好奇心と美意識を育む、多摩美術大学統合デザイン学科の「教育のデザイン」とは?永井一史×菅俊一インタビュー

好奇心と美意識を育む、多摩美術大学統合デザイン学科の「教育のデザイン」とは?永井一史×菅俊一インタビュー

才能ではなく、好奇心を引き上げるためのデザイン教育

––菅先生は、「コグニティブデザイナー」として独自の領域を研究されていますが、学生たちが自分自身のテーマを見つけられるために、どのようなアドバイスをしていますか?

菅:僕の場合は、ものが動いて見える仕組みや、人がつい注意を向けてしまう仕組みについて、純粋な好奇心を持ってこれまで作品をつくってきて、自分がおもしろいと感じることを客観的に振り返った時に、「コグニティブデザイン」という名前を付けたんですよね。

なので、学生には、自分が心からおもしろいと感じたこと自体は、他人が何と言おうと正しいということをよく言っています。みんながおもしろいと思うのかどうかや、流行っているかなどはまったく関係がなくて、自分が大事なものを突き詰めないと意味がないし、大学というのはそれができる場所です。

もし生涯をかけて探求できるテーマが見つかるとすれば、卒業してからも楽しく生きていけるんじゃないかと思います。それが職業と結びつくならさらにいいですが、つくることや考えることによって人生は豊かになっていくので、そのためのきっかけを大学生活で見つけてほしいなと。

菅プロジェクトの様子

––菅先生は、インタビューや著書の中で「クリエイティビティは生まれ持ったものではなく、トレーニングによって身につけるもの」といった内容の発言をされています。講義やプロジェクトにおいても、そのような思いで取り組まれていますか?

菅:クリエイティビティが才能の範疇だとしてしまうと、生まれつき能力が決まってしまうことになりますよね。自分自身、そういったものとは無縁で、深く考え、つくり続けるなかで自分の能力に気づき、伸ばしていった経験があるので、やっぱりそれは違うなと思っていて。才能がある人に限らず、すべての人が考えることや工夫することができるので、その力を引き出すことがデザイン教育であり、それはデザインに限らず、教育全般にも言えるんじゃないかなと思います。

教育とは、基本的には「ショートカット」だと思っていて。たとえば、「1+1=2」について、我々は小学校の授業で一瞬で学ぶことができますが、それ自体が体系化されるには、ものすごい時間がかかっているわけです。それと同じで、我々デザイナーや表現者が長年培ってきた経験や考え方を圧縮して伝えることで、学生たちの能力を1、2年で引き上げていくことができます。僕はそういったショートカットを学生に提供することで、自分よりも先に進んでいく学生を育てるつもりで取り組んでいますし、そうすることで自分自身もさらに先に進めるような、そんな創造的な場所にしたいと思っています。

永井プロジェクトの様子

永井:僕も菅さんと一緒で、デザインは特別な才能を持った人のためだとはまったく思ってないですね。僕自身、多摩美出身ではありますが、もとからデザインが好きだったとか、小さな頃から絵を描いていたということではないので、かえってデザインを学んでいくプロセスに対して意識的になれたんだと思います。

デザイン教育を通した成長は、心からおもしろいと思えるものに出会って、学び続けるモチベーションを持てるかどうかにかかっていると思います。僕は、なるべく多くの学生がその状態になれるような、選ばれた人だけではなく集団として成長できる環境づくりに関心があるので、途中で脱落してしまう学生が出ないようにケアしています。

磨かれた学生の美意識が社会に広がっていく

菅さん、永井さん

––統合デザイン学科の設立から振り返ってみていかがでしょうか?

永井:8年前の立ち上げ当初は、統合デザインという考え方が社会より先行していて、それを受容する産業側が追いついていない感触がありました。そこから時間が経って、徐々に社会が統合デザイン的な考え方に追いついてきているのを感じています。

我々も、探りながらやってきたなかで、少しずつプログラムが洗練されてきた実感はあります。そういう意味では、立ち上げ当初から変化はしていますが、統合デザインとしてやろうとしていることの本質は変わっていません。

統合デザイン学科らしさについても、3、4年前くらいから学生たちの卒業制作を通して感じられるようになってきました。最初の頃は、ただいろいろな作品があるなという感じだったんですけど(笑)。とはいえ、変に「らしさ」を固定してしまうのも良くないから、我々はこれからどうやってそれを崩していくのかを考えていくべきじゃないかな。

––統合デザイン学科らしさとはどのようなものなのでしょうか?

永井:学科全体に通底する美意識のようなものですかね。学生たちがつくるものは多様ですが、どこか共通する価値観があるように感じています。

––学科のWebサイトにある「美しい社会を構想し具体化できるデザイナーを育てる」という一文でも、「美しい」という言葉が印象的に使われています。学生たちは、美意識をどのように身に付けていくのでしょうか?

菅:美意識とはカルチャーのようなものなので、この場所で過ごすことによって磨かれていくんだと思います。本当に些細なことですが、講評会の場では、教室の机の高さをそろえて、隙間なく並べるようにするなど、そういったことを気にかけるうちに美意識が生まれていき、学科の文化が育まれている気がします。

––最後に、教育のデザインという視点で今後取り組みたいことをお聞かせください。

菅:デザインとの出会いを、どのように初等・中等教育のなかに組み込むのかには関心がありますね。ほかにも、大学は研究機関でもあるので、ここから新しいものが生まれていくようにしていきたいです。最先端のデザインは仕事の現場から生まれるものだと思いますが、研究機関だからこそできる新しいチャレンジが大学にはあるはずなので、どうやったらその可能性を引き出せるのか考えています。

永井:統合デザインらしさが確立されてきたからこそ、学科として実現してきた教育のかたちを次のステップに進めるために、どんなことが必要なのかを考えていきたいです。

また、去年から一橋大学でデザインの授業を担当しているのですが、一般大学のなかにデザイン教育をビルトインすることにも個人的な関心があります。さらに言えば、菅先生と同じように、どのように初等・中等教育のなかにデザイン教育のプログラムを取り入れられるのかについても考えていきたいと思っています。

多摩美でも、リアルとオンラインを融合させたデザインの学び場として、これまで「TAMA DESIGN UNIVERSITY」を実施し、多くの方にご参加いただきました。デザインの領域が拡張してきているのと同時に、学びのあり方も多様化しているので、これまでとは異なる新しいデザインプログラムの実践に取り組んでいきたいと思います。

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写真:加藤麻希 取材・文・編集:堀合俊博(a small good publishing)