8組のアーティスト・クリエイターが元社宅をリノベーション、アートを内包する賃貸住宅「APartMENT」

8組のアーティスト・クリエイターが元社宅をリノベーション、アートを内包する賃貸住宅「APartMENT」

205号室 電化美術×FabLab Kitakagaya

電化美術×FabLab Kitakagaya

電化美術×FabLab Kitakagaya

簡易のラックやフックをつくれるような仕組みも用意されている

簡易のラックやフックをつくれるような仕組みも用意されている

電化製品のデザイナーを中心とした、大阪を拠点に活動する”モノづくり/コトづくり”集団「電化美術」と、実験的な市民工房「FabLab Kitakagaya」による205号室は入った瞬間のインパクトがすごい。部屋中に設置された約430個のコンセント、あらゆる場所から電源を得ることが可能。つまり電球の位置を変えるのも30秒でできる。電気回路の試作・実験に用いるブレッドボードから着想を得たもので、コンセントの位置に規定されず家そのものを組み替/つくり変えるような住まいの提案だ。また、約430個のコンセントのうち約3/4がフェイクで、通電していないというのもおもしろい。8回路にグルーピングされているのでブレーカーが落ちる心配もおそらくないとのこと。

また、コンセントそれ自体がジョイントとなり、簡易のラックやフックをつくれるような仕組みも用意されている。それらは、CADソフトと3Dプリンターがあればかんたんにつくることができるので、近隣のFabLab Kitakagayaを利用するのが効率的だろう。

コンセント棚受やコンセントリングなどの3Dデータは、リンク先の「3D Data Download page for BreadboardHouse」からダウンロードすることが可能。
http://denbixfablab.tumblr.com/

206号室 GREEN SPACE

GREEN SPACEの辰己二朗さん(左)とスタッフの中山さん

GREEN SPACEの辰己二朗さん(左)とスタッフの中山さん

ウレタン製のスツールを石に見立てた石庭が室内に出現

ウレタン製のスツールを石に見立てた石庭が室内に出現

辰己耕造さんと二朗さんの兄弟を中心とした「GREEN SPACE」は、個人宅や店舗の庭づくりと手入れだけでなく、庭やグリーンに関する講演やワークショップを行っている。庭師である彼らが、共有スペースのグリーンを担当するのではなく、部屋をつくるというのだから「ARartMENT」はなかなか挑戦的だ。

“ボクらは普段暮らしの背景をつくるような感覚で庭を扱っていますが、今回は「住まいに内包される庭」というコンセプトで考えました”とコメントするように、206号室に入ると土間が広がり、ウレタンでつくったスツールを石に見立てた石庭が出現する。その他にもいくつもの植物が用意されているが、枯れても庭としてカタチになるように計
算されている。そして外でも内でもない縁側を部屋の中心に配置したことで、内部が外部を侵食するような感触を味わえる。

また、土壁や藍染の暖簾など、年を重ねることで味わいが増すような工夫がなされている。

305号室 スキーマ建築計画

長坂常さん(スキーマ建築計画)

長坂常さん(スキーマ建築計画)

一切図面を引かず現場で解体しながら設計、躯体にこびりついたモルタルを丁寧に剥がしていった

一切図面を引かず現場で解体しながら設計、躯体にこびりついたモルタルを丁寧に剥がしていった

“今回のプロジェクトは剥がすだけでつくる”とコンセプトを語った長坂常さん(スキーマ建築計画)。ある時、すでにあるものを壊すだけでかっこよくなると気づき、要らないものを取っていく、つまり「引く」だけで再構成するということに取り組んだ。一切図面を引かず現場で解体しながら設計、躯体にこびりついたモルタルを手作業で剥がし、丁寧に壊して2~3の要素を付け足したそう。身体を使うことで、どこをどう外すと気持ち良いつくりになるかがだんだんわかってくるそう。

