非日常を踊る 第1回:バビ江ノビッチ

非日常を踊る 第1回:バビ江ノビッチ

2020年春、新型コロナウイルス感染症の影響で1回目の緊急事態宣言が発令され、文化芸術活動にかかわる人たちは大幅な自粛を余儀なくされた。フォトグラファーの南しずかさん、宮川舞子さん、葛西亜理沙さんの3名が、撮ることを止めないために何かできることはないか?と考えてはじまったのが、表現者18組のいまを切り撮るプロジェクト「非日常を踊る」だ。

コンセプトとして掲げられたのは「コロナ禍のいまを切り撮ること」と「アートとドキュメンタリーの融合写真」という2つ。プロジェクトは、タップダンサーやドラァグクイーン、社交ダンサー、日本舞踊家などさまざまなジャンルのダンサーがそれぞれの自宅や稽古場という「裏舞台で踊る姿」を撮影した、2020年を反映するパフォーマンスの記録となった。

本コラムでは、フォトグラファー3名が想いを込めてシャッターを切った写真と、南さんが各表現者にインタビューした内容を一緒に紹介していく。なお、プロジェクトをはじめた思いやコンセプト、撮影の裏話についてはコラムに先んじて3名に話をうかがったインタビュー記事でぜひ確認してほしい。

コラム第1回目となる今回は、ドラァグクイーン/ショーガールのバビ江ノビッチさんの写真とインタビューを紹介する。

バビ江ノビッチ/ドラァグクイーン・ショーガール(撮影:葛西亜理沙)

2020年2月に撮影したのは、新宿2丁目のゲイバー「marohige」のマダムでありドラァグクイーン、ショーガールのバビ江ノビッチさん。女装歴は20年以上、ショーガールとしてさまざまなイベントやテレビ出演、TBSラジオでMISIAのアシスタントパーソナリティを務めるなど、さまざまな場所で活躍している。撮影場所となったのは、新宿2丁目の路地だ。

ドラァグクイーン/ショーガールのバビ江ノビッチさんのカット。新宿2丁目の路地で撮影が行われた。

撮影に合わせて今回、2つの衣装をセレクトしてくれたバビ江さん。彼女のキャラクターに負けないゴージャスで印象に残る衣装はなんとほとんど手づくりだという。いまから20年以上前にひょんなことから女装したことで、バビ江さんの人生が変化した。

バビ江ノビッチ(以下、バビ江):東京のゲイクラブで遊び尽くしてやることがなくなった時にね、友達から「まだうちら、女装したことないよね?」って誘われて、メイクして衣装を着て、南青山のクラブのレズビアンナイトに遊びに行ったのね。そんなに乗り気じゃなかったんだけど、ダンスフロアで踊った瞬間に「あー、これだ!」って、本当に雷を受けたような衝撃を受けたのよ。女装したことで、人生のパズルの最後の1ピースがハマったみたいな。

派手な化粧をして着飾ることに、外面を武装していくイメージを持つ人もいるかもしれないけど、そうじゃなくて、それは逆に自分の内面を深く見つめていく作業なんだよね。どういうことかと言うと、自分の中の女性的な部分って、子どもの時はもちろんだけど、実は2丁目でも本当の心の奥底にある女性的な部分は、そんなに出せる機会がなかったりするの。もちろんおネエで喋ったりキャーキャー騒いだりもするけど、ゲイの世界ってやはりどこか男の世界だからさ。

そのずーっと内に秘めてた女性性、自分でも見たくないような自分の心の奥底の女性性を見つめて受け入れることで、よりオープンになって、より自分らしくなれた気がした。だから女装にハマっていったのよね。

バビ江さんと、撮影を担当したフォトグラファーの葛西さんが撮影カットを確認している様子。

「ドラァグクイーン」について、どういう解釈をしているか尋ねると、バビ江さんの答えは明確だった。

バビ江:簡潔にいうと、派手な女装をしたゲイね。まぁゲイだけじゃなく、トランスジェンダーやレズビアン、ストレートのドラァグクイーンもいるんだけど。ドラァグは「Drag=引きずる」という意味だから、ドラァグクイーンは「性別の境界線や、常識と非常識の境界線など、何かを引きずっている人々のこと」って昔からよく言われていて、自分もそうだと思う。ドラァグクイーンを始めた頃は、そういう存在の一部になることが楽しかったけど、なんだかそういう鹿爪らしい顔するのも飽きてきちゃって、今はショーガールとしてのアイデンティティが一番重要かな。だって、ショーのお仕事が一番好きだから。

一般的にショーガールというとイベントやパーティを盛り上げる女性エンターテイナーをイメージするが、バビ江さんはどんなショーをされているのかうかがうと、「お客さんを楽しませるためなら、なんでもするって気持ちがあるかな!」と第一声が返ってきた。

