非日常を踊る 第12回:藤間貴雅

非日常を踊る 第12回:藤間貴雅

2020年春、新型コロナウイルス感染症の影響で1回目の緊急事態宣言が発令され、文化芸術活動にかかわる人たちは大幅な自粛を余儀なくされた。フォトグラファーの南しずかさん、宮川舞子さん、葛西亜理沙さんの3名が、撮ることを止めないために何かできることはないか?と考えてはじまったのが、表現者18組のいまを切り撮るプロジェクト「非日常を踊る」だ。

コンセプトとして掲げられたのは「コロナ禍のいまを切り撮ること」と「アートとドキュメンタリーの融合写真」という2つ。プロジェクトは、タップダンサーやドラァグクイーン、社交ダンサー、日本舞踊家などさまざまなジャンルのダンサーがそれぞれの自宅や稽古場という「裏舞台で踊る姿」を撮影した、2020年を反映するパフォーマンスの記録となった。

本コラムでは、フォトグラファー3名が想いを込めてシャッターを切った写真と、南さんが各表現者にインタビューした内容を一緒に紹介していく。今回は、2020年9月に撮影を行った、藤間貴雅さんの写真とインタビューを紹介する。

藤間貴雅/日本舞踊家(撮影:宮川舞子)

1971年東京生まれの藤間貴雅さん。2002年から商業演劇の仕事に携わり、故蜷川幸雄氏の演出するNHK大河ドラマなどの振付所作指導などを担当。2016年から世界7カ国50カ所以上で公演を重ねている。2019年4月からは青山学院大学大学院の総合文化政策学研究科に入学し、2021年3月に同大学院を卒業した。

稽古場の玄関で獅子の踊りをする試みは初めてだったという今回の撮影。カツラと衣装は合わせると10kg以上になるという。

日本舞踊家の藤間貴雅さんが、稽古場の玄関で頭をグルングルンと振り回す。フォトグラファーの宮川舞子が、その獅子の踊りの様子を逃さないよう、数十回シャッターを切った。

宮川が一旦撮影を止めて、写真の出来をチェックしていると、「ちょっと見せて」と藤間さんもカメラの液晶を覗き込んだ。写真をみるやいなや「わっはっは、これ、面白いね!」と、藤間さんの太い笑い声が響き渡り、玄関で獅子の踊りという前代未聞な試みを楽しむ柔軟さが見受けられた。すべての撮影を終えると、藤間さんは稽古場の鏡の前にどしっとあぐらを組んで座り、慣れた手つきでカツラを外し、白塗りメイクを落とした。その手を止めないまま、話し始めた。

藤間:海外の公演でね、獅子舞で100回以上頭を振り回すようにリクエストされたことがあってさ。衣装は合計10kgぐらいあるから、さすがにふらふらになったことがありましたね(笑)。

たとえ無茶ぶりだったとしても、それを笑って受け止める余裕がある。それは「伝統芸能の素晴らしさを伝えたい」という信念があるからだ。

藤間:日本舞踊は素晴らしい古典芸能と言われているけど、「現代の日本人、みんな見てますか?」というと、そうでもないと思うんですよね。

舞踊家として現状に危機感を感じたことで「古典芸能をもっと盛り上げたい」と思い立ち、2013年から海外で公演活動を開始。文化庁国際芸術交流支援事業の支援を受けたバルト三国公演をはじめ、今までに7カ国50カ所以上で公演を重ねている。

海外では、初めて日本舞踊を目にする人も少なくない。そのため、公演後のワークショップでは、「そもそも日本舞踊って、どんなもの?」という基本的なことを質問されるという。

日本舞踊とは、歌舞伎、能、西洋文化などから影響を受けて発達した日本の伝統的な踊りである。だが、そういった史実の説明を前提としつつ、「日本人ってナニモノなのか?」ということを自分なりに解釈して伝えることを藤間さんは最も大切にしている。

