
|

|
ミッドセンチュリー時代に活躍し、スウェーデンのグラフィック界をひっぱってこられたオーレ・エクセル氏が4月11日にストックホルム内の病院で永眠されました。享年89歳でした。目を悪くされてからは現役を引退してルーセル夫人とともに静かに暮らしておられましたが、今年に入って入退院を繰り返され、ついに帰らぬ人となりました。
スウェーデン国内ではすでに過去の人でもあり、亡くなられたことに対する大々的な報道はありませんでしたが、雑誌や新聞等でいくつかの記事として取り上げられました。彼のやってきたことは、今のスウェーデンのデザインが国際的に認められ、デザインは経済効果を高めるという考え方が一般的になる先駆けとなったことは間違いありません。
オーレ・エクセルは1918年にスウェーデンのダーラナ地方で生まれました。広告の仕事に憧れていたオーレは、1939年に開校したばかりの広告スクールに直接押しかけて入学を頼み込んだと言います。まだ20歳そこそこのオーレはお金を稼ぐために、ストックホルムの有名な場所をモチーフにしたポストカードを描きました。商品化されることのなかったそのカードは、60年後の1999年にストックホルムとマルメでオーレの大きな展示会が開催されたのをきっかけに、やっとポストカードとして世に出ることとなりました。60年前と現代のストックホルムがほとんど変わっていないという証明にもなる貴重なイラストです。第二次世界大戦直後の1946年にはロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで1年間学びました。スウェーデンよりも近代化の進んでいたアメリカで学んだことは、後の彼のデザインや考え方にも多くの影響を与えました。
オーレ・エクセルの名を世に広めるきっかけになったのは、チョコレート企業マゼッティ(現ファッツェル)の「ココアアイズ」です。マゼッティは、良い品質を意味する目のロゴを、当時の具象的なデザインから一新するために1956年にコンペを行いました。このコンペに優勝して、新しいマゼッティのロゴを世の中に印象づけたのがオーレのピクトグラム化されたココアアイズです。その後オーレはマゼッティのデザインプログラムを全て任されることとなり、40以上のパッケージデザイン、名刺、社内用紙や便箋を手がけました。オーレの仕事はスウェーデンで初めての近代的なCI(コーポレートアイデンティティ)となり、マゼッティの知名度を高めることに一役買いました。オーレがアメリカで学んだ「優れたデザインは企業イメージを高め経済効果を生む」という考え方は、マゼッティの知名度を上げたことで証明されたのです。
オーレはジャーナリストとしての才能も発揮しています。デザインという仕事が経済効果をもたらす質の高いアートであることを唱えたかったオーレは、自身の経験を結集して1964年に「Design=Ekonomi」という書籍を出版しました。「Corporate Design Programs」として英訳も出版され、国際的にもデザインの教材としての名を馳せました。1999年には自伝的内容の「Mina Ogonblick」、グラフィックデザイン解説書「Formulerat」、作品集「Typiska arbeten」、「Design=Ekonomi」の再版が同時発売されました。
私は2006年に出版された日本語版のオーレさんの本の制作に携わり、それをきっかけにオーレさんに初めてお会いしました。すでに目の見えなくなっていたオーレさんを支えていたルーセル夫人の献身的な姿が印象的でした。その時ご自宅で目にした大量の未発表の作品と、それをきちんと保管してらっしゃるご夫人を前に、この宝の山をこのままにしておいていいのかと真剣に思いました。スウェーデンのポール・ランドと言われる才能をお持ちのオーレさんでしたが、ビジネスとしてはあまり成功されなかったと言います。お金に無頓着で、ギャラが入ると旅行に出かけ、お金がなくなると帰ってきたそうです。自分の好きなように暮らしていたからこそ、あれほどの夢のあるアイデアが次々と浮かんできたのでしょう。
オーレさんが亡くなった後、ルーセル夫人はできるだけオーレさんの作品を世の中に発表したいと考えておられます。特にピエブックスの本がオーレさん生前の最後の作業になったこともあり、日本には強い関心を示していらっしゃいますので、私もなんとか力になりたいと思っております。オーレさんの功績を、もっと日本の皆様の目に届くように尽くしたいと思います。
オーレ・エクセル、ウェブサイト
http://www.olleeksell.com
| オーレ・エクセル経歴 ── |
| 1918 |
3月22日ダーラナ地方に生まれる。 |
| 1939-1941 |
広告スクールで学ぶ。 |
| 1941-1945 |
広告代理店に勤務。 |
| 1946-1947 |
ロサンジェルスのアート・スクール・カレッジ・オブ・デザインで学ぶ。 |
| 1947-1955 |
ボニエル出版、W&W、KF等の本の装丁を数多く手がける。 |
| 1952 |
AGI(Alliance Graphique Internationale)のメンバーとなる。 |
| 1952-1970 |
アフトンブラデット誌のコラムを担当。 |
| 1957-1958 |
マゼッティのトータルデザインプログラムを担当。 |
| 1963 |
ルンドアートギャラリーにて家庭内のパッケージ展示会を担当。 |
| 1964 |
デザイン=エコノミがボニエル社から出版。 |
| 1988 |
AGIコンフェレンスで初めて日本を訪れる。 |
| 1993 |
75歳で視力が衰えるまで、フリーランスで精力的に活動。 |
| 1999 |
マルメのデザインセンターにてオーレ・エクセルの展示会が開催される。
Formulerat、Mina Ogonblick, Typiska arbeten, Design=ekonomi(再版)が出版。 |
| 2006 |
ピエブックスより日本語版「オーレ・エクセル」が出版される。
(オーレさん生前の最後の作業となる) |
|
|

|

|


【 1 】 1956年にマゼッティ社のロゴとして採用され、現在でもファッツェル社の商品ロゴに使われているココアアイズ。1965年に亀倉雄策氏が出版した「世界のトレードマークとシンボル」のいちばん初めに記載されている。


【 2 】 ファンタジーのイラスト。左上からスウェーデン語、ドイツ語、英語、フランス語で「鳥」と描かれている。鳥とペンをモチーフにすると何でも表現できたというオーレさんのイラストには鳥やペンが多く登場する。


【 3 】 オーレさんが担当した1963年開催の家庭内パッケージ展示会用のポスター。良いパッケージと悪いパッケージのサンプルを並べ、消費者が日ごろひんぱんに目にする家庭用パッケージデザインがいかに重要かを説いた展示会。パッケージデザインのオーレさんのこだわりが当時から伺えた。


【 4 】 郵便博物館のポスター。手紙や小包にファンタジーが加えられている。

|
|