バビ江:若い時はおもにゲイ向けのショーをつくっていたけど、それは自分が上京した当時、2丁目やゲイのクラブの存在に非常に救われた部分があって、自分も何か還元したいという思いがあったから。自分のショーを見て、若い子たちが「あー、ゲイに生まれて良かったな」って気持ちになってくれたら良いなって。

だから、空を飛んだり火を吹いたり、サイボーグになったり、とてつもなく派手だったりゴージャスなショーをやったんだけど、10年ぐらい経って一通りやり尽くしたし、その役目にひと段落ついた気がしたから、その後の10年はノンケさん向けのエンタメショーをやったわ。

撮影中の様子

ショーガールと並行して、現在のメインのお仕事は「marohige」というお店のマダムを務めているバビ江さん。

バビ江:女装を始めてから最初の10年くらいは、フリーでショーの仕事だけしてたのね。ショーって、事前に準備したものをその場でやるだけだから「どうよ、私!」って見せるしかない、基本的には一方通行のコミュニケーションなんだよね。そこに気づいた時に「人とのコミュニケーションを疎かにしてきたかもしれない」って反省して。だから、もうちょっと人と関わることに重きを置きたいなって思い始めてた矢先、縁があって今のお店がオープンすることになった。

開店以来10年間、ずっと右肩上りでお客さんが増えていたんだけど、緊急事態宣言でさすがに休業。2丁目は、うちのお店を含めて約9割のお店が休業してるわ(2020年2月時点)。個人的には、ショーや講演会などお店以外の仕事も全部なくなっちゃった。そんな状態が1年ぐらい続いてるわね。

1回目の緊急事態宣言が発令されたことで「約2カ月半、何もしなくていいよ」っていう時間ができたから、今まで時間がなくて追いきれなかった、見たくても見れていなかった映画やドラマ、本などを一気にぶわーーって読んだり見たりしたの。20数年間、ずーっと働き詰めだったから、本当に毎日充実して楽しかった。

だけど2回目の緊急事態宣言は、さすがにちょっと辛いな。1回目の宣言解除を受けてから、短縮営業でお店を再開したけど、やっぱりガクンと客足が減った。そうなってくるとさ、いままでずっとスタッフ全員でまじめに頑張ってきて、それなりの評価も得てきてたつもりだったんだけど、なんか方向性が違ってたのかなとか考えちゃったり……。そんな弱音を吐きたくなるぐらい厳しい状況ね。

「marohige」にて撮影準備を行う様子

バビ江:自粛期間中にね、すごくつくり込んだ映像ショーの配信を考えて、撮影や編集も進めていたの。でも、人同士のナマの、現場でのリアルな繋がりにやりがいを感じて今までやってきたから、ネットで一方的に配信するっていうのは自分には向いてないかなと感じて、今は作業を保留してる。

だから、次はなにをしようかなってまだぼんやりとしてるんだけど、そんな中、ちゃんとした劇場で「子ども向けのドラァグクイーンショー」をやらないかって企画がちょっと前に舞い込んで来てね。まぁその企画自体は頓挫しちゃったんだけど。子供向けの企画って、最初はちょっとおよび腰というか、あんまり乗り気ではなかったのね。だって、ドラァグクイーンって、やっぱりゲイやセクシャリティと絶対切り離せない部分があるから、自分が意図してなくてもどうしてもセクシャルな香りがしちゃうと思っていて。もちろん、セクシーな表現は子供の前で絶対のNGではないし、子どもたちに“多様性”を見せることは重要だとも思うんだけど。

自分は子どもの時になんでゲイを隠したかっていうと、当時はゲイやセクシャルマイノリティって選択しちゃいけない選択肢としてしか存在してなかったと思う。まわりにもいなかったし、メディアにもほぼ露出がなかったから、若い時からセクシャルマイノリティが身近にいたり可視化されていたら、あそこまで自分も悩まなかったんじゃないかなって。だからこそ伝え方って難しくて、変な表現で子どものトラウマになったらよくないし、より偏見を助長しちゃうような存在になってもいけない。

ドラァグクイーンから性的な表現を削ったら、それこそ羽をもがれたようなものかもしれないけど、その制限の中で何ができるのかをいま考え中。そのアイデアをあれこれ考えることが楽しいの。今までさんざんバラエティ豊かなショーをつくってきたけど、子ども向けの思考回路って使ったことがないから、また何か新しい面白いことができるかもしれないってワクワクしてる。あとは年齢的なこともあって、なんだかんだ自分は45歳になったからさ、何か次の世代に伝えられることがあるなら喜んで伝えたいなって思うのよね。

取材・執筆:南しずか 写真1~2枚目:葛西亜理沙 タイトル文字:小林一毅 編集:石田織座(JDN)