306号室 吉行良平と仕事

かつて押入れだったスペースは作業机に

かつて押入れだったスペースは作業机に

押入れから外されたふすまなどを別の部屋で収納スペースをつくるのに利用

押入れから外されたふすまなどを別の部屋で収納スペースをつくるのに利用

家具のデザインやマスプロダクトのデザインをする吉行良平さん。この社員寮に訪れた時、「部屋というより家に帰ってきたような感じがした」と語る。以前にが住んでいた人が住み良く使用していた形跡があり、次に使う人の生活を想定をしながら、部屋を構成する箇所箇所から要素をもう一度見直し、それぞれに少しずつ今までと違う主張をする新しい空間を構築した。

押入れだった場所が作業机になったり、床の間に押入れに使われていたふすまが移設され、新たな収納スペースになったり、何かが少しずつスライドしたような不思議な仕上がりだ。元あったものを別の形にデザインすることは、プロダクトデザインの再定義と言って良いだろう。

203号室 松延総司

現代美術家の松延総司さん

現代美術家の松延総司さん

壁紙の代わりに紙やすりを使用した「やすりの部屋」。既存の天井はそのまま残した

壁紙の代わりに紙やすりを使用した「やすりの部屋」。既存の天井はそのまま残した

現代美術家・松延総司による203号室は、紙やすりを壁紙の代わりに使用した「やすりの部屋」。住み手自身が壁に触れることで「やすり/やすられる」というもの。賃貸住宅を借りる時に壁を傷つけてはいけないというのが当たり前の前提となっているが、それに対してこの部屋ではインテリアが「やすられる」ので普通の賃貸住宅とはまったく異なる関係性が生まれる。当然のことながら壁の掃除をすることは難しく、いうなれば壁紙と住人の関係性を問い直す試みだ。

紙やすりの壁紙に合わせて、畳も部屋ごとに番数を変えている

紙やすりの壁紙に合わせて、畳も部屋ごとに番数を変えている

また、部屋ごとにやすりの種類を変えることで、からっとして見えたり、じっとりして見えたり、異なる質感のデザインを成立させた。それに合わせて部屋ごとに畳の目も異なるものに。原状回復の観点では今後どうしていくのがふさわしいか未定だが、できれば次の人に受け継いでいってほしいとのこと。

204号室 NEW LIGHT POTTERY

オリジナルの照明を部屋の中心となる場所に設置

オリジナルの照明を部屋の中心となる場所に設置


大理石の部分に触れると、明るさを調整することができる

大理石の部分に触れると、明るさを調整することができる

住居や店舗の照明計画のプランニングやオリジナル照明器具、特注照明器具の設計・製造する「NEW LIGHT POTTERY」。”ふだん表に出ることが少ないので、今回は思い切った攻めをさせてもらった”と語るように、完全に照明を主軸にというか、照明に特化した部屋ができあがった。

現在の住空間では明るさや効率性が優先されているため、照明が人に与える影響はおざなりになっている、そこで通常の価値観とは違う物差しで住空間の光環境をつくり、機能ではなく感覚に訴える光を表現。リビングでテレビが置かれるであろう位置をオリジナルの照明がジャック。白熱照明が発する熱を利用してプロペラが回転するという仕組みで、そのプロペラの反射が空間に動きをもたらすものだ。”外光が入ると成り立たないので、できたら夜型のかたに(笑)”とのこと。

303号室 松本尚

盆栽や植物のイメージしたイラストが空間全体を覆うインスタレーションのようなつくり

盆栽や植物のイメージしたイラストが空間全体を覆うインスタレーションのようなつくり

参加アーティストのなかで女性は松本尚さん一人、女性の入居者も想定してつくりあげた

参加アーティストのなかで女性は松本尚さん一人、女性の入居者も想定してつくりあげた

生活用品や服、壁紙など日常的にあるものの中に、夢や神話、伝承、現代文学などから抽出したイメージを潜りこませ、現実世界とのズレ、揺らぎを生み出すような作品を制作する松本尚さん。北加賀屋エリアの家々に置かれた道路にはみ出さんばかりの植木にインスパイアされた、盆栽や植物のイメージしたイラストが空間全体を覆うインスタレーションのようなつくり。参加アーティストのなかで女性は松本さん一人、女性の入居者も想定してつくりあげたとのこと。小さな3畳の和室は茶室をイメージ、押入れをつぶしてトンネル状につなぎ、2つの和室を行き来できるようにしたのもユニークだ。

