デザイナーのこれからのキャリア

デザイナーのこれからのキャリア
第1回:バスキュール代表/クリエイティブディレクター 朴正義氏

2014/12/24 UPDATE

デザインの表現がどんどん進化してきている今、デザイナーのキャリアを考えるシリーズ対談。現代のデザイン業界を牽引するトップクリエイターたちに、クリエイターたちのキャリアコンサルタントとして活躍中の小島幸代氏がインタビュー。

Vol.1“デザイン”する対象について見つめ直す時代?
「どうせならみんなが使ってるモノを、カッコ良く」

朴正義氏 (1)
朴 正義 ぼくまさよし
1967年東京都生まれ。インタラクティブ・クリエイティブ・カンパニー、バスキュール代表。 国内外の広告賞で、デザイン、デジタル、インターネット部門等で多数受賞し、国際的な実績を残している。代表の朴氏は、日経ビジネス「次代を創る100人」において「CREATOR/創造主」の1人として選出された(2012年12月29日号)
http://www.bascule.co.jp/

― そもそも朴さんは、どのような経緯でバスキュールを立ち上げたのでしょうか?

朴 : 新卒のときは、広告とお店づくりの両方をやっている代理店に入ったんですよね。自由で楽しそうだなと思って。でも、2年目でいきなり経営企画の部署に異動。毎朝、十数紙の新聞から主要なニュースをクリッピングし、全役員に届けるというのがその部署の日課で、3年もそのルーチンを続けていたので、物事を俯瞰してみるクセが染み付いてしまった。そこで気づいたのは、広告業界は自由なようでいて、確固たるヒエラルキーに囚われている人が多いんだなということ。僕があんまり良いと思えない、エラい人が作ったものが良いとされる風潮があったり、またその状況を変えてやろうという動きもないのが事実。だから「違うルールで動いているゲームに参加しなければ、ここで停滞してしまう。まだ価値の定まっていない流動性の高い業界に行こう」と、CG制作会社に移った。そうしたら、CG業界は別のところで大変だった(笑)。1997年頃でしたが、CGを作るのってお金も時間もメチャクチャかかる。決定的に、座れる席が少ないんです。CGの良いところは、妄想をそのままカタチにできることと思っていたのだけれど、お金を引っ張ってこれない限り、全くチャンスがない。CG制作能力のないボクは、はっきり言って暇。会社で、ずっとネットサーフィンしながら妄想を膨らませていた。それは、完全コピーレフトで、モデルデータやアニメデータをやりとりしあえる、3Dマルチユーザー空間を楽しめるネットコンテンツを作りたいというもの。よし、同じ興味を持つ人でチームを作るぞ、独立だ!

ただ、ちょうど結婚したばかりの時期だったので、奥さんに「ネットの仕事をやったこともないのにとんでもない!」と怒られて、それでしばらく別の会社で勉強させてもらった。半年くらいやって、「これなら自分でやれるな」と自信がついたので独立しました。メンバーは、その会社で力をフルに発揮できていなかった若者や、ICC(NTT インターコミュニケーション・センター)で展示の手伝いをしていた若者など、独立を決心してから出会った人を6人連続で採用しました(笑)。その後メンバーは入れ替わっていますが、「自分たちが作ってみたいものを作る」ということだけは、15年間ずっと変わっていませんね。

― そんな個性的なメンバーを、どうやってまとめられたのですか?

朴 : 当時の広告業界やCG業界を古いと思ったのは、情報の送り手が限られているところなんです。ヒエラルキーの上の方にいる、少ない席に先に座っているだけでエラいと思っている、位置エネルギーだけの人が幅を利かせているのが気に食わない(笑)。でも、ネットはそうじゃない。ネットの世界でみんなが目にしているものって、必ずしもクリエイターが作ったものだけではない。いくらエラい人が威張ったって、「アンタが作ったものより、猫の動画の方がPV多いよ、ざまあみろ」って。

朴正義氏 (2)

― わはは、「ざまあみろ」。おもしろいですね(笑)。

朴 : そんなネットの世界で、百戦百勝するプロフェッショナル集団を作りたいと思って。いや、まだたどり着いてないですよ、全然。でもその土俵に立てばゲームチェンジ宣言ができるぞ、と。

今は、“デザイン”が定義し直されている時代だと思うんです。目的どおりに機能させることがデザインだと思うのだけれど、今はデザイナーが関わらなくても、プログラマーだけである程度機能するものが作れてしまう。当時で言えば、2ちゃんねるなんかまさにそう。でも、今デザインするなら、みんなが毎日使うものを、よりカッコ良くデザインした方が良い。古くからいるプロは、そこに挑めないんだからチャンスなんです。ネットという明らかにデザインが必要な場所が開けたのに、わざわざ誰も使わないような領域のものを作って「素敵でしょ」と言うのはカッコ悪い。それよりも、その新しい場に堂々と挑んで「負けました」と言えるチームがカッコ良い。僕はデザイナーじゃないから、こんな軽口が叩けるのかもしれないけどね(笑)。

日本ではまだ日記サイトだった頃、海外ではBloggerが出たり、今はTumblrがあるけれど、向こうのWebサービスは最初からエンジニアとデザイナーががっちり組み合ってる感じがして、カッコ良くないですか? そう、例えば『Flipboard(ソーシャルマガジン)』は、以前ウチにも在籍していたマルコスというアルゼンチンから来た若者がアメリカに渡って開発したんですけど、彼は両方の才能を持つ次元が違う天才だった。オーダーを全然聞かずにやりたいようにやるヤツだったけれど、ああいうヤツは辿り着くんだな、と思いますね。

― 言うことを聞かない人をよく雇われましたね…。

朴 : 向こうから一緒にやりたい、と入ってきたんですよ。当時、Flashでマルチユーザー空間を作るサーバを自作し、さまざまなサンプルコンテンツを作るなんていう変態的なことをしていたんだけど、それに興味を持ってくれて。クライアントがいない仕事だから、1円も儲からないんだけどね。

― 普通、経営者は売上につながる人を採用しますよね。

朴 : 僕は、やりたいことをやりたいから会社を作ったのであって、売り上げよりも、作りたいことに近づけることの方が重要。社員に給料を払うために会社を作ったワケじゃないから。やりたいことがやれる仲間を揃えることが先だったんですよ。

でも、その時はちょうどネットにお金が流れる時期で、大きな企業のCRM(Customer Relationship Management)活動をサポートするサイトや、金取引サイトの開発など、大きな仕事に恵まれてました。

朴正義氏 (3)

― 金取引サイトは、今のバスキュールからはイメージが出来ないですね。

朴 : その頃は前例もなく、開き直って対応できましたが、今はやってませんね(笑)。でも、12年たった今でも、ロゴやインターフェースなどまだ使われているものもありますよ。

繰り返しになるけれど、僕が会社を作ったのは、「一人じゃ出来ないことをやる」ため。ネット上の一つの空間にたくさんの人が集まってみんなで楽しめる、お祭り的なコンテンツを作りたい、とずっと考えています。だから、クライアントワークだけで忙しくしていると僕自身が目標を忘れちゃうので、会社に常に才能のある人にいて欲しい。彼らの存在が、「彼らの目にかなうプロジェクトを作らないといけない」という僕へのプレッシャーになってくれる。

本当に才能がある人が独立して一人でやったら、それこそ僕が払っている給料の何倍も手にすることができる。それでも会社にいてくれるのだったら、彼らの才能をより生かせる場を作りたいし、そのための努力を続ける自分でいたいと思います。