2020年11月から12月にかけて開催された香港のデザインイベント「deTour 2020」。イベント内で実施されたオンライントークイベント「deTour デザイン・ダイアログ」では、特別版として「危機とデザイン」をテーマに、NOSIGNERの太刀川英輔さんとWhateverの川村真司さんが登壇しました。
コロナ禍という世界的な「危機」の状況の中で、デザインやクリエイションはどのような力を発揮するのか。本記事では、太刀川さんによるオンライントーク「PANDAID – design aid for pandemic」の模様をレポートします。東日本大震災の際にスタートした「OLIVE」のプロジェクトから、新型コロナウィルス感染対策サイト「PANDAID」、そしてdeTourにて展示されたモザイクフェイスシールドまで、太刀川さんが考える「危機とデザイン」とは?
東日本大震災という危機から生まれた「OLIVE」「東京防災」
NOSIGNERの太刀川英輔です。僕は建築からグラフィック、プロダクトなど、デザイナーとしてさまざまなデザインを行っていますが、ひとつ決めているのは、「未来を創造的にするデザインをつくり続けたい」ということです。
「創造的」であるということは、必ずしもデザインやアートというものだけではなく、さまざまな課題を乗り越えていくために、誰もが本領を発揮できるような社会にするということでもあります。
そんな視点から、これまでにさまざまなプロジェクトに関わってきました。防災のデザインや次世代エネルギーのプロジェクト、街の政策づくり、商品のブランディング、さらに病院に付随する、人生の終わりに向かう時に支えとなる施設をつくるプロジェクトなどにも参加しています。また、自分たちがやっているようなケーススタディを実践する人を増やしたいという思いから、進化思考という進化とデザインをつなぐテーマの「創造性教育」にも取り組んでいます。
今回のトークテーマは「危機とデザイン」ですが、新型コロナウィルス感染拡大といった現在の危機的状況を僕らが意識したのは、今回がはじめてではなく、東日本大震災の時もみなさん同じような危機を感じたのではないかと思います。
東日本大震災は、まさしく歴史的に見ても世界最大規模の危機で、いまもまだ続いている災害だとも言えますが、その時に僕らは「OLIVE」というプロジェクトで、オープンソースなWebサイトをつくりました。
このサイトでは、仮設トイレやマスクのつくり方といった、被災という状況下で生き残るために必要なさまざまなデザインの情報を募り、発信したんですね。だいたい震災から40時間にサイトを立ち上げたんですが、情報は広がっていき、多くの方に見てもらうことができました。
このプロジェクトはいまからだいたい10年前のものですが、現在は世界的なパンデミックという状況。「危機とデザイン」について考えるにあたり、このような状況においてデザインでどのように新しい可能性を生み出し、育てていくのかということをお話したいと思います。
「OLIVE」をオープンしたのが2011年9月でしたが、 サイトのオープンから2年後の2013年に、「OLIVE」の防災キット「THE SECOND AID」を制作しました。こういったプロジェクトは、初動1週間ほどの最初のフェイズがすごく肝心で、そのあとはどうしてもトレンドとしてはダウンしてしまうんですね。
たとえ震災を乗り切ったとしても、仕事がないと東北の経済が回らない。そのことが問題なんです。そこで僕らは、防災産業を東北につくろうと考えました。この防災キットはその時に制作したものでしたが、当時はなかなかパートナーが見つからなかった。プロジェクトに対してやる気がある人が見つかっても、ものを売ったことがない方ばかりだったり。そういった状態が2年ほど続きました。
その後「OLIVE」は書籍化され、累計で3、4万冊ほど売れ、防災キットも数万箱は売れたのですが、それだけではとてもじゃないけれど防災産業だとは言えない。本当は産業と呼べる規模のものをつくりたかったのですが、そこまではなかなかいけなかった。
その後、2015年に大きなチャンスが訪れました。当時の東京都知事から、都民全員に防災についての情報を届けたいという要望があったんです。東京は、世界で一番危ない都市だと言われているんですが、だったら世界で一番防災への備えがある都市になろうということで、「東京防災」というプロジェクトがはじまりました。その時に僕らの「OLIVE」が参考になったということで、プロジェクトに呼んでいただいたんですね。
東京にはおよそ670万世帯あるんですが、中学校や消防署などで教材として使われたものを含めると、「東京防災」のハンドブックは、少なくとも750万部は配布されました。これは、日本の行政史上最大級の出版計画だったと言われています。
「東京防災」のプロジェクトで、「OLIVE」の時と共通して考えていたのは、「防災」というものをどのようにエンターテインメントにするかということでした。これは僕らにとって転機になった仕事ではありますが、防災というカルチャーにとっても転機になったのではないかと思います。いま「防災」で検索すると3億500件ほどヒットしますが、「東京防災」で検索してみるとだいたいヒットするのは1億5000万ほど。もちろん、ヒット数は日によって異なりますが、日本中の「防災」という言葉の約半数ほどです。
僕らは、表紙を含めたグラフィックデザインにおいて、黄色と黒を使用することで「emergency」という意味合いがすぐにわかるように表現していますが、似たようなデザインが検索でたくさんヒットすることからわかるように、「防災」というイメージづくりにとても貢献できたんじゃないかなと思っています。現在も、NHKの防災についての番組をつくったり、防災のプロジェクトは継続して取り組んでいます。
ソーシャルディスタンスという制約を楽しむために