304号室 Rhizomatiks Architecture

Rhizomatiksの建築チーム、「Rhizomatiks Architecture」から有國恵介さん(左)と田中陽さん

Rhizomatiksの建築チーム、「Rhizomatiks Architecture」から有國恵介さん(左)と田中陽さん

施設開発、まちづくり、都市開発などさまざまなフェーズにおいて、コンテンツを企画・実行するRhizomatiksの建築チームが手がけた304号室のテーマは「記憶の記録」。

“居住空間における普段の何気ない時間の中にも実は居住者にとって重要な情報が潜んでいるのではないだろうか?居住空間自体が人間の外部記憶装置として機能することができれば、そこにはまた違った住居の在り方が見えてくるのではないかと考えました”というところからスタートした、いわば社会実験的なプロジェクトだ。

記録方法は、居住者(ある一定の物体量)が検知エリアに入ったことを深度カメラで判定し、自動的に音声録音と動画撮影をスタート。検知エリアから出ると自動的に記録が終了する。検知エリアは部屋全体ではなく、居住エリア内の一角のみ。

検知エリアに入ったことを深度カメラで判定、梁を超える瞬間に部屋の領域が変わる

検知エリアに入ったことを深度カメラで判定、梁を超える瞬間に部屋の領域が変わる

検知エリアに居住者が入ると、自動的に動画撮影と音声録音をスタート。検知エリアから出ると自動的に記録が終了する

検知エリアに居住者が入ると、自動的に動画撮影と音声録音をスタート。検知エリアから出ると自動的に記録が終了する

記録データは外部ストレージ内にローカル保存され、誰かに見られることはなく居住者のみが見返すことができる。入居者は退居時に記憶を持って出ていく、つまり家自体が居住者の短期記憶を記録するのだ。会話、行動、感情など、生活で得られる体験のすべてをヒトが記憶することは難しい、脳の引き出しを外部につくるような実験的な取り組みだと思う。

保存された映像はローカルサーバーにのみ保存。部屋に設置されたiMacは居住者の自由が使用可能

保存された映像はローカルサーバーにのみ保存。部屋に設置されたiMacは居住者が自由に使用可能

入居者が決まったら、その人の生活に合わせたパーソナライズな調整を行いアップデートしながら、撮られる事に対しての意識の変化などを定期的にインタビューすることを考えているという。”プロジェクトの主旨に賛同する方に、ぜひ2年間一緒に取り組んでもらいたい”とのこと。

記憶の記録 プロジェクトサイト
http://www.rzm-architecture.com/works/kiokunokiroku/

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「APARTMENT」に「ART」を内包した、「APartMENT」のシンプルながらインパクトのあるネーミングとロゴデザインは、UMA / design farmが担当。「APartMENT」内のサイン、ファサードのデザインにも携わっている。特にグリッド状の格子が印象的なファサードには、UMA / design farm代表の原田祐馬さんいわく「波板ワールド」である北加賀屋を、ある意味で象徴する素材のトタンを大胆に用いている。この格子にツタがはったり、鳥が巣をつくるなどのアクシデントによるアップデートを期待しているそう。

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大阪の建物はこだわりがあり、人工の美術がそこかしこに隠れている。中之島や道頓堀川沿いの水辺の風景、かつて”大大阪時代”と呼ばれた時代に建てられた近代建築の数々、都心部に今も残る古い木造戸建や長屋、街を少し歩いてみれば、古いものをただ壊して新しくするのは大阪らしからぬ行為だということがすぐにわかるはずだ。そうした風土や文化的な背景、そして新しい試みをサポートする千島土地株式会社、そしてアートアンドクラフトの実験精神がこのプロジェクトを生んだのだろう。

現在は未着手の南棟

現在は未着手の南棟

未着手の南棟もいずれなんらかのカタチで、新しい取り組みの実験場となっていくだろう。民泊なども視野には入れているそうだが、蓋を開けてみたらまったく異なる展開になっている可能性もある。いずれにしても今後の「APartMENT」、および北加賀屋エリアには引き続き注目だ。

瀬尾陽(JDN編集部)

APartMENT
http://apartment-kitakagaya.info/