スイスの写真家、ダニエル・シュワルツの日本初個展、縮小していく氷河が伝える地球の現状

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スイスの写真家、ダニエル・シュワルツの日本初個展、縮小していく氷河が伝える地球の現状
スイスの写真家、ダニエル・シュワルツによる日本で初めての個展、「ダニエル・シュワルツ写真展 – de glacierum natura」がはじまった。被写体は、スイスやパキスタン、ペルー、ウガンダなどの山岳地帯にある氷河。南極やグリーンランドの壮大な氷床のイメージとはだいぶ異なり、荒々しく切り立つ峰の谷間に、氷や雪の堆積物がまばらにへばりついている。「氷河を見れば気候変動の様子がわかる。地球温暖化の代償として、世界的に氷河の体積は減少している」とダニエル・シュワルツは語るように、その一部は解けて氷柱状になり、かつては厚い氷河に覆われていたはずの岩肌も露出している。このメッセージ性の強い展示が行われている、スイスのシステム家具メーカー・USM モジュラーファニチャー(以下、USM)のショールームで、2度目の来日となる同氏にお話をうかがった。
(左から)ロベルト・メディチ、サンドラ・シェアー・ベルワルド、ダニエル・シュワルツ、ブリジット・メディチ

(左から)ロベルト・メディチ、サンドラ・シェアー・ベルワルド、ダニエル・シュワルツ、ブリジット・メディチ

USMは、1885年にスイスのミュンジンゲンで鋳物・錠前業としてスタートした。3代目経営者ポール・シェアラーの依頼で、建築家フリッツ・ハラーが開発した建設システムをもとに1965年に生まれたのが、同社のアイコン的製品であるシステム家具「USMハラー」だ。「形態は機能に従う」というコンセプトを50年以上にわたって訴求する一方、同社ではアーティストの支援や美術作品のコレクションにも力を入れてきた。今回の展覧会は、全世界のUSMショールームを巡回する大規模なものだ。最終の9か所目となる東京では、ショールームの2フロアにわたって、シュワルツの写真10点とUSM製品が呼応するように配されている。どちらも研ぎ澄まされたたたずまいの背後に力強い理念を携え、静謐でシャープな展示となっている。

「氷河そのものがメッセージだ」とわかる、メインビジュアルに選ばれたペルーの氷河 Glaciar Pastoruri. Cordillera Blanca. Peru. 13 January 2016 ©Daniel Schwartz

「氷河そのものがメッセージだ」とわかる、メインビジュアルに選ばれたペルーの氷河 Glaciar Pastoruri. Cordillera Blanca. Peru. 13 January 2016 ©Daniel Schwartz

氷河を撮る、その理由

——この夏、日本列島は類を見ない高温や豪雨、強い台風に見舞われ、気候変動の影響を感じざるを得ません。作品制作を通じて世界の気候変動を見つめているシュワルツさんの目にはどのように映っていますか。

ダニエル・シュワルツ(以下、シュワルツ):30年以上にわたって世界中を回っていると、本当に気候がおかしなことになっているなと感じます。気温が上昇し、サイクロンが猛威をふるい、雨季の時期が早まったり遅れたり、あらゆるシステムが混乱している。一箇所で起きていることは、必ず全体にも影響を及ぼしています。気候というのはその国だけの問題ではなく、地球全体の問題です。

ダニエル・シュワルツ 1955年オルテン生まれ。1977年から1980年、チューリッヒデザイン大学(現チューリッヒ芸術大学)の写真マスタークラスに在籍。1987年から1988年にかけて、外国人として初めて万里の長城の全てを記録した「万里の長城(1990年発行、2001年編集・拡大版)」を制作。1990年から2005年は芸術と文化をテーマとした雑誌duの編集チームの一員として活動すると同時に、フリーランスのフォトジャーナリストとしてスイス国内外の数々の社会問題や紛争について取材・報道に携わる。