「OLIVE」から10年がたった2020年、新型コロナウィルス感染拡大という状況で、僕らは震災の時に感じたこと思い出したんですね。世界中でたくさんの方が亡くなっているという状況で、いったいこの無力感をどうしたらいいものかと考え、新しいプロジェクトとして「PANDAID」をはじめました。
「PANDAID」は「OLIVE」と同様に、Wikipediaのようにみんなで編集することができるWebサイトです。プロジェクトの仲間になることで、サイトにどんどん書き込むことができるので、みんなでアップデートしていくことで、なるべく世界で一番わかりやすい新型コロナウィルス感染症対策サイトを目指しました。サイトをきっかけに情報がいろいろなところに拡散して、国連などでも取り上げていただいています。
特に多くの方に広まったのは、A4のクリアファイルを使って、30秒くらいでフェイスシールドができる動画です。これは4月の頭くらいに発信したもので、その頃はまだ「ソーシャルディスタンスってなに?」みたいな状態だったんですが、COVID-19対策としてデザインでなにかおもしろいことができないかなといろいろ考えている中で生まれました。この動画は、FacebookとTwitterでは100万回ほど再生され、世界各国に広がったようで、さまざまな国から感謝状をもらいました。台湾の台北市からも社会を変えるデザインとして表彰されました。
ソーシャルディスタンスをはじめ、こういった状況下では従わなくてはいけない新しいルールが生まれます。そうすると、ある意味でそれは政府によるコントロールでもあるわけです。ただ、たとえそれが自分の命を守るために必要な情報だったとしても、それ自体は心地よいものではない。その時に、どうやったら強制性を感じることなく、こちらが能動的に楽しめることに転換できるのかということを考えたんです。
そこで、ソーシャルディスタンスといった制約をどのように楽しく読み替えるのかというプロジェクトのひとつが、この踏むとコインの音が出る「LIFECOIN ステッカー」です。
また、巨大な楽譜型のステッカーを貼った「ソーシャルハーモニー」というプロジェクトは、それぞれ音符の場所を踏むことで「ジムノペティ」のメロディが流れるというものです。「ソーシャルハーモニー」という名前には、分断ではなく「調和=ハーモニー」が生まれて欲しいという思いを込めています。みんなで順番に踏むと曲になるんですが、ランダムに踏んでも、同じコードの中で音が鳴るので、違う曲になるのがおもしろいんですよね。
こうしたPANDAIDの一連のデザインは、香港政府が毎年主催するアジアデザイン賞のGrand Award(最高賞)にも選ばれました。そして今回deTourで僕らは、PANDAIDの展示とともにフェイスシールドをリデザインした作品を展示しています。モザイクパターンのフェイスシールドで、一見コミカルなデザインなんですが、半透明なので被ると自分の顔にモザイクがかかっているように見えます。
なぜこのようなものをつくったのかという理由には、もちろんフェイスシールドは自らを守るためにつけるものですが、僕らはCOVID-19だけでなく、プライバシーを守るための「見えない敵」という脅威に晒されている状況だということがあります。
特に顔認証技術などによる個人の特定は、アイデンティティを守るための見えない脅威としてある。明言はしませんが、香港のためにデザインしたものです。デザインというのは、その状況で輝くための適用のあり方だと思うんです。なので、これは今回のdeTourでなければつくっていないと思います。
危機をポジティブに変換するクリエイティビティ
現在のような新型コロナウィルス感染症の蔓延といった状況は、僕ら人類は100年くらい経験していないことです。なので、あらゆることが起こり得る。そういった意味では、デザイナーがフロンティアとしてクリエイティビティを発揮することで、新しい可能性が生まれる時だと思うんです。いまこのタイミングだからこそ、クリエイティビティが必要なんじゃないかと思っています。
ただ、それはデザイナーだからということではないんですよね。あくまでデザインは、デザインという一種の言語コミュニケーションです。そしてこの言語だからこそ、早く伝えることができることがたくさんある。僕はそう考えています。なので、デザインという言語をみんながしゃべれるようになった方がいいと思います。そしてそれはデザイナーに限らず、インスタグラムで拡散するための写真を撮ることもデザインですし、みんながやっていることなんです。
危機的状況において、人はクリエイティビティを必要とします。これは、歴史が証明していることです。たとえば、第一次世界大戦があったからこそモダニズムが生まれ、第二次世界大戦があったからミッドセンチュリーが生まれた。デザインが隆盛したのは、ある意味では大戦があったからだとも言える。あるいは、ペストが蔓延したからルネサンスは花開いたとも言われているし、スペイン風邪があったから、その翌年にバウハウスができた言われている。
COVID-19は、スペイン風邪の死者数を上回る史上最大級の感染症ですが、僕らがこういった状況で創造性をアップデートして、おもしろいものをデザインしようとすること、そしてそれができる人を増やすことは、とても意味があることだと思います。それは同時に、危機において我々はクリエイティブにならざるを得ないということです。実際に、「OLIVE」の時に東北で会ったみなさんはとても力強かった。こちらが驚くほどエネルギーがありました。僕らが現地に行けたのは震災から1か月後だったんですが、みなさんが笑顔だったんです。笑ってなんかいられない心情だったはずなのに、それがとても不思議で。
そして、そういった方々がどんどん街をもとの姿に戻していくんですよね。そういう底力みたいなものが僕らにはあって、それこそが生きるために私たちが備えているクリエイティビティなんです。この危機的状況をポジティブなものに変換できるかどうかは、我々次第だなと思います。
文・構成・編集:堀合俊博(JDN)
deTour 2020
https://www.detour.hk/2020/en/