台湾のものづくり産地から世界へ―産地活性化プログラム「T22」国際研修レポート

台湾のものづくり産地から世界へ―産地活性化プログラム「T22」国際研修レポート

「デザイン力は国力だ。世界のトレンドは創造経済と経験経済になっている。デザイン力を活かした産業革新と経済発展の推進は最も重要なソフトパワーだ」。

これは、2020年に台湾の総統である蔡英文さんが発言したメッセージだ。かねてよりデザインに注力している印象の台湾だが、デザイン業界にとって力強い言葉で、政府としての意志を感じるものだった。

そんな台湾のデザイン振興組織「台湾デザイン研究院(以下、TDRI)」が、2023年6月に台湾と日本のものづくりメーカーの交流・産地共創を目的にした国際研修を、日本のものづくり産地にて開催。

JDNでは折に触れて台湾デザインのいまを伝えてきたが、本研修の一部に同行し、日本企業・ブランドと台湾デザイン研究院および台湾のメーカーが交流する様子を目にした。本レポートでは研修の様子を簡単に紹介するとともに、台湾デザインやものづくりメーカーのいまを知るため、主催者や参加者にお話をうかがった。

台湾のものづくりの未来を担う「T22」

今回おこなわれた国際研修は、TDRIが2019年にスタートした産地活性化プログラム「T22-Revitalization program with regional characteristic(以下、T22)」の一環。T22というネーミングは、台湾(Taiwan)の頭文字の「T」と台湾全土の22県市を指している。

これまで台湾のなかであまり注目されていなかったものづくり産地や企業を盛り上げるため、国内外の専門リソースを統合したコンサルタント・リソースマッチングプラットフォームとして、台湾全土22県市とともに積極的に地域産業振興を促進している。

T22を通して商品化した例

T22を通して商品化した例

T22を通して商品化した例

T22を通して商品化した例

T22では毎年ひとつの産地にフォーカスし、経営者に向けたレクチャーや商品開発、異業種とのコラボレーション、オープンファクトリーといったイベントなどの実施をサポート。最終目標として掲げているのは、商品やパッケージ、空間の創出のみならず、地域と共に持続可能なビジネスモデルを構築することだ。

T22プログラムの概要

T22プログラムの概要

5日間で3県のものづくりの産地を訪れる国際研修

2023年6月におこなわれた国際研修は、全5日間で愛知県、三重県、岐阜県のものづくりメーカーの工場や会社に出向き、企業同士の交流を深めることを中心にしたものだった。台湾からの参加者は、TDRIのメンバー、台湾の陶磁器メーカー、石材メーカーの総勢28名。以下、かんたんに研修内容をレポートする。

5日間にわたる研修初日の舞台となったのは、愛知県の常滑。2015年に常滑に移住し、常滑焼を中心としたプロジェクトに携わるデザイナーの高橋孝治さんによる講演や、LIXILの企業博物館である「INAXライブミュージアム」の見学などがおこなわれた。参加者のなかでも、台北から電車で30分ほどの鶯歌(イングー)という地域から集まった陶磁器メーカーのみなさんが熱心に見学していた。

高橋孝治さん

(写真中央)常滑焼について話をおこなう、デザイナーの高橋孝治さん

INAXライブミュージアムにて

2日目は岐阜県の多治見に移動し、複合施設の見学や、回収陶磁器などの粉砕や粉体原料混合をおこなう神明リフラックス株式会社の見学などを実施。

神明リフラックス株式会社

神明リフラックス株式会社 敷地内を見学する様子

3日目は、多治見と愛知県の瀬戸を舞台に、デザインを通して「やきもの」の魅力を発信する多治見市陶磁器意匠研究所や、モザイクタイルの博物館である多治見市モザイクタイルミュージアム、そしてフルカスタムでタイルの製作を手がけるブランド「TAJIMI CUSTOM TILES」の見学をおこなった。

多治見市モザイクタイルミュージアム 見学の様子

多治見市モザイクタイルミュージアム 見学の様子

編集部が参加した4日目の午前中は、台湾の中央に位置する花蓮(カレン)から集まった石材メーカーのみなさんが特に楽しみにしていた、総合建築石材会社の関ヶ原石材の見学からスタート。午後は名古屋の有松に移動し、レクチャーを受け、伝統工芸「有松鳴海しぼり」の仕事場の見学もおこなわれた。

関ヶ原石材

関ヶ原石材 見学の様子

伝統工芸「有松鳴海しぼり」の仕事場の見学の様子

最終日は、2021年にオープンした三重県の商業リゾート施設「VISON」に訪問。その後、名古屋に移動し、鋳物ホーロー鍋で有名なバーミキュラが運営する「VermicularVillage」を見学した。同日最後には、参加メーカーそれぞれがT22に参加して感じたことや課題についてなどを発表し、研修が締めくくられた。

VISON

VISON

VermicularVillage内のスタジオエリア

VermicularVillage内のスタジオエリア

参加者の一人、呂家瑋さんにT22の感想をうかがうと、

「今回いろんな会社を見学させてもらい、違う国だけど技術や課題として思っていることが同じだと感じました。ただ、日本のほうが会社としてのミッションや強みをわかっていたり、住民の方々も自分の地域の価値をよくわかっていたり、コネクションも強い。今後こういった機会を設けられた際は、ぜひ日本の技術だけじゃなく、職人の精神やこだわりも一緒に学べるといいなと思います。自分も鶯歌のみんなと今回のことをつなげ、一緒に良い未来に向かいたいです」と、研修で感じた印象を真摯に語ってくれた。

