クリエイションの発火点

MASARU OZAKI / アーティスト

「不思議」への探究心がいまの自分を形づくる原点-MASARU OZAKIインタビュー(2)

体験することで感じるアートのおもしろさ、僕はそれをいちばん伝えたい

構成・文:開洋美 撮影:葛西亜理沙

『トロン』の世界観を自分のいる空間に再現したい

90年代が終わると、広告系に進むか作家活動を続けるかで仲間たちも分かれはじめました。僕も非常に揺れている時期でした。当時映像は、今のようにスマホですぐに相手に見せることができなかったので、VHSに落として、それを渡して見てもらうことがほとんどでした。その場で「僕の映像どう?」っていう話がしたいのに、「持って帰って見るね」で終わる。それがすごくもどかしくて。

もっと自由に自分の作品を見てもらう方法はないかと考えた時に、やっぱり原点に戻るんですが、『トロン』のワイヤーフレームでできた奥行きのあるパースの立体物を、僕のいるこの空間に再現できないかと考えたんです。見る人が自由に触って見て楽しめる何か。その方法として思いついたのがプロジェクション・マッピングでした。その頃プロジェクション・マッピングという言葉はまだ一般的ではありませんでしたが、投影法というマッピングの方法で、CG技術としては昔からあったものです。ただ、プロジェクタの光量が出ない上に価格も高かったので、浸透していなかったんですね。でもちょうど2007年頃、プロジェクタの性能が上がったことで光量が明るくなり、価格も一気に下がりました。それを境に手に入れやすくなり、クリエイターが世界同時的に始めていました。僕も会議用の小さなプロジェクタを購入して、自宅の天井をぶち抜いて取り付けて。そして生まれたのが『chair』です。

表現としての原点『chair』

椅子をスクリーンのモチーフにしたのは、誰もが知っている身近なものに見たことのない世界を映し出したい、と考えたからです。さらにパースが描きやすく、面構成が複雑かつシンプルに見えるもの。それが僕の中では椅子でした。そこからは椅子の研究です。スクリーンとして美しく映る幅、立体的に見える奥行き、何より座れること。すべてを満たすためのスクリーン(椅子)をつくるのに1年かかりました。既にあるものに光をあてるのではなく、光が活きる造形物を一からつくりたかったんです。完成した作品に光を当てた瞬間は嬉しくて、「いま、うちに来たらおもしろいものが見れるから」と、弟に電話しました。弟も、部屋に入ってきた瞬間驚いていましたね。

その後、それが「rooms」(ファッションを中心とした合同展示会)のプロデューサーの目に止まり、2009年2月にroomsが開催される代々木第一体育館で『chair』を初めて披露しました。でも、横幅30メートルくらいある倉庫に、椅子を1脚ポツーンと置いただけ(笑)。周りは果たして成立するのか不安だったようですが、結果的に連日人だかりで、大成功でした。もちろん椅子そのものが作品ではあるのですが、そこに反射した光が周りをウォッシュで染めるので、僕としては放った光で染まった空間全体を見てほしかったんです。だから、あえて小さな椅子ひとつで展示しました。

忘れられた存在に光をあてる「LightTreeProject」

『chair』を皮切りに、百貨店やファッションイベント、アーティストとのコラボレーションなど、さまざまな方面から声をかけていただく機会が増えました。そのような中で、光の表現を用いて何らかのインスピレーションを世の中に発信したいと2011年に始めたのが、映像作品として公開してきた「LightTreeProject」です。いまは4年ぶりに第3弾を制作中で、今回は初の造形作品も展示する予定です。

想いとして以前から抱いていたのは、「身近な自然にもっと興味をもってほしい」ということでした。というのも、僕は生まれも育ちも新宿区ですが、中井というところだったので周りに自然もあり、子供の頃は木登りや虫捕りをしてよく遊びました。でも、いまは木登りをしようと思っても周りに木がないんですよね。道沿いの側溝や明治神宮など限られた場所に行けばありますが、そうした不自然な自然しかないことに違和感を感じていました。これから生まれてくる子供が木の温かみを知らずに育つのは、やっぱり悲しい。本来僕らは自然に生かされ自然と共存しているもので、それを何らかの形で伝えることができないかと思ったんです。

そこで考えたのが、忘れられようとしている自然に光をあてることでした。これをアートとして表現できれば、人々が自然に意識を向けるきっかけになるかもしれない。とはいえ、スイスのような大自然に光を当てるのではなく、路地裏の雑草や公園の藤棚など、目立たないけれど近所を歩いていて身近にある自然がいい。そんなコンセプトではじめたのが第1弾でした。第2弾の『RAKUGAKI』は2011年の東日本大震災のあった翌年、「再生する力」というメッセージを込め制作しました。

見る人に魔法を起こしたい、体験を通じてアートの魅力を伝える

そして第3弾は、「Tsubomi」というタイトルで制作中です。今回は光の明暗だけで表現したいと考えたので、投影する映像は白い光しか使っていません。その分マテリアルの色がはっきりと出るのが特徴です。そして「ヴァン クリーフ&アーペル」とのコラボレーションとして、「LightTreeProject」初の造形作品を、銀座本店ウィンドウに展示させていただきます。

映像作品の「Tsubomi」が「寂び」つまり、実際に使われているもの、古びたものの中に感じる美しさを表現しているのに対し、銀座本店ウィンドウに展示される造形作品は、不足の中に充足を感じ、閑寂を楽しもうとする「侘び」といった美意識を表現した作品となっています。その空間にいかに自然に置かれただけのように見えるか?テクニックやギミックといった部分をいかに感じなくできるか?を重視したので、奇抜さや派手さはありませんが、道行く人が静かに足を止め、時間を忘れ見つめていたくなるような……そんな風に楽しんでいただければと思っています。

アートは自分と向き合う時間をつくる、ひとつの方法です。美術館に行く時間がない人でも、会社帰りに僕の作品を見て心が癒されたり、何か新しい考えが浮かんだり、アートに興味をもつきっかけになってくれればうれしいです。何より、見る人に魔法を起こしたいという想いはやっぱり強いので。

僕にとっては不思議なことが魔法で、それは体験した人にしかわかりません。『chair』もそうですが、写真や映像ではなく立体物として実際に触ったり見たりすることで、新鮮な驚きや感動がある。いまはスマホがあればなんでも見られる時代ですが、体験することでこそ感じるアートのおもしろさもあると思うんです。それが、僕がアートを通じていちばん伝えていきたいことですね。

LightTreeProject3 [Tsubomi] 展示概要
展示期間:2017年3月1日~4月18日予定
展示時間:20:30(ブティックの閉店時間は20:00)~26:00(深夜2時)
展示場所:ヴァン クリーフ&アーペル 銀座本店1F ウィンドウ
アクセス:東京メトロ銀座駅、銀座一丁目駅、JR有楽町駅
住所:東京都中央区銀座3-5-6
http://lighttree-project.com/