誰もが音楽の楽しさを発見できる場所
――続いて「ヤマハミュージック 横浜みなとみらい」についても、どのようなこだわりを詰め込んだのか教えてください。
矢加部美穂さん(以下、矢加部):渋谷とは打って変わって、こちらは楽器に触れたことのない人でも気軽に音楽を体験できる施設を目指していました。私としては、音楽にあまり関心ない人にどう楽しんでもらうのかという視点を大切にしながら、体験を設計していきました。

矢加部美穂 株式会社丹青社 デザインセンター 商空間デザイン局 クリエイティブディレクター。本プロジェクトでは、ヤマハミュージック 横浜みなとみらいにおける体験設計と、テクニカルディレクションを担当

ヤマハミュージック 横浜みなとみらい
二村:最大の特徴は、1階の「Music Canvas」と呼ばれるエリアです。「音を全身で浴びる」「音を描く」「音に触れる」「音を見上げる」「音をはじく」という5つのテーマに沿って、体験コンテンツをつくり上げました。
矢加部:「音に触れる」をテーマにしたコンテンツ「Hug Me」では、チェロ、ビオラ、バイオリンといった普段触れる機会のあまりない弦楽器を抱っこしながら、自動演奏を楽しむことができます。高級なイメージのある弦楽器が空間の中にそっと置いてあり、どうしたら触ってもらえるか、抱っこしてもらえるかをヤマハさんと細かく検証しながら進めました。

「Hug Me」では、自動演奏する楽器と添い寝や抱っこしながら、音と振動が身体を包み込んでくれる
町田:人が一番心地いいサイズを追求して、ヤマハのデザイン研究所さんと一緒に形にしていきましたね。
二村:「Hug Me」で楽器に触れて音が奏でられたときのハッとした驚きや感動は、まさに当施設で届けたい体験ですね。
矢加部:また、「音を見上げる」をテーマにした「Art of Sound」では、トランペットやクラリネット、 フルートなどのパーツを使って巨大なオブジェをつくりました。ヤマハさんの楽器づくりへのこだわり、クラフトマンシップを伝えるために、パーツ一つひとつの配置や向きまでこだわっています。ある場所から見ると“あるカタチ”が浮かび上がる隠しギミックもあるので、ぜひ実物を見ていただきたいです。

なんと2,500個ほどの楽器のパーツを使用したという「Art of Sound」

コンテンツのひとつ「AI Duo Piano」は映像とリンクしており、滑らかに弾いた時や激しく弾いた時で違う映像があらわれる
二村:あくまで訪れた方が自ら音楽の楽しさを発見できるよう、あえて明確な体験順序をつけなかったり、それぞれの体験方法を細かく案内板に書かなかったり、シークレット要素を用意していたりなど、お客様が身体と感覚で面白さを探せるような工夫をしています。
また、興味深くご覧いただいているお客さまには説明スタッフがお声がけをして、より体験を深く楽しんでいただけるような説明をするなど、オペレーション面にも工夫があります。
矢加部:外から施設を見た時に、つい入りたくなるような工夫も凝らしました。地下鉄の出口から上がってきた時の見え方や、閉店後の夜間も綺麗に見えるように一部の照明を消さないようにするなど、目的がなくても入りたくなるシーンを想定して設計していきました。

外から見た施設の様子
二村:おかげさまで、お子さまからご高齢の方まで、また近隣から県外の方まで幅広いお客様に来場いただいています。これまでのヤマハの店舗にはない体験を届けられていると実感しています。
矢加部:各コンテンツ制作においては、ミュージシャンや動画制作チームなどさまざまなクリエイターに協力していただきました。その全員の名前が施設のサイトにクレジットされているのを見て、ヤマハさんのクリエイターに対するリスペクトに感銘を受けましたね。
共につくり上げることで新しい体験をつくっていく
――それでは最後に、今後の展望を教えてください。
二村:音楽や楽器は、限られた人のためにあるものではなく、人生に寄り添うものだと思っています。だからこそヤマハは、音楽を楽しむすべての人の背中を押し、心を動かすものを一緒に生み出していける存在でありたい。時代と共に変わるカルチャーの最前線で、音楽シーンを牽引していきたいですね。
佐藤:「ヤマハミュージック 横浜みなとみらい」「Yamaha Sound Crossing Shibuya」も、共通しているのは、音楽を愉しみながら人が次のステージに向かうきっかけとなれる場所であることです。これまで受動的に聴くものだった音楽が能動的に愉しむものになったり、創造性が刺激されて新たなものを生み出す。そんな「体験の場」をつくることにこれからも関わり続けたいと考えます。
町田:ヤマハさんと共につくり上げたことで、自らのクリエイティビティを超えた想像以上のものが出来上がったことは、私にとって大きな成功体験になりました。「Yamaha Sound Crossing Shibuya」のオープン時には、思わず号泣してしまうくらい、思い入れのある仕事になりました。これからもものづくりに真摯に向き合っていこうと、改めて気を引き締めることができました。
矢加部:ブランド価値を伝えるための体験づくりという大きな観点で、ここまで一緒に対話してものをつくり上げるのははじめての経験でした。このプロジェクトで得た視点を忘れずに、これからも長期的なブランディングに寄与する体験を生み出していきたいです。
宮本:このプロジェクトを進める上でのモチベーションは、何よりも「楽しい」という気持ちでした。ヤマハさんと一緒に本気でクリエイティブに向き合ったからこそ、もっと驚かせたい、感動させたいという思いがどんどん強くなっていきました。提案して決めてもらうという関係を超えることで、自分としてもすごく思い入れのある空間をつくることができたので、これからもこの気持ちを忘れることなくデザインしていきたいです。

■株式会社丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/
■Yamaha Sound Crossing Shibuya
https://www.yamaha.com/ja/about/experience/yamaha-sound-crossing-shibuya/
■ヤマハミュージック 横浜みなとみらい Music Canvas
https://retailing.jp.yamaha.com/shop/yokohama-minatomirai/experience-zone
文:岡嶋航希(ランニングホームラン) 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)
- 1
- 2