研修中に考えたことについて、参加者それぞれが発表をおこなった

また、今回TDRIの副院長の艾淑婷(アイ・シューチン)さんに、T22プロジェクトについて、そして台湾デザインのいまについてお話をうかがうことができた。

艾淑婷さんインタビュー

――改めて「T22」がはじまったきっかけや、国際研修を実施した理由について教えてください。

実は台湾では、これまであまり伝統産業は注目されておらず、産業自体の変革が必要だと感じています。TDRIでいろんなフィールドリサーチをおこなった結果、若い経営者の知識・経験不足や、若い世代に伝統産業に参加してもらうことの難しさが課題として挙がりました。日本でも同じような課題があるのではないかとリサーチをするなかで、新しい取り組みを多くおこなう中川政七商店さんやmethodの山田遊さんに顧問を依頼し、T22がスタートしました。

レクチャーで日本の事例をたくさん教えていただくなかで、台湾と日本は価値観が似ている部分がとても多いと感じ、すでに先進事例を進めているところと交流ができたらと思いました。T22には4年計画があり、4年目に考えていたのが海外との交流でした。我々が3年間やってきたことが日本のみなさんの目にはどういう風に映るか、あるいは自分がやってきたことが正しいかどうかを検証したいと、今回のような国際研修を実施しました。

TDRI副院長・艾淑婷さん

TDRI副院長・艾淑婷さん

――今回の国際研修を通して感じたことを教えてください。

ツアーを巡り、日本の企業や職人さんの話を伺っていると、台湾の企業のみなさんは自分たちの強みが何かを伝えたり表現する能力が少し欠けていて、前に立って新しいことへのチャレンジがまだまだ足りないなと感じました。

今回、特に印象に残ったのは「TAJIMI CUSTOM TILES」です。同ブランドを立ち上げた笠井政志さんはすごくオープンマインドで、いろんな挑戦をいとわずどんどんやっていきたいという方でエネルギーをもらいました。台湾では実はそういう事例があまりなく、たとえば自分の子どもが家業を継承し、「チャレンジしたい」と言っても、先代がその経験がないから実施に踏み切れず、 チャレンジが許されないような環境が多いという課題があるんですよね。

写真中央にいる男性が、「TAJIMI CUSTOM TILES」の笠井さん

そういう意味では、今回すごく勉強になったと感じています。いろんな側面から日本の産地のことや自分のことも含めて考えさせるような機会になり、参加者のみなさんはポテンシャルを客観的に見出すことできたんじゃないかなと思っています。

――台湾ではどのように「デザイン」の強化に取り組んでいますか?

TDRIの前身は台湾デザインセンターで、2020年に台湾デザイン研究院(TDRI)に名称変更し、さまざまなデザイン政策に関われることになりました。なかでも1番インパクトが大きかったのが、パブリックサービスのデザインですね。具体的に言いますと、TDRIが主導していろんな公の場所や空間をハードウェアも含めてイノベーションを起こし、新しい事例を見せます。その事例を多くの方に見ていただき、民間企業でも「そういう風に変えればいいのか」というふうに実証できるんですよね。

実際にこの2~3年、さまざまなパブリックプロジェクトを起こしてきまして、キャンパスや保健所をクリエイティブな空間に変えたり消火器のサインシステムを変えたり、裁判員裁判の法廷の中のインテリアデザイン、あるいは国民投票の際に有権者に送る説明書などのデザインをしてきました。

幼稚園から高校までのキャンパスをイノベーションした理由は、そういった環境に対する審美性が欠けていたからです。大学に入ってからではなく、小さい頃から綺麗でクリアな環境にすることが、ものに対する価値観や審美性に繋がると思っていて投資をしました。

これらのプロジェクトは成功をおさめてたくさん賞を受賞させていただき、これをきっかけにいままでデザインと無縁だった公的部門もデザインに関して興味を持つようになり、デザイン導入を積極的に受け入れてくれたんです。大変光栄なことに、そのうちの「Design Movement on Campus」プロジェクトは2020年に日本のグッドデザイン賞の金賞を受賞しまして、大変高く評価いただいています。

T22プロジェクトも同様に、将来的には徐々に産地のエコシステムを構築し、投資や移住を促進し、産地の担い手たちのエネルギーが地域経済を活性化する原動力となるよう願っています。

今回編集部が同行したのは一部だが、各所で参加者それぞれが日本のものづくりメーカーが掲げる課題や乗り越え方、展開の仕方を自分たちのことと照らし合わせ、自分たちならどう動けるのかと自分ごととして考え、質問をたくさんしていたのが印象的だった。T22を通して得たことをそれぞれの産地やメーカーに持ち帰り、新たな展開やコラボレーションが生まれることを期待したい。また、今後も台湾の各産地にフォーカスし、進化していくT22の展開も楽しみだ。

取材・文:石田織座(JDN)