リスペクトしすぎた試作品
チームはブルレック氏とのディスカッションを含めた交流を「クリエイティブ・セッション」と呼び、プロジェクト期間中に4回ほどその機会を設けました。最初にサンプルを見せたときの反応は「作品をリスペクトしすぎてしまっている」というものでした。
ドローイングを尊重するあまり、「衣服に絵を乗せただけ」という印象を与えてしまったのです。しかし、そこでブルレック氏が投げかけた「私の作品に礼儀正しくしすぎないで」「思い切ってドローイングの中に飛び込むんだ」というアドバイスを受けて、服づくりは大きく変化していきました。

クリエイティブ・セッションの様子 © ISSEY MIYAKE INC.
「作品を尊重していたので、トリミングしすぎたり、崩したりするのはよくないと思っていました。しかし、ロナンとしては、自分自身も驚きたいという気持ちがあったようでした。『自分の作品は素材として使っていいよ』と言ってもらったことをきっかけに、部分的に取り出したり、切ったり貼ったりを一緒にはじめました。
もともとのドローイングよりも一回り大きく、はみだすように刺繍したシャツを見たときに、とても喜んでくれました。自分がまだ見たこともない、自分の想像を超えるなにかを求めている印象でした」。
大きく進んだものづくりは、繊細な調整を重ねながら進みました。たとえば、ALL OVERと呼ばれる全面にプリントがなされたシリーズは、布地へのインクジェット印刷で絵柄が再現されていますが、裏面にもうっすらと表面の色味を入れています。

RB_ALL OVER PLEATS シリーズ © ISSEY MIYAKE INC.
表と裏で色彩のコントラストが過度に出ないよう、少しだけ裏側にも無地の色を入れたと言いますが、このようなことをしている衣服はあまりないのではないかと思います。コートやシャツのボタンも、地の色やドローイングに合わせて変えたり、オリジナルでつくったりと、こだわりは尽きませんでした。刺繍という表現を用いたのも、実はブランドにとってはじめての試みでした。
なかでもブルレック氏が気にしていたのは色の再現度でした。テキスタイルの担当者はひと目ではわからないような調整を重ね、これだという色を探りました。衣服に用いる染料は紙に使う画材とはまったく異なるので、ブルレック氏が使っているペンの色を一本ずつ確認し、同じものでサンプルをつくりながら調色が進みました。

© ISSEY MIYAKE INC.
衣服に生命が宿るとき
「ドローイングが、動き出したと感じました。まるで生き物のようだと」。
こだわり抜いたものづくりによって得られたのは、最終的なテーマにもなった「没入」でした。作品に入り込み、ドローイングと戯れ、まるで海に潜るようにつくった日々。「アートを着る感覚や、アートと衣服の中間」を狙ったというチームですが、クリエイティブ・セッションを重ねるにつれて「ロナンをどれだけ驚かせられるか」も大事な指標となっていきました。
一緒に対話をし、ともに手を動かしながらこだわり続けたものづくりのかたちが見えはじめたとき、衣服には生命感が宿りました。

クリエイティブ・セッションの様子 © ISSEY MIYAKE INC.
「プロジェクトはとても楽しかったです。ドローイングが美しいゆえ、ずっと飽きずに飛び込んで遊んでいる感覚でした」と目を輝かせるチームが生み出した、ものづくりの喜びが詰まった衣服。着る人にとっても特別な日常を見せてくれる、高揚感を与えてくれるものになりました。

© ISSEY MIYAKE INC.
「三宅がつくった『現代を生きる人のための新しい日常着』というコンセプトはブランドの核心で、それを体現し続けたいと思っています。でも世の中は変化するので、20年経っても古くならないためには、常に少し先の未来を見続ける必要があります。私たちが柔軟に社会と結びつきながら、いつ見ても新鮮でいられる努力をしたいです」。
今回のコラボレーションの軌跡は、2024年10月25日から21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で開催される展覧会「Ronan Bouroullec: On Creative Session」でも発表されます。一般的に衣服はショー形式で見せるのが集大成ですが、今回はシルクスクリーンの版やプリーツの実験サンプルなど、普段は公開されないプロセスが見られる貴重な機会となりそうです。
■Ronan Bouroullec: On Creative Session
会期:2024年10月25日(金)~11月24日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
https://www.2121designsight.jp/gallery3/on_creative_session/
取材・文:角尾舞 編集:石田織座(JDN)
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