コミュニケーションを円滑にする、3Dソフトの存在
次に古賀さんが話をしてくれたのは、寺田倉庫としてはじめての複合商業施設「HAZAAR」の開発だ。JR相鉄線羽沢横浜国大駅が2023年に開業し、住宅地として注目されるエリアにあり、2024年10月にオープンした。
古賀:「HAZAAR」は駅前広場につながるプロムナードやマンションと一体化した商業施設で、低層部の4層が商業施設となっています。当社は開発だけでなく、テナントリーシングにも取り組みました。
私は1階の花屋併設のカフェレストラン「花 Lab. Nocturne」の設計を担当しました。当社デザイナーによるデザインを気に入ってくださったオーナーさまとの出会いから実現した取り組みでした。エントランス近くにテラスがある区画なので、そこに似合う、住民が喜んでくれそうなお店が入ってくれることで施設の価値が上がるのではと考えていたため、大変ありがたいご縁でした。

花屋とカフェが一体となった店舗「花 Lab. Nocturne」
古賀:空間構成としては、まず、真ん中にコアとなるオープンカフェカウンターを設けました。そのまわりに、ちょっと立ち飲みできるようなバーカウンター、奥にはゆっくりくつろげるソファ席、テラスに繋がる席、花屋をゾーニング。これらのゾーンをやさしく対比しつつ融合させていくコンセプトで空間づくりをしました。
また、寺田倉庫らしさのひとつである「TERRADA Gray」の濃いめの色味を基色にしつつ、ナチュラルさがあるウッディな要素を取り入れました。要所要所にオレンジや緑の色を入れることで、差し色を上手く使う寺田倉庫らしいインテリアになったと思います。

「花 Lab. Nocturne」のカフェ部分
古賀:花Lab.のみなさんは植物を活かした空間装飾も得意なので、天井に吊り材を設けたり、あえて席と席の間に空間を設けたりすることで、花Lab.の感性を表現する余白をつくっています。また、お店のコアとなるカフェカウンターには、この空間に合うアートを台湾のアーティストに描いていただきました。このように、内装デザイン自体だけでなく、うまれた余白にも花Lab.らしさと寺田倉庫らしさを演出しています。
この案件でも、Vectorworksが活躍。古賀さんは図面を描く立場ではなかったが、調整役としてとても役に立ったと振り返る。
古賀:花Lab.のオーナーさまは、花と何かを掛け合わせることで素敵な空間を提供したいという想いがあり、しっかりとイメージをお持ちでした。そのため、細やかなすり合わせが必要でしたが、そこで役に立ったのが3Dのイメージパースです。

Vectorworksを使用して制作したイメージパース
古賀:図面だけではイメージしにくい部分も、イメージパースがあることで直感的にわかりやすくなります。関係者同士もこういう絵があると伝わりやすく話が進み、「ここをもっとこうしたい」という要望をとても聞き出しやすかったです。
例えば、カフェカウンターの設計では、意匠だけでなく、使い勝手を含めた設備や収納などの配置も妥協なく詰めていく必要があったため、オーナーさま、厨房機器メーカーなども一緒に総合的に打ち合わせをおこないました。その際に、Vectorworksで作成したイメージパースや3D図面が全員の共通のコミュニケーションツールとして役に立ち、細かい箇所まで認識を合わせながら調整を進めることができました。

カフェカウンターの検討に役立った3D図面
デザインにこだわりながらも、空間はあくまでも脇役
倉庫事業を主とする寺田倉庫が商業空間デザインとは異なると感じる部分、また、大事にしていることはどのようなところなのか。みなさんが共通して持っている軸をうかがった。
西谷:倉庫空間は、商業空間に比べるとセキュリティやメンテナンスなどが重要です。そんな中で、ここに預けたいと思わせる要素をデザインで表現することを大事にしています。大切なものを預けていただいているので、丁寧にデザインすることが、丁寧に預かっている印象に繋がればと思っています。
桐田:やはり我々は倉庫会社なので、最も大切なのはお預かりしているものや品物そのものです。私たちが手がけるのはその「外側」ですが、あくまで主役は、中身であり、そこに関わる人です。だからこそ、私たちの空間づくりは作家性を前面に出すのではなく、匿名性を保ちながら中身を引き立てることを意識しています。過度につくり込まず、必要な余白を残すことで、品物や人が自然に際立つ空間づくりを意識しています。
また、倉庫空間は天井が高かったり、間口が広かったりするので、大型の建具が必要になります。既存サイズのものをつくるよりもコストが上がるので、コストバランスもプロジェクトにおいて重要になります。
フォーカスする場所も、商業空間だと近くに寄って、詳細にディテールをデザインするイメージですが、倉庫空間をつくる上ではちょっと引いて俯瞰してみるイメージで、全体を意識しながら設計していくことが多いと思います。
西谷:寺田倉庫は、歴史的な建物や古い建物を倉庫として再活用することが多いです。前職との違いで感じたのは、わざと躯体を残してちょっと歴史を感じるようにするのもポイントかなと思います。
また、建物が必ずしも直角なものばかりではない中で、トランクの部屋はだいたい矩形なので、どう配置すると部屋をたくさん配置することができるのかや、運びやすい導線にできるのかをシミュレーションする必要がありますね。それも倉庫ならではかと思います。
古賀:今回、実際に携わった商業空間の設計では、お店側の主役であるフードや花などの商品を引き立たせる環境、また、お客さまにとって居心地よい環境を大切にしました。対して倉庫は、長く滞在するのはお客さまではなく保管品なので、大前提として、保管品にとって最適な環境を提供します。保管品自体を引き立たせることもあまりしません。
ですが、お客さまに「ここが良い」と選んでもらいたい想いは共通です。私たちは保管庫でも、例えばエントランスや動線の意匠などで、ほかと違う特別感やちょっとした非日常感を添えることを大事にしています。
最後に、みなさんの今後の展望についてうかがった。
西谷:私は改修工事やデザイン業務に関して、求められたものに少しでもプラスに返し自分の成長に繋げつつ、それがまわりの人にもプラスになっていければと思っています。そして、それがゆくゆくはどこかでお客さまや会社に良い影響を与えられるよう、今後もやっていきたいと思っています。
古賀:入社する前から天王洲が好きで、そこをつくってきた方々をリスペクトしています。私は法令や設備面、使い勝手、予算といったさまざまな要件をふまえて調整していく役割ですが、制約に見えることに対して柔軟に、デザイナーやクライアントの想いを最大限形にできるような力をつけていきたいなと思っています。
桐田:私は、固定観念にとらわれないデザインを目指しています。倉庫会社という枠組みにとどまらず、単なる「モノを預かる箱」ではなく、その空間に新しい価値を見出し、可能性を広げていきたいと考えています。その上で、倉庫という「箱」から飛び出した新しい発想を形にしていきたいなと思っています。
文:井上倫子 撮影:寺島由里佳 取材・編集:岩渕真理子(JDN)
寺田倉庫株式会社
https://www.terrada.co.jp/
ベクターワークスジャパン株式会社
https://www.vectorworks.co.jp
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