ダニエル・シュワルツ
1955年オルテン生まれ。1977年から1980年、チューリッヒデザイン大学(現チューリッヒ芸術大学)の写真マスタークラスに在籍。1987年から1988年にかけて、外国人として初めて万里の長城の全てを記録した「万里の長城(1990年発行、2001年編集・拡大版)」を制作。1990年から2005年は芸術と文化をテーマとした雑誌duの編集チームの一員として活動すると同時に、フリーランスのフォトジャーナリストとしてスイス国内外の数々の社会問題や紛争について取材・報道に携わる。

——フォトジャーナリストであると同時にアーティストでもあります。ご自身のなかではどのような切り分けをしているのでしょう。

シュワルツ:私の仕事は、写真を撮ることです。内容があって何かを発信する写真に関心があります。そのため、カメラのシャッターを押す前に情報をできるだけ集めます。いったいどんな写真を撮るのか、その対象の背景には何があるのか。好奇心をもって調べ、徹底的に考えます。それはジャーナリストとしての義務でもあります。こうして情報を集めたら、次はアーティストのクリエイティブ性を発揮して、写真を撮ります。もし、私の撮った写真が新聞や雑誌に掲載されれば、それはジャーナリズムになりますし、今回のように美的な観点からショールームに展示されるのであればアート作品になるでしょう。

戦争のひとつの背景としての「氷河」

——日本を発ってアフガニスタンに向かうそうですね。

シュワルツ:今日、私はアーティストとして日本に来ましたが、明日はジャーナリストとしてアフガニスタンに行くわけです。アフガニスタンでは40年も前から戦争が続いていて、そこではアートではなく医療やジャーナリズムが必要です。ですが、私は戦場を撮影しません。私自身は、戦争そのものを写真に収めることは不可能だと思っているからです。

私が撮るのは氷河です。アフガニスタンでは気候変動の影響を受け、氷河が解けはじめています。氷河が解けて縮小すると水が不足し、農作物が採れなくなります。人びとは稼ぐために都市部へと移動していきます。すると人口が増え、食料が不足し、不満が募る。その不満を、さまざまなイデオロギーが悪用し、内戦や他国との戦争につながっていく。まさに負の連鎖です。私は、戦争が起きるひとつの背景として、氷河に焦点を当てているのです。

——スイス、パキスタン、ペルー、ウガンダといった国々でも氷河を撮影しています。

シュワルツ:スイスにはたくさんの氷河があって、私も子供の頃によく見に行ったものです。しかし、いまではかなり遠くまで行かないと見ることができません。この200年間、氷河は後退と縮小の一途をたどっています。スイス以外の国でも、氷河を通じてそれぞれ特有の問題が見えてきます。パキスタンでは産業化・工業化があまり進んでいないため、わりと大きな氷河がまだ残っています。ペルーの氷河は近年劇的な変化を見せています。気候変動がアマゾンの熱帯雨林に急激に影響を及ぼしているためです。それから赤道に近いウガンダはエルニーニョ現象の影響を受けはじめています。ウガンダの氷河はナイル川へ水を供給するため、今後大きな問題になっていくかもしれません。

写真とUSMハラーがコミュニケーションするような展示

——ところで、USMではアーティストの支援やアートの展示に力を入れていますね。

サンドラ・シェアー・ベルワルド(以下、ベルワルド):USMには文化を大切にする伝統があり、文化を通じて自分たちの理念を広く伝えていきたいという思いがあります。USMのオーナーのシェアラー家は自らの美術コレクションの財団を運営していますし、スイスの本社では常に芸術作品を展示し、世界各国のショールームでも展覧会を行っています。

USMのマーケティング・ディレクター サンドラ・シェアラー・ベルワルド

USMのマーケティング・ディレクター サンドラ・シェアラー・ベルワルド

ロベルト・メディチ(以下、メディチ):USMの経営者はさまざまなアーティストたちと友好的な関係を築いてきました。例えば、先代の社長は、彫刻家のオスカー・ウィグリー、スイスの写真家ヴァルタザール・ブルクハルト、ドイツのアーミン・リンケといった美術家たちと親交があります。35歳以下のアーティストを集めて、携帯写真の展示を行ったこともあります。

