藤森照信が登壇した「路上観察学会」スペシャルライブ
続いては、パスポートを購入すれば無料で参加できるイベントの中で、「京都モダン建築祭+路上観察学会スペシャルライブ」を紹介します。

会期初日に国立京都国際会館で開催 photo:衣笠名津美
路上観察学会とは、1986年、赤瀬川原平さんや藤森照信さん、南伸坊さん、林丈二さん、松田哲夫さんらによって発足された学会。路上に隠れ潜む景観や美観とみなされないさまざまな建物や建築の装飾、壁、塀、階段などを“物件”として採集し、博物誌的視点や見立てによって解読してきました。
スペシャルライブの第一部「建築探偵 京都をゆく」では、藤森照信さんが登壇。1986年に路上観察学会のメンバーが京都を探索し、その記録をまとめた書籍『京都おもしろウォッチング』に掲載された、現存する建築や当時の思い出について縦横無尽に語りました。

第一部「建築探偵 京都をゆく」の様子 photo:衣笠名津美
「京都は謎かけされているような不思議な町」という言葉で藤森さんが締めくくると、続く第二部「京都おもしろウォッチング、再び」では、ゲストとして俳優の常盤貴子さん、アーティストの鈴木康広さんが登壇し、本橋仁さん(金沢21世紀美術館レジストラー)とともに、京都市内を巡った様子を紹介。
藤森さんが初めて設計した、徳正寺の茶室「矩庵」からスタートし、京都大学建築学科の目の前にあるトマソン階段やマンホールのデザインに注目したり、敷地内の建築を巡ったりした様子を写真とともに振り返っていました。

第二部「京都おもしろウォッチング、再び」の様子 photo:衣笠名津美
スペシャルライブの終盤、2026年に路上観察学会が40周年を迎えることについて藤森さんは、「好きでやっていたことだったから、記録性は皆無。後世のこんなに若い人に注目されるとは思わなかった」と笑顔で語ると、「京都モダン建築祭」実行委員であり、司会を担当していた笠原一人さんは、「建築祭は、すでにあるものをもう一度見直す、ある種の解釈のイベント。路上観察学会も、京都モダン建築祭も、同じ方向を見ているのでは」と挨拶し、大きな拍手の中で終了しました。
一度は観てみたい!名建築を巡るガイドツアー
最後に紹介するのは、建物のオーナーや建築家、勤務するスタッフ、研究者らがガイドとなって案内する「ガイドツアー」。今回、3つのツアーに参加してきた様子をレポートします。
■丸福樓(任天堂旧本社社屋)

「丸福樓」外観
1889年、花札を製造する会社として山内房治郎が京都で創業したのが、任天堂株式会社です。創業の地である京都・鍵屋町に建つ旧本社は、1930年に竣工。事務棟、創業家の住宅棟、倉庫棟の3棟からなり、昭和初期のアールデコ建築の傑作として知られてきました。
2022年4月、当時の建物を活かしながら、建築家・安藤忠雄さん設計監修による新築棟と共に、全18室のホテル「丸福樓」として新たな歴史をスタートさせました。

ゲストラウンジに置かれた丸福樓のレゴブロック。左奥から事務棟、新築棟、住宅棟、倉庫棟と建物が連なり、敷地内の路地を通って各建物を行き来する
建築祭の中でも毎回とても人気が高いという丸福樓のガイドツアー。今年は、4棟すべてと意匠が異なる4室を巡りました。

ガイドツアーを担当してくれた高橋陸さん。丸福樓で仕事をするのが念願だったそう
改修時は「スモールラグジュアリー」をコンセプトに、南北に連なったRC構造の3棟とその一部を解体修復し、外観と内装、共にできる限り竣工当時の面影が感じられるよう改修したそうです。
また、新たな増築した新築棟も、旧本社社屋の建設当時の風格を保ちつつ、現代の新鮮な空気をまとった空間となっていました。4棟すべての空間にそれぞれ重厚感を感じつつも、時間がゆっくりと流れているような柔らかさに包まれ、どこか懐かしい雰囲気にほっとする感覚を覚えました。
全18室の客室はすべて角部屋で、内装や調度品も異なっているそうです。泊まるたびに新たな滞在体験を楽しめるというのも大きな魅力です。
客室のひとつ、ルーフトップテラスが併設された新築棟の「丸福樓スイート」は、あまりの広さと上質な空間にただただ圧倒されました。

「丸福樓スイート」のリビングスペース
そのほか、既存棟に位置する、希少なタイルが使われた暖炉を意匠として残した客室「スーペリアキング」、ウィリアム・モリスの壁紙や当時使われていた巨大な扉の装飾など、かつての建物を彷彿とさせる客室「スタンダードキング」、どちらもとても素敵でした。

「スーペリアキング」の室内の様子
特に魅了されたのは、既存棟のライブラリー「dNa(ディーエヌエー)」。谷尻誠さんと吉田愛さん率いる建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEが監修しており、ライブラリーエリアとバーエリアが隣接した空間です。

