自律協働社会とは、こういうものです」と、断言するのは難しいですね。ただ、これまでのリサーチを踏まえて、いまの時点で個人的な仮説を立てるとしたら、「自律協働社会は、無数の自律と協働が重なりあっているのかもしれない」ということです。

共同体のなかで「協働」できる環境が、一人ひとりの「自律」的な行動を育み、その「自律」が別の共同体に染みだして「協働」が生まれる。そういう連鎖的で入れ子のような構造になっているのではないか、と。また、その構造は地域や集団の文化によっても異なるように思います。

あと、僕は理工学系だったからか、目に見えて誰もが共通認識を持てるものこそが行動の基盤になると思い込んでいましたが(笑)、甑島のみなさんは、たとえば古民家再生をするとき、その建物が人とどういう歴史を紡いできたかに思いを馳せるなど、目に見えない個別的な物語を感受して原動力とされていたんですね。そういった、独自性強く物事と自分の関係を結いなおして、アクションを起こすことを一人ひとりが実践できると、「自律」や「協働」が小さいところから循環し、全体として社会を形づくっていくのかもしれない、というふうにも思いました。

フィールドリサーチ時の様子

フィールドリサーチ時の様子

──ちなみに「ヨコク研究所」は、どこかワクワクするいいネーミングですが、どのように名付けられたのでしょうか?

田中:組織の名前を決めるとき、「未来社会研究所」などいろいろ候補があがったのですが、昔のコクヨのCMからこの名前を付けることにしたんです。

工藤:「コクヨのヨ・コ・ク♪」というフレーズが当時は広く知られていたようで、上の世代の方からは「CM覚えてるよ」とよく言われます。

田中:ちょっとギャグっぽいけど、キャッチーでもあり、僕らの意図も反映されているんです。

工藤:「予告」という言葉には、客観的な「予測」と違って、自ら発言しようとする主観的な視点がありますよね。外側から傍観者として未来の精緻な予測を目指すのではなく、当事者として社会に巻き込まれながら何か言ったりつくったりして投げかけてみるという立場の表れです。

田中:また、僕たちも未来を「ヨコク」しますが、レポートや書籍を見ていただいた方、一人ひとりが「自分たちはこうしていきたい」と未来を「ヨコク」し実践できる社会を促進していきたい。そんな願いも、この言葉には込められています。

ヨコク研究所 工藤沙希さん、田中康寛さん

文:矢部智子 撮影:加藤麻希 取材・編集:石田織座(JDN)