藤間:根本の部分を伝えることによって、日本文化に対する理解や興味が深まってくれたらいいなと。豪華な衣裳で獅子の踊りを披露するだけじゃ、表層的なことしか伝わらないですよね。

各国でそんな問答を繰り返しているうちに、彼自身が日本舞踊についてもっと知りたくなった。日本舞踊を正しく理解した上で日本人らしさを表現することが、自国文化の正しい継承に繋がっていくと感じたからだ。

藤間:35歳になった時に、舞踊家としてオリジナリティを模索してる時期とも重なって。もし70歳で死ぬとしたら折り返し地点まできたから、これから何か一つ、死ぬまで追いかけられるものを見つけたいなと思ったんです。

その答えは、藤間にとって「道化」だった。道化とは、権力や体制を真正面から批判するのではなく、弱者がその権力を皮肉ったり、嘲り笑うことで、世の中の矛盾や問題点を浮かび上がらせる役割や事柄である。藤間さんは、道化の精神に“日本人らしさ”を感じると話す。

藤間:例えば、日本人は真っ向から大きなデモをしないというか、最初からぶん殴りにいかないですよね。そういうダイレクトな方法ではなく、ドラマの「半沢直樹」の最終回で『記憶にないで済むのは国会答弁だけ』というセリフが組み込まれていたように、さりげなく現存の権力を皮肉るような表現の仕方が、日本人の特質なのかなと。

道化の追求が、日本人らしさの表現に繋がる。そこで数年間にわたって、道化をテーマとしたオリジナルの演目を披露したのち、道化の知識を深めるため、2019年に大学院へ入学した。

40代後半にして学校に戻って学ぶ。「正しく日本文化を継承する」という信念は本物である。現在は、青山学院大学の大学院の総合文化政策学研究科の学生として、道化に関するテーマで修士論文に取り掛かっている。

撮影前に動きをチェックする藤間さん。

学業と仕事を両立するため、一昨年から仕事をセーブ。その折に4月の緊急事態宣言が発令されると、完全に仕事がストップしてしまった。東京文化財研究所によると、2020年の歌舞伎や能楽などの伝統芸能は3,000件以上が中止や延期となった。

藤間:この時間を活用するしかない!と、ポジティブに捉えて、本格的に論文制作に集中しました。大学の図書館が閉まっていたから、資料集めからスタートせざるをえなかったですが……。Amazonとか全国の古本屋に毎日電話しまくりでした。どこで買えば安く手に入るかって、マスターしたぐらい(苦笑)。

4月から7月の3ヶ月間に100冊以上、すべて歌舞伎関連の書籍を手に入れた。大学院から支給された一定の研究費をすべてその書籍を買うために注ぎ込んだ。足りなかった分は自腹で購入を続けた。苦労した分、その成果はあった。片っ端から色んな文献を読みあさったことで日本舞踊のみならず、日本文化全体のことを学んだ。

大学院卒業後、日本舞踊の世界に戻り、道化方の演目を創作している。じっくり学んだことで、足利義政や千利休など、歴史上の表現したい人物が何人も出てきた。今まで以上に確信を持って、日本文化の啓蒙や演目づくりを目指す。もちろん今までと同じく、古典芸能を守ることだけに固執するわけではない。

藤間:たとえば今日撮影した写真が雑誌に掲載されて、それを目にした人が「何これ?」と、興味を持ってくれたら、また新たなクリエイトが生まれるかもしれませんよね。僕は日本文化の本質さえ見失わなければ、他ジャンルとのコラボや海外公演など、どんどん進めるべきだと思います。大学院の進学とともに休止した海外公演は、コロナ禍が落ち着いたら再開しようと考えています。

そして、ゆくゆくは、自分の経験や知識を活かし、日本文化の担い手をサポートすることに携わりたいと思い始めた藤間さん。その実現のため、現代の日本舞踊家は知見を深め、ワールドワイドに奔走する。

取材・執筆:南しずか 写真1~2枚目:宮川舞子 タイトルイラスト:小林一毅 編集:石田織座(JDN)