全ショールームのクリエイティブ・ディレクションをブリジット・メディチとともに担当するロベルト・メディチ。2009年に東京のショールームをオープンして以来、3回目の来日。

全ショールームのクリエイティブ・ディレクションをブリジット・メディチとともに担当するロベルト・メディチ。2009年に東京のショールームをオープンして以来、3回目の来日。

——シュワルツさんの展覧会を行うことになったきっかけは。

メディチ:以前に、シュワルツさんによるスイスの氷河の写真展を行いました。その時、彼の作品とUSMの製品には通じるものがあると感じたのです。そこで次は、世界中の氷河の写真を対象にしたUSMのための写真展の企画を計画しました。

——この展覧会は全世界のUSMショールームを巡回する大規模なものとなります。他の地域での評判はどうでしょうか。

ベルワルド:ドイツ、アメリカ、フランス、スイスと巡回し、日本(東京)が9か所目となります。最初の開催国であるドイツは環境や社会的なテーマについて意識が高く、とても反応が良かったですね。USMが打ち出していきたいと考えている文化的なメッセージを受け取ってもらえたと、大きな手応えを感じました。

——どのような観点で作品を選びましたか。

シュワルツ:メディチさんらと一緒に、美的観点から作品を選びました。スイスの氷河は2点のみで、それ以外は世界の色々な氷河を取り上げています。メインには、「氷河そのものがメッセージだ」とわかるペルーの氷河を選び、あとはそれぞれの写真で何を伝えればいいのかを詰めていきました。

USM モジュラーファニチャー ショールームで開催中の「ダニエル・シュワルツ写真展 – de glacierum natura」展示風景

USM モジュラーファニチャー ショールームで開催中の「ダニエル・シュワルツ写真展 – de glacierum natura」展示風景

USM モジュラーファニチャー ショールーム

USM モジュラーファニチャー ショールームで開催中の「ダニエル・シュワルツ写真展 – de glacierum natura」展示風景

——特に思い入れのある1枚はありますか。

シュワルツ:どの写真も大変苦労して撮影しました。物理的な問題、輸送の困難もありました。アナログのカメラを使っているため、その場ではうまく撮れているかもわかりませんでした。これらの写真を撮影できたことは本当にラッキーだったと思います。どれが一番のお気に入りかということはなく、どの写真にも強い絆を感じます。

——シュワルツさんの写真とUSMの製品がひとつの空間に配されていますが、不思議な親和性があるように感じます。

メディチ:USM製品の特徴は、モジュールを組み合わせてつくるシステム家具であるということです。シンプルであるがゆえに50年以上もつくられ続けています。そこには時間の蓄積と現代への継続性を読み取ることができ、氷河にも通じるところがあると思います。

シュワルツ:今回は、写真展というよりは、写真とUSMハラーがコミュニケーションしているようなインスタレーションとして見てもらえたら嬉しいですね。

大切なのは「考え方を変える」こと

——ご自身にとって日本で初めての個展となります。最後に、日本の方々にメッセージをお願いします。

シュワルツ:まず、私の写真に関心を持っていただいたことにお礼を申し上げます。写真が発信するメッセージを受け止めて、それをご自身の創作や生活に取り入れてもらえたら。そして、最終的に自然を大切にすることにつながれば嬉しいです。気候変動や環境保護について議論する時、技術的な要素ばかりが語られがちですが、人びとの「考え方を変える」ことがいちばん大切。日本では昔から自然を大事にする文化がありますね。私自身も、日本の人びとの自然に対する丁寧な扱い方や考え方に、いつもインスピレーションを受けているのです。

取材・文:今村玲子 撮影:葛西亜理沙

ダニエル・シュワルツ写真展 – de glacierum natura

開催期間:2018年9月6日(木)~9月30日(日)11:00~19:00 ※祝日定休
会場:USM モジュラーファニチャー ショールーム(東京都千代田区丸の内2-1-1 丸の内MY PLAZA1・2F)
後援:在日スイス大使館
https://www.usm.com/ja-jp/commercial/about-usm/news/2018_exhibition/