第16回:紙のジュエリー「ikue」

第16回:紙のジュエリー「ikue」

紙という意外な素材で、引き込まれるような美しさを表現したジュエリーブランド「ikue(いくえ)」。重ねられた紙を360度広げ、その断面に箔加工をしたジュエリーです。先日開催された展示会「インテリア ライフスタイル」で、11種類のピアスが正式にお披露目されました。

ジュエリーブランド「ikue」のイメージ画像 写真提供:TANT

ダーク系、ホワイト系には3種類の形状のバリエーションがある。カラー系は、今のところ販売未定。写真提供:TANT

インテリア ライフスタイルでのジュエリーブランド「ikue」の展示風景の画像

インテリア ライフスタイルでのジュエリーブランド「ikue」の展示風景の画像

インテリア ライフスタイルでの展示

この紙のジュエリーを制作したのは、株式会社TANT(以下、TANT)と有限会社篠原紙工。TANTはプロダクトデザイナー・原田元輝さんとグラフィックデザイナー・横山徳さんが設立したデザイン会社。東京ビジネスデザインアワードで三方金(聖書や手帳の三方の断面に施される箔加工)の技術を使ったアイデアを提案し、最優秀賞を受賞したことをきっかけに製品化を模索します。プロダクトとグラフィック出身という2人の強みを生かし、平面でも立体でも使える素材として紙を選択。三方金や紙の要素を分解して深掘りする中で選んだアイテムがジュエリーだったそうです。

ジュエリーブランド「ikue」の商品写真

「繊細な断面に彩られた三方金は金属に置き換わる美しさを持ち、紙の持つ軽やかさ、色、質感はジュエリーに新たな付加価値を生み出しました。紙ですが、紙に見えない驚きと美しさ、また形や色を生かした展開力も可能性を秘めています」(TANT)

しかし、今回のように繊細で精度が求められるプロダクトを実際に製造するのはかなり難しく、加工ができるところを探すのに苦労したとか。ようやくたどり着いたのが、篠原紙工だったそうです。同社は、「こういうものをつくりたい」というデザイナーの思いを理解し、それを実現するための発想力と技術力を持った加工場。今回のプロジェクトについても、TANTの思いと製品の魅力を理解し、どうしたら実現できるのか試行錯誤したそう。発注元と受注先という関係ではなく、両社で一緒に難しい仕事に挑戦しました。

ジュエリーで使われる紙を選ぶ際に重視したのは、色数の豊富さと質感。カラーバリエーションが多く、質感がしっくりくるもの、そして360度広げたときにも表裏の差が出ない紙を探しました。また、製造面からも、あらゆる紙の種類や厚みの組み合わせをテストして、均等に開き、糊の接着強度が保てる紙を検証したそうです。

その結果、ダーク系には「サガンGA」、ホワイト系には「ジェラードGA」、グラデーションには色数が豊富な「タント」が選ばれました。断面に加工された箔のインパクトと開いたときの繊細さ、そしてモノとしての強度がベストなバランスを検証し、紙の厚さは110kg~130kgに。紙を重ねたときの密度と見え方をテストし、1つのジュエリーに対して130枚程度の紙を重ねることになりました。

ジュエリーブランド「ikue」ダーク系の紙を用いた「STRAIGHT / DARK」の画像

ダーク系の紙を用いた「STRAIGHT / DARK」

ジュエリーブランド「ikue」ホワイト系の「CONE / WHITE」の画像

ホワイト系の「CONE / WHITE」

ジュエリーブランド「ikue」異なる色の紙でグラデーションにした「DIAMOND / GRADATION」の画像

異なる色の紙でグラデーションにした「DIAMOND / GRADATION」

では実際にはどのように加工されているのでしょうか?まず、紙を130枚程度重ね、側面を製本用の糊で接着(PUR製本)。その紙束から1つずつピアスのサイズにカットし、切断面に三方金を施します。それから、紙を360度均等に開いて防湿加工を行い、最後に金具を取り付けて完成。

文章にすると簡単にできたように聞こえますが、加工の現場では試行錯誤の連続だったとか。まず、一般的な本と比較すると、長期間の使用や振動、衝撃、雨、紫外線など、より過酷な環境で使用されるため、強度や耐水性をクリアする必要がありました。また、製造コストの面から、完全手作業ではなく、ある程度の加工は機械でできるようにしなければなりません。さらに、1社だけではできないなので、異なる技術を持った各社が連携し、プロジェクトに関わる全員で考え方を共有することも重要でした。そうした製造工程のコーディネートも篠原紙工で行ったそうです。

印刷加工に詳しい人ならば、このプロダクトが1社だけではできないことはわかるかと思います。複数の会社の技術をどのように連携させればできるのか、その工程を考えるのも非常に重要です。見たこともないものをつくろうとするとき、いろいろな壁が立ちはだかりますが、デザイナーと工場で粘り強く取り組み続けた結果、このような素晴しいプロダクトが生まれたのではないでしょうか。

Ikue
http://ikue.work/

TANT
http://tant-inc.co.jp/

篠原紙工
http://www.s-shiko.co.jp/

宮後優子(グラフィック社)

宮後優子(編集者/Book&Designディレクター)

宮後優子(みやご・ゆうこ)
編集者/Book&Designディレクター。東京藝術大学で美学美術史を学んだ後、出版社の編集者に。デザイン専門誌『デザインの現場』編集長を経て、文字デザイン専門誌『Typography』を創刊。デザイン書編集者として20年近く活動。デザイン関係の雑誌・書籍・ウェブサイトの編集のほか、イベントやワークショップなどの企画・運営を行う。
http://typography-mag.jp
http://book-design.jp