藤本タツキさん原作の話題作を、押山清高監督が圧倒的な熱量で映像化した劇場アニメ『ルックバック』。その創作の裏側に迫る「劇場アニメ ルックバック展 押山清高 線の感情」が、2026年3月29日まで麻布台ヒルズギャラリーにて開催中です。
本展は、押山監督らクリエイターたちが原作の世界観をどのようにつむぎ、昇華させていったか、その軌跡を紐解く内容となっています。

© 藤本タツキ/集英社© 2024「ルックバック」製作委員会/©「劇場アニメルックバック展」実行委員会
今回、創作の最前線で活躍する著名人に“学びの履歴”をうかがうシリーズ「学びのアンカーポイント」の記念すべき第1回目として、押山監督が登場。創作の原点にある「学び」や、初めて手がけた展示ディレクションの裏側について、たっぷりとお話をうかがいました。
独学で好きな絵を模写し続けた少年時代
――押山さんがアニメーターという職業を志したきっかけや、絵を描きはじめた時期の話を教えていただけますか?
子どものころからひとりで絵を描くのが好きでした。小学生時代は『週刊少年ジャンプ』の黄金期でしたから、『ドラゴンボール』の悟空やベジータを模写して描いているだけでも人気者になれるような感じで。裕福な家庭ではなかったけど、紙や鉛筆、クレヨンとか絵を描く道具はあったので、他の人よりは多くの時間を、絵を描くことに割いていたと思います。

押山清高 1982年、福島県生まれ。2004年よりアニメーターとして活動を開始し、2006年『電脳コイル』では作画監督を務める。その後も数々の作品で監督・脚本・デザインなどを手がけ、多様な表現に携わる。2017年にアニメーション制作会社スタジオドリアンを設立し、短編『SHISHIGARI』を制作。2024年には、監督・脚本・キャラクターデザイン・作画監督・原画を務めた劇場アニメ『ルックバック』を発表。著書に『作画大全作画添削教室・押山式作画術増補合本 神技作画シリーズ』などがある
他に楽しいことがあまりなかったのも大きいかもしれません。家族で旅行に出かけたり遊んだりした時間ってほとんど記憶になくて。一度、みんなで車に乗って海に行ったときに、父親がいきなり苦しみ出してそのまま入院したこともありました(苦笑)。唯一の旅行の思い出がそんな感じで、そういう少年時代だったから、絵を描くことによって自分の居場所をつくったり、自分自身を保っていたのかもしれないと振り返ってみて思います。
――『ルックバック』における藤野は一度挫折を経験してから人体の構造やパースを学びはじめますが、押山さんはいかがでしたか?
藤野や京本はスケッチブックに大量に絵を描いてましたが、僕の場合はデッサンやハイレベルなパース画とか、そういう練習は一切やってなかったんですよね。そうしたノウハウに触れる機会すらなかったので、ただただ好きなキャラクターの模写なんかをしていて、絵を描くのは完全に独学でした。
ただもともと、モノの形を見て再現する能力は先天的に適正を持っていたかもしれません。図工や家庭科の時間に工作や裁縫をするのも得意だった。手先も器用な方だったと思います。

子どものころから漫画は好きだったんですけど、文字を読むのが苦手すぎて、絵しか見てなかったんですよね(笑)。好きな絵だけをずっと眺めたり、正確に描き移したりしていて。でもアニメに出会ってからは、キャラクターがそのまま喋ってくれるからストーリーも含めて享受することができるようになりました。漫画やアニメが好きだったのも含めて、子どものころから人一倍、絵に関心があったのはたしかですね。
下積み時代を支えた、物量をこなす早さと自信
――アニメーションの制作会社に入社されてからこれまでのキャリアの中で、特に学びになった経験はありますか。
僕の場合はアニメーターになってからめちゃくちゃ絵を描くことになったわけですが、手早く大量にこなす過程で成長した部分はあるかなと思います。動画時代は月に700枚くらい描かないと生活していけなかった。『電脳コイル』ではじめて作画監督を務めたときは、自分の担当以外の絵も全部見て大量に修正しなければいけないという現実にも直面しました。

ただ、ある程度子ども時代から絵を描いていたのもあって、仕事量にはそこまで苦労はしなかったんですよね。何回も下書きしないと清書の絵まで持っていけないこともあると思いますが、僕の場合は完成の形に持っていくのが早かったんです。その早さが仕事をこなす物量にもつながったし、わりと自信もあったから、わがままな絵を描いても許されるんじゃないか、みたいな思いもあって。
その当時、アニメーターってちょろいかも…とすら正直思ったんですよ(苦笑)。それは若気の至りで見えている範囲が狭かったのもあって、実際はアニメーターのスキルを身につけようと思ったらとめどないし、一生をかけて努力しなければいけないものです。ただ、そこまでストレスを溜めずに仕事に取り組めたからこそ、長く続けられたのかなと思います。
制作プロセスも含めてじっくり作品を楽しんでほしかった
――『ルックバック展』についてお話を聞いていきたいのですが、まずは監督ご自身で主催・監修を手がけることになった経緯を教えてください。
劇場アニメの『ルックバック』は58分という尺で、あっという間に駆け抜けて終わってしまう作品でもあります。ただそうすると、描かれる悲劇や京本のようなキャラクターが、ある種、観客を感動させるための都合のいい道具に見えかねない部分もあると懸念していて…。観客のみなさんに、インスタントに感動して消化してもらいたくない気持ちがあったんですよね。

だから、公開当時から展示会みたいなものを企画できるのであればやりたいという思いがありました。一つひとつの制作プロセスを作り手自身が言語化することによって、映画では伝えきれなかったメッセージを届けられるのではないかと思い、積極的に自分自身が加わることにしました。
――映画と展覧会で意識的に見せ方を変えた部分はありますか?
漫画原作とアニメーションでは表現が違ったように、映画と展示で同じストーリーを語るのであっても見せ方は変える必要があると思っていましたね。ただ絵を並べるだけではきっと伝えきれないと思ったので、シーンごとに解説テキストを書き下ろしたり、制作中に僕が覚書としてメモしていた文章を一緒に展示したりして。
本当だったら死ぬまでタンスの中に眠っていたはずの恥ずかしいメモもあったんですけど(笑)、制作前から公開後までに考えていたことをなるべくすべて見せようとしました。

押山監督によるメモはガイドのように展示の方向性を示していました
あとは、アニメーターの存在を認知してもらいたいという思いもありました。今の時代、完成形の映像だけを見ても本当に人間が描いているかどうかって正直わからないじゃないですか。AIが作り出した映像も多いし、そうでなくても大量にアニメ作品が氾濫してコンテンツの消費速度が加速している時代。
その一つひとつに作り手がいるということが忘れられがちで。だからこうした場でじっくり制作プロセスも含めて作品を楽しんでもらうことで、時代と逆行してるかもしれないけれど新しい作品の見方を提示できるといいなと思いました。

――映画のストーリーをただなぞるのではなく、原画を中心とした展示の「線」が物語自体と交わったり、動線に工夫があったり、展覧会ならではの立体的な構成が魅力だと感じました。
一緒に企画や構成を考えてくれた「かまちかや」さん、森ビルや麻布台ギャラリー関係者の方たちの存在も大きかったですね。この展覧会のコンセプトである“描くこと”や“線”にフォーカスするという考え方を初めにお伝えして、プロフェッショナルな方々が見せ方や構成を提案してくだった。それぞれのエリアでストーリーを感じてもらえるものになっていると思います。
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