ライブラリー「dNa」。壁面には、ブックディレクターの幅允孝さんによって選び抜かれた書籍や、初代ファミリーコンピュータを表現した作品なども置かれている
普段は宿泊するゲストのみが利用でき、創業者の山内家プロデュースのもと、挑戦を続けた任天堂の歴史とその原点に触れられる特別な場所となっています。
丸福樓に滞在することそのものを旅の目的に訪れている人が多いというのも納得するほど、とにかくこの空間で何もしない時間をゆっくりと味わって過ごしたくなるような魅力が、随所に感じられるガイドツアーでした。

客室のカギ。エントランスに掲げられた社名のプレートがキーホルダーになっている
■ロームシアター京都
1960年に竣工し、2,000人規模の文化施設として広く愛された「京都会館」を、2016年にリノベーションして新たにオープンした「ロームシアター京都」。巨匠・前川國男が手がけた戦後モダニズムの傑作は、京都を代表する劇場のひとつです。
ガイドツアーでは、改修設計を手がけた香山壽夫建築事務所の仕事や、意匠をできる限り継承しながら再整備された劇場建築の見どころなどを紹介。

ガイドツアーの様子
サウスホールのチケットカウンター付近では、前川國男が手がけた仕上げのひとつ「壁打込みタイル」の先駆となる煉瓦壁が修復保存されています。「壁打込みタイル」はコンクリート打ち放し壁の劣化を防ぐため、煉瓦タイルによる保護仕上げとして開発されたものです。のちの前川建築の方向性を示唆するものとも言えるでしょう。

サウスホールチケットカウンター
サウスホールのロビーは、同じく前川國男が手がけた東京都美術館(上野)でも見られる、屋内外がシームレスにつながっているかのような意匠となっています。また、改修前後の意匠がわかるエリアが点在しており、わずか30分ほどのガイドツアーでは語りつくせないであろうストーリーや見どころが多数ありました。

サウルホールロビー

以前会議室だった場所は、当時の面影を残したレストラン「京都モダンテラス」として営業
なお、リニューアルオープンから10年を迎える2026年には、建築をテーマにした展示やトークイベントを館内で開催予定とのこと。そのほか、夜にライトアップされたロームシアター京都は、昼間とは趣がガラッと変わるのでおすすめです。平安神宮や京都市京セラ美術館、京都国立近代美術館などが点在し、建築散歩にもぴったりなエリアです。

夜のロームシアター京都
■鮒鶴(ふなつる)
最後に紹介するのは、鴨川に佇む京都随一の料亭建築「鮒鶴」を、建築史家の石川祐一さんの解説とともに巡る特別見学ツアーです。現在は、「LE UN(ルアン)鮒鶴京都鴨川リゾート」という店名で営業しています。

「鮒鶴」外観
1927年に竣工した本館は、木造・地上3階一部4階、地下1階。その6年後に竣工した新館は、鉄骨造・地上4階・地下1階の構造です(いずれも地下階は非公開)。現在は、いずれもレストランや結婚式場として営業しています。当時の豪華な意匠を活かしながら修復・再生された空間は、重厚さとモダンのバランスが絶妙でした。

新館の最上階に位置するチャペル

折り上げ格天井や欄間、床柱など、細部まで贅を尽くした空間となっていた
京都市内を一望するルーフトップテラスからの眺望や、折り上げ格天井の大広間、アールデコの吊り照明など、竣工当時を彷彿させつつ、現代にフィットする機能性や利便性を兼ね備えた空間が広がっていました。

ガイドを担当した石川さんは、京都市の文化財保護技師、学術博士。専門は近代建築史や住宅史で、著書に『近代建築の夜明け-京都熊倉工務店・洋風住宅の歴史-』『京都の洋館』『民藝運動と建築』(共著)などがある
石川さんも、貴重な建造物を修復・再生し、守り残しながら活用し続けることの価値や意義について触れていました。
歴史のある大規模な建造物がいまも現存している鴨川沿い。鮒鶴も、建造物そのものの歴史的・芸術的価値が評価され、2012年に登録有形文化財に登録されています。少し特別なランチやディナーの機会に、鮒鶴のような歴史あるお店を選んで楽しむのも京都ならではと言えそうです。
なお、「ガイドツアー」で紹介した建築は非公開ではなく、普段から利用できる場所です。機会があればぜひ現地を訪れて体感してみてください。

鴨川沿い
長い歴史と文化が息づく京都の街には、いたるところに神社仏閣や庭園があります。「京都モダン建築祭」を巡り、明治以降のモダン建築も数多く現存していることを改めて実感できました。
なぜここまで、私たちは建築に魅了されるのか。建物の一つひとつに、細かな意匠、素材、手がけた職人たちの技術、建築家たちのこだわりと竣工当時の時代の空気など、見どころと楽しむ視点が無限に存在するところが、その理由なのかもしれません。
京都モダン建築祭
https://kyoto.kenchikusai.jp/
取材・文:Naomi 編集:岩渕真理子(JDN)
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